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決意のベビードール
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細い肩紐白いひらひら。透けた布地と胸を守るようについたレース。太ももにぎりぎりかかる程度の白いベビードールといわれるものを、ネットで買った。本来ならばふにふにした横乳がエロいんだろうけど、残念ながら存在していない。貧弱な体はそれでも女の子の衣装を纏う。
顎の下まである髪の毛はとにかく手を入れ艶があり、指通りはさらさらしている。今日のテーマはとにかく可愛くだから、チークも目元も赤っぽくした。庇護欲を誘うような顔を作ってもあっくんが気付くとは思わないけど、効果があることを期待している。
***
「けっこんしようね」
幼稚園男児の言葉に隣のお兄ちゃんは、「いいよ」と返した。さすがに初めの記憶はないのだけど、それ以降も同じことを言い続けているので間違いはないと思う。両者の親の証言もある。
あっくんのどこをどう好きになったのかも記憶にないけれど、お子様なりに気に入るところがあったんだろう。あっくんが成人した今では、純粋な好きなのか執着なのかも分からない。でもいまだにボクは「結婚して」と言い続けている。そして返事は変わらず、「いいよ」だ。
あっくんを信じていないわけではないけれど、ボクの言うことはいつも「いいよ」と大体受け入れられるもんだから、あいつはそういうやつなんだなと思ってしまっている。だって実際5歳児の告白から今まで状況は何も変わっていない。結婚を前提のお付き合いだってしていないし、デートだってしたことがない。「好きだ」って言えば同じように返してくれるけど、それって"隣のお兄ちゃんから"としての好きでしょ?
5歳年上のあっくんは女の子が好き。しかも胸が大きな人が好き。いや、お尻も足も見てるから多分全部好き。ボクの前でグラビアを当たり前のように見ているし、Z級ゾンビ映画でおっぱい丸出しにしながら中盤死んでしまうバカな役の人もじっくり見ている。それを咎めるつもりはないけれど、だからこそ、返してくれる「好き」の言葉も結婚の同意も無意味なものだと分かっていた。
せめて可愛くなろうと思った。
完全な女の子になろうと思ったわけではないけれど、可愛いを集めていけば自然と女の子っぽくなっていた。邪魔だったから髪を極端に伸ばすことはなかったけれど、お姉ちゃんのアクセサリーで飾った。服だって借りた。ボクが良いと思うものは『女の子用』として売られていたものとは違ったけれど、あいつの視界に入るためには可愛いを優先した。
今ではSNSに写真を上げれば「可愛い」のコメントが踊る。たくさんのハートを貰って、正解を歩めているって勇気も貰う。すぐ隣の家を訪問してそれを見せ、みんながボクを可愛いって認めてくれているとあっくんにアピールした。
――ボクは可愛いから、あっくんが好きになってもいいんだよ。男だけど可愛いから、いいんだよ。
『女の子になりたいの?』
コメントが書かれる。
『性別なんかよくない?』
誰かがそれに返信する。
あっくんが可愛いと言うのはいつも女の子に対してだ。だから可愛いは女の子。女の子でないと可愛いとは言われない。
念入りに磨いた足とお尻。時間をかける髪と肌。自他ともに認める可愛さには達したと思う。親兄弟にも言われるし、街を行けば可愛いって小さな声で言われる。
だけど最近、ひげがどうも目立ってきたと思う。
『気持ち悪い』
コメントが書かれる。心臓が潰れるように痛む。
あっくんもそう思うだろうか。ボクのしていることは間違っているんだろうか。たくさんのハートに後押しされる。だけどあっくんは一人しかいない。
双方の両親が旅行に行くというから見送って、姉を放って隣の家に押し掛けた。取りに戻ればいいだけだから荷物なんかいらないけれど、そっとあるものを持ってきた。
今日ボクは、あっくんを押し倒してみようと思う。
自室でベッドに寝転がりスマホをいじっているあいつ。当然のように部屋に入って、その上に飛び乗った。
「う、ぐぅ」
スマホを顔に落としそれに痛みながら、さらに圧し掛かってきたボクに耐えている。
「重いー」
「重いっていうな」
「軽いー」
あっくんはちょっと馬鹿だ。大学だって行くには行っているけれど、まったく知らないところだった。さすがに名前を書いて金を払えば入れるわけではないだろうけど、100点自慢を聞いたこともない。
「そろそろ行った? 出かけるまで長かったっしょ」
大学に入って染められた茶色の髪は根元が黒くなっている。明るくしたなぁって思っていた髪はさらに色が抜けた気がする。それを引っ張って、くりくりとこねくり回す。
