あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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覚悟

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 今この場で返事を? そりゃあ、私から妻にと言ったけれど、でも、あれは……

「ちっ、父は了承しているのですよね?」
「伯爵は了承している。そのために姉とシリングスの息子との結婚を認めるよう王に進言した」
「そ、そうですか……」

 父が受け入れているし、姉たちの婚約も公表されたということは、陛下も私を認めて下さっているのかしら。

「だったら……私の意見は必要ないのではありませんか? 家長がそう言っているのですから……」

 いくら私が否と言っても当主が是と言えば是なのよ。当主の権限はそれほど強いし、それが貴族社会だもの。それは侯爵様が一番ご存じでしょうに……

「意見を聞くのは……覚悟が必要だからだ」
「覚悟?」
「ゾルガー家は筆頭侯爵と呼ばれている。それは他家から妬まれ狙われる立場でもある。そのための覚悟はあるか? 今までのような安寧な生活は送れないと思ってほしい」
「……え?」

 いきなり物騒な話になったわよ? どういうこと? 姉もそうだったの? 待って、ゾルガー家は盤石じゃなかったの?

「これから話すことは他言無用にして欲しい」

 侯爵様が少し身をかがめ、声が届きやすいように顔を近づけた。声の大きさも落としている。話が進まないから頷いた。

「俺には三人の兄がいる。一番上はフレディの父親でその下に二人。だが間の二人は殺されている」
「こっ……!?」

 思いがけない告白に息を呑んだ。侯爵様は平然としたまま造作もないことのように表情を変えない。待って、この先を聞いてもいいの?

「我が家を妬む者、利用しようとする者、敵はいくらでもいる。兄が殺されたのは祖父が当主だった頃。弱かった祖父が付け入られた結果だ」

 弱かったって……そんなことが? ああ、フレディ様のような方ならあり得るかしら?

「父の最初の妻は王女で、フレディの父親を産んだ。その後何年経っても子が出来ず、後継が一人しかいないのを案じて娶られたのが俺の母だ。母は三人産んだが、次男は生まれた直後に、三男は母と共に俺が五歳の時に殺された」

 危険すぎる内容に処理が追い付かない。殺されたって誰に? その犯人は見つかったの? でも侯爵様は無事よ。だったら捕まったのよね?

「三男が死んだ時、俺も死んだことにされた」
「は?」

 変な声が出てしまったけれど、思いもしない情報の波に頭が爆発しそうだわ。死んだことにって、そんな話聞いたこともないわよ。

「犯人はわかっていたが証拠が掴めなかった。そのため俺は身を護るために死んだことにして父の知人に預けられた。家に戻ったのは十一の時。長兄が駆け落ちして後継ぎがいなくなったからだ」

 侯爵様が十一なら、二十年前よね。私は生まれていなかったから知らなかったのは仕方ないわよ。ああでもフレディ様のお父様のことは聞いたことがあるわ。妻がいたのに恋仲だった令嬢と駆け落ちしたとか……その後亡くなって遺されたフレディ様を侯爵様が引き取ったと。フレディ様はお父様に似たのかしら。でも……

「奴らの狙いはフレディを後継にすることだ。あれを後継に指名してからは狙われることは減ったが……廃嫡したと知れればまた狙われるだろう」
「じゃ、じゃあ、公表しなければ……」
「それは無理だ。ロジーナと婚約した時点で知れている」
「ええっ!?」

 どうしてそうなるのか全く分からないわよ。ロジーナ様は王女殿下の忘れ形見で王太后様のお気に入り、父君は五大侯爵家の当主だから血統的にも問題ないわ。私なんかよりもずっと相応しいはず。

「ロジーナのことはお前が妻になったら話す。聞きたいなら話すが、辞退は出来なくなる。」
「そうですか」

 これって相当な話せない事情があるってことよね。でも詮索出来ないわ。知ったら消されそうだもの。思わず首を振ったわ。

「俺が妻に求めるのは後継を産むことだけだ。社交などは特に求めん。今までも妻がいなくても困らなかったからな」
「さ、左様でございますか……」
「お前を選んだのは度胸があるからだ。我が家に乗り込んできた令嬢はお前が初めてだたからな」
「そ、それは……あの時は大変失礼を……」

 まさかそんな理由で? ただ考えなしだったのよ。あの時のことは忘れてほしいのに!

「お前は度胸があるし滅多なことでは潰れないだろう。生家での処遇も調べたが、あの中でも腐らずにいたんだ。その点も評価出来る」
「あ、ありがとう……ございます」

 まさかこんな形で褒められるとは思わなかったわ。調べ……るわよね。押しかけて妻にしろと詰め寄るなんて頭がおかしいと思われても仕方ないもの……

「どうする? 命がかかっているから無理にとは言わん。無理だと思うなら今ここで断ってくれ。断っても咎めたりはしないし、ガウス家との共同事業も継続する」

 断っても我が家との事業を……それは破格なお申し出だけど、いいのかしら? でも断った後私はどうなるの? 侯爵様とダンスを踊ってしまったのよ。

「ど、どうしても今お返事を?」
「ああ。出来ればこの後発表してしまいたい。そうしないと縁談が持ち込まれて面倒なのでな。その点お前なら姉の代わりと言えば理由が通る。既に共同事業をしているからな。陛下にも話はしてある」
「そ、そうですか……」

 確かに姉の代わりと言われれば納得するでしょうね。しない人も出てくるかもしれないけれど、陛下と話が通っているなら表立って文句は言えないわね。後で何か仕掛けてくるかもしれないけれど。

「家同士の完全な政略結婚、お前の望む通りだろう? 心配するな、俺も愛だの恋だのに関わっている暇がない。お前に求めるのは後継だけだ。まぁ、お前が望むなら社交もすればいい。じっと家に籠っているような性格ではないだろう?」

 後半は何だか酷い謂れような気もするレけど……これって私が侯爵様に言ったことそのままよね。もう断れないじゃないの? その前にさっきダンスを踊った時点で周りは察したんじゃないかしら? 既に詰んでいる気がするのだけど……でも命を懸けてまで受けるかと言われると……悩むわ。

「あの……担保、は頂けますの?」
「担保?」

 侯爵様の表情が僅かに動いた。意外だったかしら? でも大事なことだと思うの。

「はい、私がこのお話をお受けする担保です。身を守れと言われましても、私、武術の心得もありませんから」

 安全を完全に保証するのは無理だけど、相応の対策は取って下さるのよね? そうでなきゃ受けられないわよ。私だって命は惜しいもの。

「身の安全に関しては出来る限りのことはしよう。護衛も付けるし侍女も武の心得がある者を用意する。毒見もだ。王族の警備と比べても遜色ないものを用意する」
「王族の……」

 そこまでは思っていなかったけれど……それだけして下さるなら滅多なことはないかしら?

「他にも要望があれば出来る限り聞こう。度が過ぎなければ金も好きに使えばいい」

 それは随分と私に都合のいい話じゃないかしら? でも……どうせこのまま家に帰っても死ぬまで姉に見下されそうだし、両親は姉のことしか頭にないから次の縁談も期待出来そうにないわね。侯爵様の話しぶりからしてフレディ様のような愚は犯さないだろうし、そうなれば私が望む理性的な夫婦になれるかしら? これからも私の希望を汲んで下さるのなら……


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