上 下
11 / 19

11

しおりを挟む
メッセージを送った後、田中は自室のベッドに横たわった。心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。
まさか自分がこんなことをする日が来るとは思わなかった。しかも相手は取引先の社員だ。
携帯から社内に指示を出して、ふと気づくと夕方になっていた。慌てて身支度を整えて家を出る。向かった先は六本木にあるレストランだった。以前デートした時に使ったことのある場所だ。約束の時間にはまだ余裕があるため、先に店内に入って待つことにする。程なく入り口の方に見慣れた人物の姿を見つけた。曽宮だ。彼はこちらに気づくと驚いたような表情を見せたものの、すぐに笑顔を浮かべると向かいの席にやってきた。
「こんにちは」
挨拶を交わすとウェイターを呼んで飲み物を頼む。程なくして運ばれてきたワインに口をつけながら、他愛もない会話をしているうちに料理が運ばれてくる。食事を終えて一息つくと、タイミングを見計らって切り出した。
「あの、昨日はすみませんでした・・・」
深々と頭を下げる。
「いえ、俺の方こそ、その、すみません」
「曽宮さんが謝る理由はないでしょう?」
「いや、だって、あの時」
『キスしたから』という言葉に田中は自分の顔が赤くなるのがわかった。あの時は気分が高揚していたが、冷静になるととんでもないことをしてしまったと思う。そもそも、なぜ受け入れたのか。理由はもうわかっていた。
「曽宮さんの気が変わって・・・いなければ何ですが・・・」
田中は顔を上げると、真っ直ぐに彼の目を見つめた。その瞳にはどこか不安げな色が浮かんでいるように見える。それを見た瞬間、自然と言葉が口をついて出た。
「もしよければ、お付き合いをしてみようかなって・・・」
一瞬、時が止まったような気がした。だが、次の瞬間、心臓が爆発しそうな勢いで脈打つのが分かった。体中の血液が沸騰しているのではないかと思うほど熱い。
「すごく、嬉しいけど・・・」
次の曽宮の言葉に、田中は耳を疑った。
「それって本当に誠司さんの本心なんですか?」
「え・・・どういう意味ですか?」
予想外の反応に戸惑うことしかできない。一体どうしてそんなことを言われるのか分からなかった。
「田中さんは、共同プロジェクトを成功させたいですよね?」
「・・・へ?それは、まあ」
思わず間抜けな声が出てしまった。混乱して言葉が出ないでいると、曽宮はさらに続けた。
「立場を考えたら俺たち、恋人になるべきじゃないと思う」
「え・・・」
「ごめんなさい」
その一言に目の前が真っ暗になるのを感じた。ショックのあまり言葉が出ないでいると、続けて曽宮が言った。
「今回のプロジェクトで、かなり裁量を持たせてもらえそうで・・・田中さんの会社の命運もかかっているなら尚更、失敗するわけにはいかないから」
その言葉を聞いた瞬間、体から力が抜けていくのが分かった。つまり自分はフラれたということなのだろう。そう思うと涙が出そうになったが何とか堪えた。ここで泣いたら彼に迷惑をかけてしまう。だから、せめて笑顔でいようと心に決めた。
「わかりました。こちらこそ困らせてしまってすみませんでした」
そう言うと頭を下げる。そしてそのまま立ち上がると出口に向かって歩き出した。このままここにいても辛いだけだと思ったからだ。だが、そんな田中の腕を誰かが掴んだ。驚いて振り返るとそこには曽宮がいた。彼は何か言いたげに口を開いたものの、結局何も言わずに俯いてしまった。その様子を見て胸が苦しくなるのを感じる。これ以上この場にいるのが耐えられず、手を振り解くと逃げるように店を後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

俺の小学生時代に童貞を奪ったえっちなお兄さんに再会してしまいました

湊戸アサギリ
BL
今年の一月にピクシブにアップしたものを。 男子小学生×隣のエロお兄さんで直接的ではありませんが性描写があります。念の為R15になります。成長してから小学生時代に出会ったお兄さんと再会してしまうところで幕な内容になっています ※成人男性が小学生に手を出しています 2023.6.18 表紙をAIイラストに変更しました

エロ家庭教師 数学は置いといて、特別なことを教えてア・ゲ・ル

天災
BL
 まずは、君に色々教えようか。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

お兄ちゃん大好きな弟の日常

ミクリ21
BL
僕の朝は早い。 お兄ちゃんを愛するために、早起きは絶対だ。 睡眠時間?ナニソレ美味しいの?

処理中です...