あっくんはボクをどかしはしない。体の上に乗っけ、顔も半分潰されたまま普通にしている。どうせなら抱きしめてくれてもいいのにそんなこともない。
「ねーあっくん、食べたくなぁい?」
「お腹空いた? 早くね?」
「違う」
小さなころから変わっていないカラフルな時計の針は午前10時を指している。
スマホを持った手はぱたりと倒れ、正解を言わないなぞかけに悩んでいた。
「わかんないの?」
体を擦り付けて、わざと耳元で囁くように息を吹きかける。単純な答えだ。目の前のボクを食べたくないのかってだけのこと。
「あっくん好きだよー。結婚しようよー」
「いいよ。で、答えは?」
ほらこんなにあっさりと返事される。心にもなさすぎ。
このやり取り何年やってると思ってんの? 5歳の時から数えたとして10年以上だよ? たしかにまだ結婚年齢に達してないと思うけど、それにしたっていい加減本気にしてくれても良くない? あっくんとは5歳差だけど、そこまで子ども扱いされるのもおかしいよね。だって一緒に育ってきたし、あっくんだってサルみたいだったことに変わりはないし。
せめて可愛いねって言ってくれても良くない? もう、最近はもう、ひげだって濃くなってきた。このまま可愛いを突き進めないって気付いてる。だけど今までの、この状態でダメなら本当にダメじゃん。これからどんどん老けてってあとはおっさんになってくだけで、メスでも入れない限りこの形は保てない。
なんだかワーッと苛立って、なんだか泣きそうになってきた。
頭の後ろから無理やり引っこ抜いた枕をその顔に押し当てる。
「うー」
死んでしまえ。半分本気で思ってる。
体を起こしお腹の上に座り込んでも、あっくんは枕をどけなかった。ただ抑え込まれていないから呼吸は出来て、もごもごと喋る。
「どうしたん」
「黙ってて。見ないで」
まだ可愛い今のうちに、これは最後の宣言。
あっくんの上に座ったまま服を脱ぐ。死んだように動かないのを見ながら、痛む心臓に耐えた。
買ったのは可愛さの塊のようなベビードール。全裸を晒しても男でしかないから、半分女の子でいようって思った。それを着たところで胸元はスカスカで布が潰れているし、パンツだって中に余計なものが詰まっているのは分かるけど、これで、最後。
――失敗したかな。パンツはもっと隠せるものの方がよかったかな。ちんちんついてるのって違うよね? さすがに男だって認識強すぎるよね。でも白いひらひらの下に、履いてきたパンツはむしろ悪目立ちが強すぎる。だからもうこれでいく。
最初で最後だから。
「あっくん好きだよ。結婚して」
「いいよ」
返事は何も変わらない。きっと十年先でも二十年先でも変わらない。死ぬ間際に聞いたとしても、きっと返事は同じだろう。その前にあっくんが結婚して変わるかな。
「あっくんはボクのこと好き?」
「好き」
「じゃあ、いいよね」
今まであっくんに彼女はいたのかな。全然知らない。聞いてないし聞かされてない。足繁く通っていたけどそんな気配はなかったよ。でもバイト先の人と仲良くしてるのは知ってる。その人が美味しいっていってた甘いものだって買ってくるし。だからそこらへんでいつの間にか彼女ができてたっておかしくない。あっくんはちょっと馬鹿だけど、でも優しいから好きになっちゃってもおかしくない。
枕をどかして覗き込む。目が合う。いつの間にか着替えているのに驚いている。何か言われる前にキスをした。
ずっとあっくんだけを好きだった。だから誰かと付き合ったこともない。でも恋人を作っておけばよかったかな。そうしたらキスの練習になったのかも。襲うのだってもっとうまくできたかも。唇をぶつけるように重ねたところでこの後どうしたらいいのかわからない。文字だけの知識で舌を入れて、受け入れてもらえるように祈った。
――舐めたらいいのかな。吸ったらいいのかな。それとも噛んだらいいのかな。
舌先がぺろりと舐められて、びくっと引いてしまう。体ごと離れそうになって、またあっくんを押し潰す。息を止めていることは出来なくて、んーって鼻息を吹きかけた。
「ま、待って。しんちゃん」
信二というボクの名前はとてもじゃないが可愛くはないし、中性的でもない。だから名前を呼ばれたら男だって認識が強まってしまう。
「しーちゃんって言って」
「しーちゃん」
「よし」
べろりと部屋着のTシャツをめくり上げ、素肌に触れる。ぴたりと耳をつければ心臓の音がした。ドクドクドクって少し早い気がする。驚いたからかな。あっくん意外とビビりなのかも。違うか、枕で抑えられてて呼吸が浅かったからか。
心臓の音も体温もそのままでしばらく居たいほど心地よかったけれど、離れ、すぐそこに在る胸を舐める。揉んでも柔らかさは表面的な皮膚と肉の分しかないけど、ころっとした小さな乳首はある。だからそれをぺろぺろ舐めた。
――やっぱりこれも吸うべき? それとも噛むべき?
