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第一章 宮田颯の話
1-16 所有物
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夢の中のようなぼんやりした頭のままで家に帰る。
「送ります」と言う上条を拒否したが付いてきた。
ついてきたどころか上条は俺と共に家に入り、すでに帰っていた両親に向かって挨拶をした。
突然のアルファの訪問と、突然の番報告。
両親は目を丸くしていたが、二人とも俺のことを気にしていた。
「無理やりじゃないよ」といえば、二人とも安堵したように息を吐いた。
自分が望んでこうなったから無理やりじゃない。
一般的なオメガにありふれ、最も心配する番報告は発情期最中の望まぬ結果なのだろうと思う。
俺は今発情期じゃない。でも上条は俺にしてくれた。
なんだかそれでいい気がした。
本能ではなく理性が、俺を好きでいてくれるような。
獣ではなく人間として好いてくれた気がした。
「もう要らないんだけど、せっかくだから」
帰り際プレゼントを渡された。
小さな紙袋と硬い箱。リボン結びのされた白い箱は、金色の箔押がされていた。
すぐに開けようかと思ったが、気恥ずかしくて風呂に入った。
風呂の中、湯気で曇る鏡を擦る。
傷つけられた首筋は手当てされている。
上条の家で風呂に入れさせてもらい、その後に手当てされたもの。
濡らさないように気を付ける。
何だか体の中に熱が残っている気がして、自分で触れる。
上条のものとは違う自分の指の感触は、少し寂しかった。
「どうしたのかな」
桃に一報入れようとしたけれど、通話に出なかった。
番になったとメッセージを入れておく。
桃は発情期が強いから、もしかしたらそれでぐったりしているのかもしれない。
以前にもそんなことがあった。
あの時は2.3日連絡が取れず心配した。
顔を出せるようになった桃は、焦点の合わない目でその生を嘆いた。
そうだ。
あの時桃はオメガ性というよりも、生きていることを嘆いていた。
そこまで酷いのかと心配したものだ。
『何かして欲しいことあったら言ってな』
メッセージを追加しておく。
連絡があったらすぐとれるようにと端末を近くに置いて、プレゼントと向き合う。
紺色のリボンをするりと解き両手で箱を開いた。
「首輪?」
添えられていたメッセージカードを手に取る。
オメガ用の保護具と書かれたそれは、首輪で正しいのだろう。
俺はずっとベータとオメガしかいない町で生きているけれど、そうでない人もいる。
桃は仕事の時に付けていると言っていた。
黒いレザーのそれは、幅4センチほどだろうか。
ロックできるようになっていて、小さな鍵が添えられている。
恐る恐る首に付けてみる。
うっかりロックされないように手で押さえた。
鏡に映る保護具をした自分の姿は誰かの所有物だということを示すようだった。
誰の物にもならないようにと作られている保護具なのに、一転して上条の所有物だと示す首輪になっている。
ぞくりとした。
ヴヴヴ
机の上で音を立てた端末にびくっとして、つい手を放す。
『颯君』
画面の向こうの顔に驚かせやがってと悪態をつく。
『似合いますね』
「似合ってどうするよ。もう番なんだからこれ要らないだろ」
『僕のだって主張できる』
上条は俺と同じ感想を持ったようだ。
「なぁこれ、いつ買ったの?」
『作ったのは、一年前……かな』
「一年?」
ロックされていないのを指先で確認しながらゆっくり外した。
残念、と漏らされる声にうるせぇと返す。
『颯君を見つけたのが二年くらい前で――』
「二年前!?」
俺の驚きを無視するように上条は続ける。
『どんなのが似合うかなぁって考えながら探し出して』
「どうやって渡す気だったんだよ」
『襲い掛かっちゃうからつけてくださいってお願いしようかなと』
こいつが編入してこなければ会うこともなかったのに、考えがずれている。
「てかどこで? 運命なら俺からもわかるんじゃないのか?」
『博物館です。君は学校の何かで来ていたのかな? 同じ制服の子たちが一緒だったから』
中学三年の時、校外学習として確かに博物館に行った。
興味もなく、何の記憶も残っていない。
「俺はお前に気付いてない」
『悲しい』
でも事実だ。
『良いんです。もう番になれたから』
もし反対に、見つけたのが俺で上条が気付かなかったなら、今こうなることは絶対になかった。
探し出すのだって無理な話だし、ましてやアルファに声をかけに行くともなると、諦める一択だろう。
だって自分は気付いたのに相手は気付いていないんだ。運命じゃなかった、とするしかないだろう。そうして諦めるしか。
「なんか、あの……ありがとう」
上条はぱっと笑った。
『こちらこそありがとう』
今この場にいたらきっと抱き付いている。
潤みそうになる目をぐっと閉じた。
「これ、太過ぎじゃね? もっと細いのもあるだろ」
誤魔化すように声を出した。
『絶対に、君を守りたかった』
画面越しにじっと見つめられ、声が詰まる。
もう何を言ってもダメな気がする。
自分の中で上条に会いたいという気持ちが溢れ出す。
さっき別れたばかりなのに、番になるというのはこういうことなのだろうか。
「会いたい」
聞こえないように、小さな声で呟いた。
聞こえたらいいと思った。気付いてくれたら良いと思った。
