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親友に相談

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 ベルトラム侯爵家に着いて案内されたのは庭だった。今日は庭でお茶会をするらしい。ここの庭は手を尽くしているから今日みたいに天気がいい日にはピッタリね。侯爵家の侍女に案内されてロッテを伴って進むと参加者がテーブルを囲っていた。

「イルーゼ様、ようこそ!」

 出迎えたのはお茶会の主のエルマ様だった。ベルトラム侯爵家の次女で次期後継者として育っている方。この国ではまだ女性は爵位を継げないけれど、婿に家を乗っ取られないようにと娘にも一通り後継教育を受けさせるのが一般的。それでも、他国の影響もあって我が国でも女性が爵位を継げるように法を変えようと国王ご夫妻はお考えだと聞く。彼女が跡を継ぐ頃には法律も変わって、女侯爵はなるだろうと言われているわ。

「エルマ様、お招き下さってありがとうございます」
「ふふっ、堅苦しい挨拶は私たちの間では不要よ。さぁ座って!」

 黄色味の強い茶の髪を揺らしながら上機嫌でエルマ様が迎えてくれた。私よりも少し背が高くスタイルのいい彼女。私ほど凹凸がないから清楚な印象でいつも羨ましく思っているのよね。逆に彼女はもう少し凹凸が欲しいと言っているけれど。誰かに分けられるものならこの無駄についている肉、是非差し上げたいわ。

「ごきげんよう、リーゼ様」
「イルーゼ様、お待ちしていましたわ」

 日差しよりも柔らかい笑みで迎えてくれたのは、もう一人の招待客のクライバー伯爵家のリーゼロッテ様。リーゼ様と愛称で呼んでいる彼女は金の髪に灰色がかった青い瞳の持ち主。私より少しだけ背が低く少しだけふっくらしているけれど、笑顔が可愛くて愛嬌がある。真面目で大人しそうに見えるけれど人をよく見ているし、結構辛辣なことも言うところが好き。それに彼女が勧めてくれるスイーツはどれも絶品なの。
 この三人でいることが多い私たち。共通点は姉のような可憐さがないところと、家族の中で浮いた存在という点。エルゼ様は本当に親しい人だけを招いたのね。嬉しいわ。この二人になら昨日あったことも話せるから。大事な味方になってくれる貴重な人なのよ。

 お茶会が始まって近況報告などが一通り終わったところで、昨日我が家で起きたことをお二人に話した。二人には前から姉とハリマン様のことを相談していたし、彼女たちもあの二人が街で会っているのを見たことがある。そもそも私が気付いたのはリーゼ様が街で二人を見かけたと教えてくれたのが始まりだった。

「やっぱり心配していた通りだったのね。それにしても酷いわね。フィリーナ様にお咎めはないの?」

 ティーカップを手にするエルザ様の声は険しい。リーゼ様は眉を下げて私を見ているわ。心配してくれているのね。

「お咎めなんてないわ。未来のゾルガー侯爵夫人だもの。既に事業提携で恩恵を受けているから姉に頭が上がらないわ」
「そう」

 姉がフレディ様の婚約者になってからは両親も兄も姉の言いなりよ。それくらいゾルガー侯爵家に嫁ぐのは大きなメリットがあるし、既に恩恵を受けているから尚更ね。我が家のワインの価格もゾルガー家と婚約が整ったと知れると倍に上がったもの。正式に侯爵夫人になったらその恩恵はいかほどのものか……悔しいけれど機嫌を取る選択肢しかないわよね。

「それで、イルーゼ様はハリマン様と結婚なさるの?」
「そんな風に見えます?」
「いいえ、ちっとも」
「私も同感ですわ。逃げる算段はしていらっしゃるのでしょう?」

 エルマ様もリーゼ様も悪戯っぽい表情を浮かべた。嬉しい。お二人は私の性格をよくわかってくれているわね。

「どうにかして白紙にしたいと考えていますわ。でも、私には力がなくて……昨日の一件で白紙に出来ると思ったのですけれど……」

 次期ゾルガー侯爵夫人の姉には敵わないわね。ハリマン様との関係を知ってから何とか足掻いているのに。

「お互い、姉には苦労させられますわね……」

 段々表情が険しくなっていくエルマ様。次女の彼女が跡継ぎなのは、その予定だった姉が家を捨てて想い合った令息と無理やり添い遂げたから。彼女は卒業すると直ぐ姉の婚約者を婿に迎える予定だけど、今も納得なんか出来ていない。ただ貴族として後継者として、義務を果たすべきと思うから受け入れようとしているだけ。私と立場は同じね。

「姉が望んだのはフレディ様だったわ」
「やっぱりね。じゃハリマン様は振られてしまいましたの?」
「あんなにご執心ですのに」

 失笑しか浮かべられないわよね。ハリマン様を気の毒がったけれどそれも表面だけのこと。内心では姉にいい様に転がされている彼に呆れているわ。

「それに父はゾルガー侯爵に今回の件を伝えないつもりですわ」
「まぁ、そんなことしては……」
「ええ。逆に怒りを買いませんこと?」

 私の懸念を二人はわかってくれた。学生の私たちがわかることを両親や姉がわからないのが不思議でならない。

「あの二人のこと、ゾルガー侯爵はもう気付いていると思いますの。どう思われます?」
「同感ですわ。それくらいの情報網はお持ちよ」
「ええ。仮にまだ知られていなくても、近いうちに伝わるでしょうね」

 やっぱり私の懸念は当たっていたわね。よかったわ。

「それを理由にゾルガー侯爵から婚約を断って下さるといいのですが……」

 普通ならそうなるだろう。身持ちの悪い女を望む貴族はいない。血を優先するだけに托卵は最も厭うところだから。

「どうかしら。フレディ様にはあの噂がありますから……」

 エルマ様が言葉を濁した。フレディ様に前々から囁かれている噂がある。

「ハッセ子爵令嬢ね」
「ええ」

 ハッセ子爵令嬢アイシャ様。学園でひそやかに囁かれているフレディ様の想い人の名前だ。私たちと同学年で四人姉妹の長女、子爵家の跡取りでもある。フレディ様はその令嬢を何かと気にかけていて、秘密の恋人ではないかとの噂もある。

「フレディ様が一方的にご執心のようですけどね」

 恋人と言われていないのは彼女が噂を否定したのと、同じ年の婚約者がいるから。二人は仲がいいようで、学園でも二人でいるのを見かけるのよね。

「ゾルガー侯爵は跡取りとして育てた令嬢を取り上げたりなさらないわよ。子爵家に失礼ですもの」
「ええ。それに子爵家の方では侯爵夫人の仕事は難しいですわ」

 上位貴族と下位貴族ではマナーなども違ってくるから、その垣根を超えて生きるのは簡単ではない。しかも筆頭侯爵家ともなれば尚更だ。

「フレディ様の一方的な想いも、結婚させてしまえば落ち着くとお考えなのでは」
「そうね。フレディ様も表立って動かれていないし、侯爵家としては現状維持をお望みかもね」

 やはりそうなってしまうわね。何か打開策があればと思ってきたのだけど……でも一年も前からずっと考えていたのにこれだもの。簡単ではないのは百も承知よ。いっそハリマン様が暴走して姉を襲ってくれないかしら。不謹慎だけどそんな風に思ってしまうわ。

「エルマ様、ちょっと相談があるのですけれど……」
「まぁ、イルーゼ様のお願いなら出来る限りのことは致しますわよ」

 そんな風に言って下さるなんて嬉しいわ。でも簡単なことじゃない。でも、今の私のはこれくらいしか打開策が思い付かなかったのよ。


 
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