わかんないのでとりあえず両方やってみる。頭の上ではあっくんが日本語未満の音を吐いている。止めるなら止めてくれたらいいし、受け入れるならそのまま受け入れてくれたらいい。ずりずりとそこから下へ移動して、見覚えあるおへそをくすぐる。あっくんは「はへへ」って変な声で笑っている。その隙に容赦なくズボンを引っこ抜いた。トランクスごと丸剥ぎにして、これまた見覚えのあるちんちんに触れた。少し頭を持ち上げ始めていたそれに、お腹の奥がきゅうってする。
好きな人とエッチしたいって思ってる。好きな人はあっくんしかいないって思ってる。
「しん……しーちゃん!」
「今からエッチすんの!」
「まだ結婚してないのに!」
「結婚してなくてもするもんだからいいの!」
「え、いいの?」
目が合う一瞬の間。
「文句あんの!?」
「ないない」
「……ないの?」
「しーちゃんがいいなら……あーけど、やっぱり結婚してからの方がいいような」
「やだ。今する」
「えーいいのかなぁ」
「しないなら結婚もしない」
「えっ。俺のこと嫌いになった?」
今の今ですぐ嫌いになれるはずない。反応が軽すぎてむかつく。むかつくから、無言で半勃ちのそれを咥えた。
何とも言えない肉の塊。おいしくもないし、ちゃんとお風呂に入って綺麗にしていたんだろう、臭くもない。毛が邪魔すぎるから手のひらで抑え根元から引っ張り出す。口に咥えたまま引っ張れば伸びる。面白い。自分についてるものと同じだけど他人のだと遊べる。けど噛む気はない。痛いのはボクも痛く感じるからダメ。
「しーちゃん」
あっくんのはすぐに大きくなった。ぐんぐん元気になって、口から出てしまう。
「むー」
アイスを舐めるみたいに横からぺろぺろ。舌先に力を入れてぐぐっと舐め上げる。
「しーちゃん、なんでそんな格好してんの」
さっきより深く息を吐いてあっくんが問う。
「可愛い?」
「えーと」
「ボクは可愛い?」
「しーちゃんは可愛い」
「ほんと?」
「その格好も似合ってると思う」
「今までそんなこと言わなかった」
「え? 似合ってるって言わなかった?」
「可愛いって言わなかった」
「好きでやってる格好に可愛いとかかっこいいとか俺が決めるのだめじゃね?」
確かに似合っているとは言われていた気がする。でも可愛いとは言われなかった。認められなかった。
口の中でもぐもぐとあっくんのちんちんを甘噛みする。納得いかない。
「しーちゃんちょっと」
「何」
「この状態だと話し合えない」
「話すことなんて」
「あるっしょ」
あっくんはちんちんガチガチにしながら、真面目な顔をして言った。
体を起こし胡坐をかいたあっくんの前に座る。こんな衣装まで用意してきたのにうまくいかない。
「今日のしーちゃんはどうしちゃったん?」
「どうもこうもないし。ずっとこうだったし」
自分がふてくされているのが分かる。
「あっくんがボクのこと可愛いって言ってくれないのが悪い」
「可愛い」
「心がこもってない」
「すごく可愛い」
「もっと」
「めちゃめちゃ可愛い。とんでもなく可愛い。こんな子が結婚してくれるのラッキーだな―って思ってる」
「……ほんと?」
「本当」
ガチで、マジで、絶対。なんて軽い言葉が続いて出た。まったく心がこもってない! と思うけど、あっくんはいつもこんなだ。
「可愛いって言われるためにその格好してんの?」
まじまじと見られそう言われると、なんだかずいぶん恥ずかしくなった。耳が赤くなるのを感じ俯く。
「その格好は可愛いじゃなくてエロいだし」
「そーしたの!」
「そもそもしーちゃんは小さい時からずっと可愛いんだし」
「全然言わなかった。好きだっていうのも結婚するっていうのも本気なのに、全然じゃん」
「え? 本気だし」
「は? だってデートもちゅーもしてくんないし!」
我ながらどすの利いた声が出た。
「デートしてたじゃん。いつも」
「"お隣さん"としてのお出かけでしょ」
「じゃあ今度デートしよ。ちゅーは、さっきしたし」
「今して」
「はい」
むーって口を突き出せば、一度そらされた目がまた戻ってくる。ちゃんとしてくれるまでしっかりあっくんを見つめていた。徐々に近づいてくる距離。目を閉じたあっくんはちゅっとして、すぐに離れてしまう。
「もっとして!! えっちもするの!! 好きだって言って、ちゃんとボクと結婚するって言って……」
「しんちゃんが好きだよ。結婚だってもちろんする。気が変わったらしかたねーなと思いつつ待ってたんだし」
「……ずっと待ってる?」
本当に? ちょっと信じられない。でも信じたい。信じたいから信じることにする。
両手を伸ばして抱き着けば、あっくんはゴツンと壁に頭をぶつけた。呻くのを無視して開いた足に乗っかる。すっかりしょぼくれてしまったあっくんのちんちんをぺいっと叩いた。
「新人には優しくしてあげて!?」
「なにそれ」
「そのまんまだよ。好きな子とエッチするためにとっといたんだから」
「好きな子」
「しんちゃん」
直した呼び名は再びいつも通りに戻っている。
「ちゃんともっと好きだって言ってくれればよかったじゃん。そしたらもっと早くイチャイチャできたじゃん。この童貞が」
「酷い言われよう」