画面の向こうの上条が柔らかく笑う。
『君が呼ぶなら今すぐ、どこへでも』
「送ります」と言う上条を拒否したが付いてきた。
ついてきたどころか上条は俺と共に家に入り、すでに帰っていた両親に向かって挨拶をした。
突然のアルファの訪問と、突然の番報告。
両親は目を丸くしていたが、二人とも俺のことを気にしていた。
「無理やりじゃないよ」といえば、二人とも安堵したように息を吐いた。
自分が望んでこうなったから無理やりじゃない。
一般的なオメガにありふれ、最も心配する番報告は発情期最中の望まぬ結果なのだろうと思う。
俺は今発情期じゃない。でも上条は俺にしてくれた。
なんだかそれでいい気がした。
本能ではなく理性が、俺を好きでいてくれるような。
獣ではなく人間として好いてくれた気がした。
「もう要らないんだけど、せっかくだから」
帰り際プレゼントを渡された。
小さな紙袋と硬い箱。リボン結びのされた白い箱は、金色の箔押がされていた。
すぐに開けようかと思ったが、気恥ずかしくて風呂に入った。
風呂の中、湯気で曇る鏡を擦る。
傷つけられた首筋は手当てされている。
上条の家で風呂に入れさせてもらい、その後に手当てされたもの。
濡らさないように気を付ける。
何だか体の中に熱が残っている気がして、自分で触れる。
上条のものとは違う自分の指の感触は、少し寂しかった。
「どうしたのかな」
桃に一報入れようとしたけれど、通話に出なかった。
番になったとメッセージを入れておく。
桃は発情期が強いから、もしかしたらそれでぐったりしているのかもしれない。
以前にもそんなことがあった。
あの時は2.3日連絡が取れず心配した。
顔を出せるようになった桃は、焦点の合わない目でその生を嘆いた。
そうだ。
あの時桃はオメガ性というよりも、生きていることを嘆いていた。
そこまで酷いのかと心配したものだ。
『何かして欲しいことあったら言ってな』
メッセージを追加しておく。
連絡があったらすぐとれるようにと端末を近くに置いて、プレゼントと向き合う。
紺色のリボンをするりと解き両手で箱を開いた。
「首輪?」
添えられていたメッセージカードを手に取る。
オメガ用の保護具と書かれたそれは、首輪で正しいのだろう。
俺はずっとベータとオメガしかいない町で生きているけれど、そうでない人もいる。
桃は仕事の時に付けていると言っていた。
黒いレザーのそれは、幅4センチほどだろうか。
ロックできるようになっていて、小さな鍵が添えられている。
恐る恐る首に付けてみる。
うっかりロックされないように手で押さえた。
鏡に映る保護具をした自分の姿は誰かの所有物だということを示すようだった。
誰の物にもならないようにと作られている保護具なのに、一転して上条の所有物だと示す首輪になっている。
ぞくりとした。
ヴヴヴ
机の上で音を立てた端末にびくっとして、つい手を放す。
『颯君』
画面の向こうの顔に驚かせやがってと悪態をつく。
『似合いますね』
「似合ってどうするよ。もう番なんだからこれ要らないだろ」
『僕のだって主張できる』
上条は俺と同じ感想を持ったようだ。
「なぁこれ、いつ買ったの?」
『作ったのは、一年前……かな』
「一年?」
ロックされていないのを指先で確認しながらゆっくり外した。
残念、と漏らされる声にうるせぇと返す。
『颯君を見つけたのが二年くらい前で――』
「二年前!?」
俺の驚きを無視するように上条は続ける。
『どんなのが似合うかなぁって考えながら探し出して』
「どうやって渡す気だったんだよ」
『襲い掛かっちゃうからつけてくださいってお願いしようかなと』
こいつが編入してこなければ会うこともなかったのに、考えがずれている。
「てかどこで? 運命なら俺からもわかるんじゃないのか?」
『博物館です。君は学校の何かで来ていたのかな? 同じ制服の子たちが一緒だったから』
中学三年の時、校外学習として確かに博物館に行った。
興味もなく、何の記憶も残っていない。
「俺はお前に気付いてない」
『悲しい』
でも事実だ。
『良いんです。もう番になれたから』
もし反対に、見つけたのが俺で上条が気付かなかったなら、今こうなることは絶対になかった。
探し出すのだって無理な話だし、ましてやアルファに声をかけに行くともなると、諦める一択だろう。
だって自分は気付いたのに相手は気付いていないんだ。運命じゃなかった、とするしかないだろう。そうして諦めるしか。
「なんか、あの……ありがとう」
上条はぱっと笑った。
『こちらこそありがとう』
今この場にいたらきっと抱き付いている。
潤みそうになる目をぐっと閉じた。
「これ、太過ぎじゃね? もっと細いのもあるだろ」
誤魔化すように声を出した。
『絶対に、君を守りたかった』
画面越しにじっと見つめられ、声が詰まる。
もう何を言ってもダメな気がする。
自分の中で上条に会いたいという気持ちが溢れ出す。
さっき別れたばかりなのに、番になるというのはこういうことなのだろうか。
「会いたい」
聞こえないように、小さな声で呟いた。
聞こえたらいいと思った。気付いてくれたら良いと思った。
画面の向こうの上条が柔らかく笑う。
『君が呼ぶなら今すぐ、どこへでも』
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