それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-5 約束

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 薬は飲めなかったと思う。
 拾えなかった記憶がある。
 気が付いた時には自分の部屋のベッドで寝ていて、時計の針は20時を指していた。

 二度も気を失うなんて。
 おそらく初めて目の当たりにしたアルファに対してオメガ性がやる気を出し過ぎて、暴走しているに違いない。
 今まではアルファなんていなかったから、ただの定期的に来る発情期をそれなりに抑える薬でよかった。
 でもアルファというものにこの体が反応してしまったのなら、きっともっと強い薬が必要だ。

 幸い頭痛は放課後ほど酷くはなく、なんかチクチクと突かれているな程度に収まっていた。
「あら、大丈夫なの?」
 すでに帰宅していた母親に心配される。
「んー平気だけど、薬が合わなくなってきたっぽい」
「明日病院に行く?」
「そうする」
 上条にも会いたくなかった。

「上条君っていう子がね、連絡くれたの」
 やっぱり俺はあのまま上条の前で倒れて、車で連れて帰られたのだろう。
 体に違和感は無いし変なことをやる奴だとも思わないが、風呂に入る前にでも体を鏡で見ておこうか。
「昨日からクラスに来たんだよ。社会見学的な奴じゃん」
「まさかアルファなの?」
「そうだよ」
「そうなの……」
 思うところがあるのだろうか。
 母親の考えは分からないが、あまりよさそうな反応ではない。

 アルファの社会見学は、ありふれているわけではないが珍しい話でもない。
 この世界には自分たちより劣っている人間が山ほどいるのだと知るために、下々の者・・・・と一定期間生活を共にするのだ。
 上条もそれで来たのだろう。

「あとで病院代持って行きなさい。ご飯温めておくからお風呂入っておいで」
「そうする」



 どうでもいいテレビを見て飯を食い、歯磨きしながら自室に戻る。
 気を失っているのは寝ているのとは違うんだろうか。
 二度も気を失っていた自分は今夜寝ることができるのだろうかと多少心配になる。

 開いたオメガのサイトで薬についての情報を探す。
 そもそもあれはアルファに遭遇した結果なのか、それとも普通に過ごしていても薬の合う合わないが出てきてしまうのか。
 薬についての情報と、人の体験談を読み漁る。
 あまり副作用はない方がいいが、そんなものないし仕方がない。
 さすがに吐き気は困る。学校で吐くのは嫌だし。
 朝晩二回に分けて、もしくは朝昼晩三回に分けて飲む薬の方が良かったりするだろうか。
 いや、でも、飲み忘れることがありそうだ。

『はやてちゃんおつー』
「おつかれ」
 前面に出てくる桃のアイコンをタップする。
 慌てて歯磨きを終えに走る。

「桃ー、薬何使ってる?」
 今日聞きたかったこと。
『薬? 新しいの欲しいの?』
「なんか合わなくなってきたっていうか……」
 桃の薬を教えてもらい、それをサイトで検索する。
 副作用はどれも似たり寄ったりだ。
 個人に合う合わないもあるし、副作用以前にこれが自分に合わなければ効果が出ない。

「アルファが来たって言ったじゃん」
『うん』
「そいつのせいじゃないかなってちょっと思ってる。だから聞きたくて」
『うん?』
「俺今までアルファって会ったことなかったんだ。だから初めてアルファに会って、身体が過剰反応してんのかなーって」
『うーん。アルファに会うと体が熱くなったりはするよね。下品なことはっきり言うけど、身体が種を求めてるのがわかるっていうか』
「発情期じゃなくてもそうなる?」
『そうだなー。発情期じゃない時に相手することがそれこそ滅多にないけど、やっぱり「アルファだぁ」って身体がなってるなとは感じるよ』
「人種が違うことは……すごい、俺も感じた」
『うんうん。発情期だとさ、更にその人に支配されたいって思うんだ』
「やっぱり怖いな、それ」
 桃は画面の向こうで優しく笑う。
『怖いのが自然なんだと思うよ』
 まるで自分はもう怖さを忘れてしまったとでもいうような言い方だった。

 俺の将来はあまり良くないことは分かっている。
 できるだけ働けそうな仕事を探すつもりではいるけれど、正社員は無理だとは思う。
 もし、俺が絶望しそうなら、桃と一緒のところで働きたいと思う。
 彼がいれば色々と教えてもらえるし、何より俺も寂しくないと思うから。
 ただ問題はある。
 俺は桃のように可愛くはないから、客がつかないかもしれない。
 ああでも、不細工を好きな奴もいるかもしれないな?

「俺がアルファだったら、運命じゃなくても桃を攫いに行くのに」
『攫うって、言い方』
 桃が笑う。
「ベータでもいいな。発情期なんか無しで働けてたらさ、一緒にいる時間はちょっと短くて寂しくなるかもしれないけど」
 うんうん、と相槌を打ってくれる。
『ボクね、抑制剤が寿命を縮めてくれるのってちょっと、良かったなって思うんだ』
「んん?」
『だってさ、ボクたちおじいさんになってもこのままでしょう? どうするの?』
 桃の声は優しくて、まるで眠りを誘う子守唄のようだった。
『早く死ねたらいいよね。おじさんになる前に、早くね』
 言ってることは何も穏やかではないが、まるで遠足の内容でも考えているような言い方だった。
 
「平均的に」
 ごくりとつばを飲み込む。
「番のいない服薬を続けたオメガは3,40が限界だって言うな」
『そうだね。新しい薬が出る度にきっと寿命は延びてしまうけど』
 桃はきっと、もっと早くに死にたいのだろう。
 運命の人を夢見ながら同時にそれはあり得ないとわかっていて、そして早く死にたいとも思っている。
「居なくなったら寂しいよ」
『そういってくれたら嬉しいなぁ』
「ほんとだよ」
 本当に、寂しくなる。
 俺は他にオメガの友達がいない。
 他のクラスのオメガの存在を知っていても、オメガ同士だからと言って話が合うわけではない。
 オメガのサイトで愚痴ることはいくらでもできようが、こうして顔を知っているわけじゃない。
『はやてちゃんも、居なくなる時は言ってね』
「いなくならないよ」
『そうだといいな』
「でもいなくなる時は、桃に言うよ」
 悲しい約束をした。
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