自分だって経験がないことはこの際無視する。もっと早くあっくんが受け入れてくれていたなら良かったんだ。
「……しよ」
ぎゅっと抱き着いて頭の横で言ったセリフは、ようやく抱きしめ返してもらえた。
薄く透けた布の下を手が這う。恐る恐る動くのがもどかしい。でもどきどきする。目の前のあっくんはじっとボクの体を見つめ手を動かす。ちゃんとごしごし洗ってきてよかった。ちゃんと保湿クリーム塗ってて良かった。
「んっ」
ぷにっと乳首を触られた。声を出してしまって、あっくんは慌てたように顔を上げる。
「いいの!」
「でもこんな格好見てらんないし」
「脱げばいい?」
「ええと、うーんと」
いつの間にか体に挟まれたあっくんは元気を取り戻していた。右手でそれをちょんちょんと突き、あっくんの手をそのまま左手で自分の胸に誘導する。薄い布一枚では体温はそのままに伝わってくる。だけど感触はちょっとあいまいで、「あん」ってわざとらしい声が漏れた。積極的になった指が裾をめくり上げ、ぷくりと膨れた先端をこする。押して、爪の先でカリカリと引っ掻く。あっくんはさっきと同じようにボクのことをじっと見ていて、それにちょっと笑えてくる。お返しのようにあっくんに触れれば、ボクの手で更に固さを増していった。これを口に入れたんだよなぁって、さっきのことなのに現実感がない。子供の時から一緒にお風呂に入っていたし着替えなんかいくらでも見ていたから裸は珍しくもないけれど、今は少し特別に感じる。
薄く白いパンツからはみ出してしまったちんちんを見て、あっくんはそれをゆっくりと握りしめた。布ごと包み擦られてすぐにぬるぬるしてくる。ボクはつい腰を揺らしてそれに動きを合わせた。
「あっくん、ボク可愛い? 男だけど、いい?」
「いいよ。可愛い」
首の後ろに手をかけて、促すように引っ張った。あっくんはそのままボクを押し倒す。ぱちりと目が合って、それからゆっくりキスをした。二人とも経験がないから息をするのもうまくいかないし、鼻もぶつかるし、歯だってゴチンと音を立てるように痛んだ。
ぎゅうっと倒れたボクの背中に腕を通し抱きしめてくれたあっくんは、「本当にいいのかなぁ」って小さな声で不安を零す。だからボクは黙って、骨が折れるくらい強く掴まってやった。
カチカチと時計の針の音が響く。かかる熱い息が体温を上げていく。
あっくんの気が変わらないうちに、熱を導いた。痛いなんて決して口には出さず、裂けるようなミリミリとボクにだけ聞こえる音を体の底で聞いた。
「ちゅーして。ちゅーして」
その体を挟むように広げた足。漏らしそうになる悲鳴を隠すためにキスしてもらう。ずっずっと奥まで押し付けられるのを感じるけれど、それ以上に熱を感じる。あっくんのものなのか自分の体内温度なのか、それとも痛みなのかは分からない。揺れる茶色の髪をぼんやりと見た。
「もう、出そう」
「え? あ、うん」
目の前の顔は申し訳なさそうにしている。多分早いんだと思う。でもわかんない。なんせこれが初めてだし、痛いからもういいとも思っていた。
「出していいよ」
「っ……しんちゃん」
ぐっぐっと何度も押し付けられる。だからぎゅって足と手に力を入れて抱きしめる。動きと共に揺らされて、強く吐き出された息で終わりを感じた。
「服とか、可愛いって言った方がいい?」
する前と同じようにベッドで胡座をかくあっくんに聞かれた。パンツを脱いだままのボクは上のひらひらだけを纏いその前に正座する。
「だってあっくん可愛いのが好きでしょ」
「服とかは正直、差が分からない」
「……女の子っぽい可愛いボクだから好きなんじゃないの?」
「いやべつに、どんなでも好き。だってしんちゃんが電車の靴泥だらけにしてる子供の時から見てんだし」
ボクの努力は意味がなかった?
「しんちゃんが好きな格好したらいいよ」
「好きな……」
「部屋とかシンプルだけど可愛いの集めたいなら手伝うし」
「ううん。違う。ボクは、ちがう」
好きなのはアースカラーやモノクロ。シンプルな服、シンプルなもの。ごてごてしてんのはめんどくさい。
けど可愛いものっていうのは繊細で、ちょっと装飾的だと思っていた。素敵だとは思うけど、最も好きとは違う。もふもふのぬいぐるみだって可愛いけど、埃が沸くなぁって思ってしまう。カラフルも花柄もキャラクターもいいけれど、情報が多くてちょっと疲れる。
「"ボク"は……女の子みたいに可愛くしなきゃあっくんと結婚できないって思ってたから」
「俺とのため? そんな気にしなくていいのに」
「してたの! 頑張らないといけなかったんだから……」
でも、誰のために。
あっくんが可愛い女の子を好きだって思い込んでた。電車を好きな幼稚園児はそれをしまって、代わりにお姉ちゃんのお古で身を固めた。だって男の子は女の子を好きなものだって思ってたんだ。でも女の子になりたいわけではなくて、こんな中途半端なことになっていた。
「最近もうひげだってメイクで隠せない気がして」
「えー? わかんねぇけど」
「節穴」
「ひどい。ひげやだ?」
「やだよ」
「俺もめっちゃ生えるんだけど」
「あっくんはいいの!」
「しんちゃんはだめ? よくない?」
「よく……」
ボクなりの可愛いを目指していると言いながら、女の子の真似っこをしていた。でも、それをやめたら?
