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これからの社交界

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 王族のダンスの後は五侯爵家の番になった。踊るのは当主か当主代理のみで、こうして五家が特別だとの印象を貴族達に示しているという。王家から派生した公爵家ですらこの後なのよ。ハリマン様の婚約者だった頃に一時だけ三番目に踊ったことはあるけれど、それも公爵様が不参加だったから。次期当主でも当主がいれば他の貴族と同じ扱いになる。我が国ではそれくらい当主の権限は強い。

 まさか王族の次にダンスを踊ることになるなんて想像もしていなかったわ。そりゃあ妻にしてくれと言ったのは私だけど、何の知らせもなかったから侯爵様を呆れさせただけだとすっかり諦めていた。人生何が起きるかわからないわね。

 でも、私は侯爵様の手を取った。断ることも出来たけれど、その先にあるのは多分惨めに続く人生。そんな人生なんかまっぴらごめんだわ。危険でも矜持が守られる方がずっとマシよ。それほどに私は軽んじられていた。周囲への反発と怒りが私を無謀な行動に駆り立てたけれど後悔はないわ。私を大切に思ってくれる人のためにも負けたくないもの。

 注目される中でダンスが始まったわ。さっきと違って今度は高い踵の靴だから不安だけど、さっき踊った時はハリマン様の時よりも踊りやすかった。きっと侯爵様のリードがお上手なのね。それに逞しいから私がバランスを崩してもきっと大丈夫なはず……

「侯爵様」

 ステップを踏みながら身体が近づいたタイミングで声をかけた。こうでもしないと会話が出来ないのよ。

「何だ?」

 次のタイミングで返事があったわ。後にしろと言われるかと思ったから意外だった。

「後で構いませんから、ちゃんと説明して下さい」

 色々と吹っ飛ばされてなし崩し的にここまで来たけれど、説明して貰う権利はあるわよね。いつの間にこんな話になったのか、父にはいつ話をしたのか、フレディ様は今後どうなさるのか、ロジーナ様の事情とは何なのか。気になることはいくらでもある。当事者なのだから教えて貰ってもいいはずよ。

「わかった」

 返事はその一言だったけれど言質は取ったわよ。今日が無理でも後日しっかり説明して頂くわ。

「皆がお前を見ているな」

 そう言われて思わず侯爵様を見上げた。表情に変化はないけれどもしかしてこの状況を楽しんでいる? 周囲を見渡すと何人かと目が合ってしまった。うそ、見られていた? こんな艶めかしいドレスを着ているせい?

「笑顔でいろ。そのドレスはうちの絹を使っているんだ。いい宣伝になる」

 侯爵様の口の端が少し上がったように見えた。

「宣伝……」
「数は出来ないが質はいい。今までは王家くらいにしか出さなかったが」

 この生地がゾルガー産? しかも希少で王家にしか出していないって……そんな商品の広告塔になれってこと?

「流行を作り出すのも一つの事業だ。我が家は夫人がいない期間が長かったからそっち方面は手がけていなかったが、これからはお前が流行を作れ」
「わ、私が、流行を……?」
「ああ、これからはお前が社交の中心だ。お前が着る物使う物が流行るだろう」

 流行を作る? 私が? そんなこと出来るのかしら? 考えたこともなかった。
 でも……確かに今の流行の中心にいるのは姉だわ。次期ゾルガー夫人の姉が使うものを世間は喜んで真似していた。あの子どもっぽいファッションもそう。姉とアルビーナ様が競い合っている間にそれが主流になったのよ。以前は大人っぽい女性が持てはやされていたし、男性だって逞しい方が人気だったもの。

「ベルトラムの娘と仲がいいんだろう? あの娘はお前と似ている。二人で競い合えばそれが主流になるだろう」

 確かにそうかもしれない。エルマ様も背が高くて大人っぽくて姉たちとは真逆だもの。しかも彼女は五侯爵家の跡取り娘。卒業した後は社交の場に出ることも増えるし、その時は私と一緒にいるだろうから可能よね。

「なんだか、楽しくなってきました」

 考えたこともなかったけれど、素敵なドレスを着てエルマ様と社交の場に出る自分を想像したら湧き立つものがあった。あの子どもっぽい流行を終わらせるのは凄く心が躍るわ。性格が悪いと言われそうだけど姉たちのせいでずっと肩身の狭い思いをしていたもの。それはエルマ様も同じだからきっと一緒にやってくれるはず。そんなことを考えていたらダンスが終わった。

「イルーゼ!」

 侯爵様のエスコートで壁際に移動していたら名を呼ばれた。振り返らなくてもわかるわ、ハリマン様と姉が早速突撃してきたのね。
 振り返ると姉とハリマン様が一瞬目を見開いた。ハリマン様が贈ったというドレスは相変わらず子どもっぽいデザイン。ハリマン様の瞳の色をもう少し薄くした紫にレースやフリルがたくさんでスカートも広がりのあるものだけど……野暮ったく見える。フリルやレースの服が可愛く見えるのは着る人が小さい子どもだからで、大人が着ると膨らんで見えるのよね。姉は寸胴だからそうやって誤魔化しているのだろうけど、さすがに十九歳が着るには痛々しいわ。

「イルーゼ、どういうことなの? 侯爵様、どうして妹を?」

 姉が両手を組み、目を潤ませて見上げてきたけれど、どうしてと言われても困るわね。侯爵様に突撃したとは言えないし……

「どうしてとは? 甥との婚約を解消しそこのシリングス公爵令息との婚約を願ったのではなかったか?」

 どう答えようかと頭をひねっていたら侯爵様が代わりに答えてくれたわ。ここはもうお任せしちゃっていいかしら? 私が言うことを姉が受け入れるとは思えないもの。

「そ、それはそうですが……」
「ガウス伯爵家との婚約は事業提携のため。が当の本人が他家の令息との婚姻を望むと言うから妹になっただけだ」

 表情を変えない侯爵様にそう言われて姉が息を呑んだ。自分が望んだこと忘れていたのかしら? この状況で侯爵様の元に来られるなんて強心臓よね。でもさすがに侯爵様には何も言えないみたいね。

「……だ、だったらどうして侯爵様が?」

 前言撤回。姉はまだ引き下がる気はなかったわ。でも意外ね、以前から侯爵様は怖い怖いと連呼していたのに。あれってか弱い自分アピールのためだったのかしら?

「我が家の問題だ。何か異論でもあるか?」

 そう言われて姉が顔色を悪くした。暗に侯爵家のことに口を挟むのかと言われたものね。他家のことに口出しするのは当主でも憚られること。五侯爵家のように各家門の頭に立つ家ならまだ許されるけれど、伯爵家の一令嬢が格上の当主にしていい質問じゃないわ。姉は次期ゾルガー侯爵夫人として色んな面で大目に見て貰えたけれど、今後はそういうわけにはいかないのに。

「い、いえ……その様なわけでは……」
「このことはガウス伯爵も陛下も認めている。異議があるなら陛下に奏上しろ」

 身も蓋もなくそう言われた姉ははいと小さな声で返事をした。ハリマン様はその横でただ見ているだけだった。侯爵様の威圧感に押されたみたいね。元より気の弱い方だから仕方ないのかもしれないけれど、結婚したら確実に姉のいいなりね。


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