善界の狗

煮卵

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鶯を炙る(翠嵐回想)

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その日の夜も翠嵐は僧正に書物を読み聞かせた。
「翠嵐…具合が悪いかい?」
「…いいえ?何故?」
「なんだか、声に元気がない」
「昼間…少年とお逢いになっていましたね…」
僧正は少し驚いた顔をしたが、直ぐに穏やかな表情に戻った。
「見て居たのか……」
「あの子は誰なのです?」
「ああ、甥っ子だよ。弟が寺に預けられるのがいやだと泣きついてきたんだ」
「そうですか…」
「どうした?翠嵐」
「いえ……なんでもありません。今日は稚児部屋に戻らせていただきます」
僧正が袖を掴んで引き留める。
「怒っているね?確かに私は君を導く立場だが、間違いを起こさないわけじゃない。何か不満があるなら…」
「不満などありません。貴方が側にいて下さる事にとても感謝しています。わたしには勿体無い境遇です。」
告げた事に嘘はなかった。実際これ以上を望むべきじゃないのだ。
立ちあがろうとするのに僧正はなおも追い縋った。
「…私は君に何かしてしまったかな?」
「何もしてくださらないから、こんな気持ちになるんです!」
翠嵐は思い切り叫んだ。こんな感情は初めてで自分で自分が抑えられなかった。
「翠嵐……」
困惑した僧正の表情にハッとなる。
「すみません。忘れてください。明日はちゃんと貴方の言いつけ通りにしますから…」
このまま嫌われてしまったら、この人の手をもう引けないのだろうか。
ツンと鼻の奥が熱くなり、涙が溢れてきた。
「もう、我儘は言わないから…このまま側においてください…お願い…」
僧正は何も答えず、翠嵐を強く抱き寄せた。骨が軋むほど強い力で抱きしめられ、翠嵐は息が出来なくなった。
「君が還俗するか、剃髪するまで我慢しようと思っていたのに…」僧正の囁きの意味がわからなかったが、僧正の唇が自分のそれに重なるのを感じて翠嵐は震えた。初めての接吻だった。
「隣の部屋が空いているから、そこでお休み」
「一緒に…」
「それはちょっと無理だな」
「どうしてです?」
「どうしても」
僧正は翠嵐を布団に押し込め、寝かしつけた。
「明日の朝、迎えに来るよ。それまでゆっくり眠るといい」
翠嵐の額に口づけを落とし、僧正は去っていった。
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