どうせ今後はひげももじゃもじゃになるんだし、今全て捨ててしまおうか。
「あっくんはそれでいいの? ボクのひげがもじゃもじゃで、可愛い服も着ないで、可愛いメイクもしないで……」
「俺の知ってるしんちゃんは家で涎垂らして寝てるし、メイクじゃなくてパック? マスクみたいなの着けてるし、パジャマに羽織っただけでコンビニ行くし」
ずっと神経尖らせてるのは、お隣さんだから無理なのだ。
「こういうエロい格好は大歓迎だけど、服以上に好きな子がこんなことしてくれてるっていうのがいい」
熱を持った目で力説されると冷静になってしまう。
「"おれ"もう可愛いやめるかも。でもあっくんはどんなおれでも好きだよね?」
「おう」
「嘘ついたら針千本飲ますから。バナナみたいにちんちん輪切りにしてやる」
「浮気してもいないのに!?」
あっくんは脱ぎっぱなしの下半身をとっさに隠した。
「あっくんがおれ以外を好きになること、ないもんね」
「うん」
「結婚しようね。ずっと一緒にいてね」
「いいよ」
「それで、一緒に死んでね」
「はい」
いつもみたいに軽く返事をされたから安心して、メイクごと零れ落ちる涙を白いベビードールに擦り付けた。
顎の下まである髪の毛はとにかく手を入れ艶があり、指通りはさらさらしている。今日のテーマはとにかく可愛くだから、チークも目元も赤っぽくした。庇護欲を誘うような顔を作ってもあっくんが気付くとは思わないけど、効果があることを期待している。
***
「けっこんしようね」
幼稚園男児の言葉に隣のお兄ちゃんは、「いいよ」と返した。さすがに初めの記憶はないのだけど、それ以降も同じことを言い続けているので間違いはないと思う。両者の親の証言もある。
あっくんのどこをどう好きになったのかも記憶にないけれど、お子様なりに気に入るところがあったんだろう。あっくんが成人した今では、純粋な好きなのか執着なのかも分からない。でもいまだにボクは「結婚して」と言い続けている。そして返事は変わらず、「いいよ」だ。
あっくんを信じていないわけではないけれど、ボクの言うことはいつも「いいよ」と大体受け入れられるもんだから、あいつはそういうやつなんだなと思ってしまっている。だって実際5歳児の告白から今まで状況は何も変わっていない。結婚を前提のお付き合いだってしていないし、デートだってしたことがない。「好きだ」って言えば同じように返してくれるけど、それって"隣のお兄ちゃんから"としての好きでしょ?
5歳年上のあっくんは女の子が好き。しかも胸が大きな人が好き。いや、お尻も足も見てるから多分全部好き。ボクの前でグラビアを当たり前のように見ているし、Z級ゾンビ映画でおっぱい丸出しにしながら中盤死んでしまうバカな役の人もじっくり見ている。それを咎めるつもりはないけれど、だからこそ、返してくれる「好き」の言葉も結婚の同意も無意味なものだと分かっていた。
せめて可愛くなろうと思った。
完全な女の子になろうと思ったわけではないけれど、可愛いを集めていけば自然と女の子っぽくなっていた。邪魔だったから髪を極端に伸ばすことはなかったけれど、お姉ちゃんのアクセサリーで飾った。服だって借りた。ボクが良いと思うものは『女の子用』として売られていたものとは違ったけれど、あいつの視界に入るためには可愛いを優先した。
今ではSNSに写真を上げれば「可愛い」のコメントが踊る。たくさんのハートを貰って、正解を歩めているって勇気も貰う。すぐ隣の家を訪問してそれを見せ、みんながボクを可愛いって認めてくれているとあっくんにアピールした。
――ボクは可愛いから、あっくんが好きになってもいいんだよ。男だけど可愛いから、いいんだよ。
『女の子になりたいの?』
コメントが書かれる。
『性別なんかよくない?』
誰かがそれに返信する。
あっくんが可愛いと言うのはいつも女の子に対してだ。だから可愛いは女の子。女の子でないと可愛いとは言われない。
念入りに磨いた足とお尻。時間をかける髪と肌。自他ともに認める可愛さには達したと思う。親兄弟にも言われるし、街を行けば可愛いって小さな声で言われる。
だけど最近、ひげがどうも目立ってきたと思う。
『気持ち悪い』
コメントが書かれる。心臓が潰れるように痛む。
あっくんもそう思うだろうか。ボクのしていることは間違っているんだろうか。たくさんのハートに後押しされる。だけどあっくんは一人しかいない。
双方の両親が旅行に行くというから見送って、姉を放って隣の家に押し掛けた。取りに戻ればいいだけだから荷物なんかいらないけれど、そっとあるものを持ってきた。
今日ボクは、あっくんを押し倒してみようと思う。
自室でベッドに寝転がりスマホをいじっているあいつ。当然のように部屋に入って、その上に飛び乗った。
「う、ぐぅ」
スマホを顔に落としそれに痛みながら、さらに圧し掛かってきたボクに耐えている。
「重いー」
「重いっていうな」
「軽いー」
あっくんはちょっと馬鹿だ。大学だって行くには行っているけれど、まったく知らないところだった。さすがに名前を書いて金を払えば入れるわけではないだろうけど、100点自慢を聞いたこともない。
「そろそろ行った? 出かけるまで長かったっしょ」
大学に入って染められた茶色の髪は根元が黒くなっている。明るくしたなぁって思っていた髪はさらに色が抜けた気がする。それを引っ張って、くりくりとこねくり回す。
あっくんはボクをどかしはしない。体の上に乗っけ、顔も半分潰されたまま普通にしている。どうせなら抱きしめてくれてもいいのにそんなこともない。
「ねーあっくん、食べたくなぁい?」
「お腹空いた? 早くね?」
「違う」
小さなころから変わっていないカラフルな時計の針は午前10時を指している。
スマホを持った手はぱたりと倒れ、正解を言わないなぞかけに悩んでいた。
「わかんないの?」
体を擦り付けて、わざと耳元で囁くように息を吹きかける。単純な答えだ。目の前のボクを食べたくないのかってだけのこと。
「あっくん好きだよー。結婚しようよー」
「いいよ。で、答えは?」
ほらこんなにあっさりと返事される。心にもなさすぎ。
このやり取り何年やってると思ってんの? 5歳の時から数えたとして10年以上だよ? たしかにまだ結婚年齢に達してないと思うけど、それにしたっていい加減本気にしてくれても良くない? あっくんとは5歳差だけど、そこまで子ども扱いされるのもおかしいよね。だって一緒に育ってきたし、あっくんだってサルみたいだったことに変わりはないし。
せめて可愛いねって言ってくれても良くない? もう、最近はもう、ひげだって濃くなってきた。このまま可愛いを突き進めないって気付いてる。だけど今までの、この状態でダメなら本当にダメじゃん。これからどんどん老けてってあとはおっさんになってくだけで、メスでも入れない限りこの形は保てない。
なんだかワーッと苛立って、なんだか泣きそうになってきた。
頭の後ろから無理やり引っこ抜いた枕をその顔に押し当てる。
「うー」
死んでしまえ。半分本気で思ってる。
体を起こしお腹の上に座り込んでも、あっくんは枕をどけなかった。ただ抑え込まれていないから呼吸は出来て、もごもごと喋る。
「どうしたん」
「黙ってて。見ないで」
まだ可愛い今のうちに、これは最後の宣言。
あっくんの上に座ったまま服を脱ぐ。死んだように動かないのを見ながら、痛む心臓に耐えた。
買ったのは可愛さの塊のようなベビードール。全裸を晒しても男でしかないから、半分女の子でいようって思った。それを着たところで胸元はスカスカで布が潰れているし、パンツだって中に余計なものが詰まっているのは分かるけど、これで、最後。
――失敗したかな。パンツはもっと隠せるものの方がよかったかな。ちんちんついてるのって違うよね? さすがに男だって認識強すぎるよね。でも白いひらひらの下に、履いてきたパンツはむしろ悪目立ちが強すぎる。だからもうこれでいく。
最初で最後だから。
「あっくん好きだよ。結婚して」
「いいよ」
返事は何も変わらない。きっと十年先でも二十年先でも変わらない。死ぬ間際に聞いたとしても、きっと返事は同じだろう。その前にあっくんが結婚して変わるかな。
「あっくんはボクのこと好き?」
「好き」
「じゃあ、いいよね」
今まであっくんに彼女はいたのかな。全然知らない。聞いてないし聞かされてない。足繁く通っていたけどそんな気配はなかったよ。でもバイト先の人と仲良くしてるのは知ってる。その人が美味しいっていってた甘いものだって買ってくるし。だからそこらへんでいつの間にか彼女ができてたっておかしくない。あっくんはちょっと馬鹿だけど、でも優しいから好きになっちゃってもおかしくない。
枕をどかして覗き込む。目が合う。いつの間にか着替えているのに驚いている。何か言われる前にキスをした。
ずっとあっくんだけを好きだった。だから誰かと付き合ったこともない。でも恋人を作っておけばよかったかな。そうしたらキスの練習になったのかも。襲うのだってもっとうまくできたかも。唇をぶつけるように重ねたところでこの後どうしたらいいのかわからない。文字だけの知識で舌を入れて、受け入れてもらえるように祈った。
――舐めたらいいのかな。吸ったらいいのかな。それとも噛んだらいいのかな。
舌先がぺろりと舐められて、びくっと引いてしまう。体ごと離れそうになって、またあっくんを押し潰す。息を止めていることは出来なくて、んーって鼻息を吹きかけた。
「ま、待って。しんちゃん」
信二というボクの名前はとてもじゃないが可愛くはないし、中性的でもない。だから名前を呼ばれたら男だって認識が強まってしまう。
「しーちゃんって言って」
「しーちゃん」
「よし」
べろりと部屋着のTシャツをめくり上げ、素肌に触れる。ぴたりと耳をつければ心臓の音がした。ドクドクドクって少し早い気がする。驚いたからかな。あっくん意外とビビりなのかも。違うか、枕で抑えられてて呼吸が浅かったからか。
心臓の音も体温もそのままでしばらく居たいほど心地よかったけれど、離れ、すぐそこに在る胸を舐める。揉んでも柔らかさは表面的な皮膚と肉の分しかないけど、ころっとした小さな乳首はある。だからそれをぺろぺろ舐めた。
――やっぱりこれも吸うべき? それとも噛むべき?
わかんないのでとりあえず両方やってみる。頭の上ではあっくんが日本語未満の音を吐いている。止めるなら止めてくれたらいいし、受け入れるならそのまま受け入れてくれたらいい。ずりずりとそこから下へ移動して、見覚えあるおへそをくすぐる。あっくんは「はへへ」って変な声で笑っている。その隙に容赦なくズボンを引っこ抜いた。トランクスごと丸剥ぎにして、これまた見覚えのあるちんちんに触れた。少し頭を持ち上げ始めていたそれに、お腹の奥がきゅうってする。
好きな人とエッチしたいって思ってる。好きな人はあっくんしかいないって思ってる。
「しん……しーちゃん!」
「今からエッチすんの!」
「まだ結婚してないのに!」
「結婚してなくてもするもんだからいいの!」
「え、いいの?」
目が合う一瞬の間。
「文句あんの!?」
「ないない」
「……ないの?」
「しーちゃんがいいなら……あーけど、やっぱり結婚してからの方がいいような」
「やだ。今する」
「えーいいのかなぁ」
「しないなら結婚もしない」
「えっ。俺のこと嫌いになった?」
今の今ですぐ嫌いになれるはずない。反応が軽すぎてむかつく。むかつくから、無言で半勃ちのそれを咥えた。
何とも言えない肉の塊。おいしくもないし、ちゃんとお風呂に入って綺麗にしていたんだろう、臭くもない。毛が邪魔すぎるから手のひらで抑え根元から引っ張り出す。口に咥えたまま引っ張れば伸びる。面白い。自分についてるものと同じだけど他人のだと遊べる。けど噛む気はない。痛いのはボクも痛く感じるからダメ。
「しーちゃん」
あっくんのはすぐに大きくなった。ぐんぐん元気になって、口から出てしまう。
「むー」
アイスを舐めるみたいに横からぺろぺろ。舌先に力を入れてぐぐっと舐め上げる。
「しーちゃん、なんでそんな格好してんの」
さっきより深く息を吐いてあっくんが問う。
「可愛い?」
「えーと」
「ボクは可愛い?」
「しーちゃんは可愛い」
「ほんと?」
「その格好も似合ってると思う」
「今までそんなこと言わなかった」
「え? 似合ってるって言わなかった?」
「可愛いって言わなかった」
「好きでやってる格好に可愛いとかかっこいいとか俺が決めるのだめじゃね?」
確かに似合っているとは言われていた気がする。でも可愛いとは言われなかった。認められなかった。
口の中でもぐもぐとあっくんのちんちんを甘噛みする。納得いかない。
「しーちゃんちょっと」
「何」
「この状態だと話し合えない」
「話すことなんて」
「あるっしょ」
あっくんはちんちんガチガチにしながら、真面目な顔をして言った。
体を起こし胡坐をかいたあっくんの前に座る。こんな衣装まで用意してきたのにうまくいかない。
「今日のしーちゃんはどうしちゃったん?」
「どうもこうもないし。ずっとこうだったし」
自分がふてくされているのが分かる。
「あっくんがボクのこと可愛いって言ってくれないのが悪い」
「可愛い」
「心がこもってない」
「すごく可愛い」
「もっと」
「めちゃめちゃ可愛い。とんでもなく可愛い。こんな子が結婚してくれるのラッキーだな―って思ってる」
「……ほんと?」
「本当」
ガチで、マジで、絶対。なんて軽い言葉が続いて出た。まったく心がこもってない! と思うけど、あっくんはいつもこんなだ。
「可愛いって言われるためにその格好してんの?」
まじまじと見られそう言われると、なんだかずいぶん恥ずかしくなった。耳が赤くなるのを感じ俯く。
「その格好は可愛いじゃなくてエロいだし」
「そーしたの!」
「そもそもしーちゃんは小さい時からずっと可愛いんだし」
「全然言わなかった。好きだっていうのも結婚するっていうのも本気なのに、全然じゃん」
「え? 本気だし」
「は? だってデートもちゅーもしてくんないし!」
我ながらどすの利いた声が出た。
「デートしてたじゃん。いつも」
「"お隣さん"としてのお出かけでしょ」
「じゃあ今度デートしよ。ちゅーは、さっきしたし」
「今して」
「はい」
むーって口を突き出せば、一度そらされた目がまた戻ってくる。ちゃんとしてくれるまでしっかりあっくんを見つめていた。徐々に近づいてくる距離。目を閉じたあっくんはちゅっとして、すぐに離れてしまう。
「もっとして!! えっちもするの!! 好きだって言って、ちゃんとボクと結婚するって言って……」
「しんちゃんが好きだよ。結婚だってもちろんする。気が変わったらしかたねーなと思いつつ待ってたんだし」
「……ずっと待ってる?」
本当に? ちょっと信じられない。でも信じたい。信じたいから信じることにする。
両手を伸ばして抱き着けば、あっくんはゴツンと壁に頭をぶつけた。呻くのを無視して開いた足に乗っかる。すっかりしょぼくれてしまったあっくんのちんちんをぺいっと叩いた。
「新人には優しくしてあげて!?」
「なにそれ」
「そのまんまだよ。好きな子とエッチするためにとっといたんだから」
「好きな子」
「しんちゃん」
直した呼び名は再びいつも通りに戻っている。
「ちゃんともっと好きだって言ってくれればよかったじゃん。そしたらもっと早くイチャイチャできたじゃん。この童貞が」
「酷い言われよう」
自分だって経験がないことはこの際無視する。もっと早くあっくんが受け入れてくれていたなら良かったんだ。
「……しよ」
ぎゅっと抱き着いて頭の横で言ったセリフは、ようやく抱きしめ返してもらえた。
薄く透けた布の下を手が這う。恐る恐る動くのがもどかしい。でもどきどきする。目の前のあっくんはじっとボクの体を見つめ手を動かす。ちゃんとごしごし洗ってきてよかった。ちゃんと保湿クリーム塗ってて良かった。
「んっ」
ぷにっと乳首を触られた。声を出してしまって、あっくんは慌てたように顔を上げる。
「いいの!」
「でもこんな格好見てらんないし」
「脱げばいい?」
「ええと、うーんと」
いつの間にか体に挟まれたあっくんは元気を取り戻していた。右手でそれをちょんちょんと突き、あっくんの手をそのまま左手で自分の胸に誘導する。薄い布一枚では体温はそのままに伝わってくる。だけど感触はちょっとあいまいで、「あん」ってわざとらしい声が漏れた。積極的になった指が裾をめくり上げ、ぷくりと膨れた先端をこする。押して、爪の先でカリカリと引っ掻く。あっくんはさっきと同じようにボクのことをじっと見ていて、それにちょっと笑えてくる。お返しのようにあっくんに触れれば、ボクの手で更に固さを増していった。これを口に入れたんだよなぁって、さっきのことなのに現実感がない。子供の時から一緒にお風呂に入っていたし着替えなんかいくらでも見ていたから裸は珍しくもないけれど、今は少し特別に感じる。
薄く白いパンツからはみ出してしまったちんちんを見て、あっくんはそれをゆっくりと握りしめた。布ごと包み擦られてすぐにぬるぬるしてくる。ボクはつい腰を揺らしてそれに動きを合わせた。
「あっくん、ボク可愛い? 男だけど、いい?」
「いいよ。可愛い」
首の後ろに手をかけて、促すように引っ張った。あっくんはそのままボクを押し倒す。ぱちりと目が合って、それからゆっくりキスをした。二人とも経験がないから息をするのもうまくいかないし、鼻もぶつかるし、歯だってゴチンと音を立てるように痛んだ。
ぎゅうっと倒れたボクの背中に腕を通し抱きしめてくれたあっくんは、「本当にいいのかなぁ」って小さな声で不安を零す。だからボクは黙って、骨が折れるくらい強く掴まってやった。
カチカチと時計の針の音が響く。かかる熱い息が体温を上げていく。
あっくんの気が変わらないうちに、熱を導いた。痛いなんて決して口には出さず、裂けるようなミリミリとボクにだけ聞こえる音を体の底で聞いた。
「ちゅーして。ちゅーして」
その体を挟むように広げた足。漏らしそうになる悲鳴を隠すためにキスしてもらう。ずっずっと奥まで押し付けられるのを感じるけれど、それ以上に熱を感じる。あっくんのものなのか自分の体内温度なのか、それとも痛みなのかは分からない。揺れる茶色の髪をぼんやりと見た。
「もう、出そう」
「え? あ、うん」
目の前の顔は申し訳なさそうにしている。多分早いんだと思う。でもわかんない。なんせこれが初めてだし、痛いからもういいとも思っていた。
「出していいよ」
「っ……しんちゃん」
ぐっぐっと何度も押し付けられる。だからぎゅって足と手に力を入れて抱きしめる。動きと共に揺らされて、強く吐き出された息で終わりを感じた。
「服とか、可愛いって言った方がいい?」
する前と同じようにベッドで胡座をかくあっくんに聞かれた。パンツを脱いだままのボクは上のひらひらだけを纏いその前に正座する。
「だってあっくん可愛いのが好きでしょ」
「服とかは正直、差が分からない」
「……女の子っぽい可愛いボクだから好きなんじゃないの?」
「いやべつに、どんなでも好き。だってしんちゃんが電車の靴泥だらけにしてる子供の時から見てんだし」
ボクの努力は意味がなかった?
「しんちゃんが好きな格好したらいいよ」
「好きな……」
「部屋とかシンプルだけど可愛いの集めたいなら手伝うし」
「ううん。違う。ボクは、ちがう」
好きなのはアースカラーやモノクロ。シンプルな服、シンプルなもの。ごてごてしてんのはめんどくさい。
けど可愛いものっていうのは繊細で、ちょっと装飾的だと思っていた。素敵だとは思うけど、最も好きとは違う。もふもふのぬいぐるみだって可愛いけど、埃が沸くなぁって思ってしまう。カラフルも花柄もキャラクターもいいけれど、情報が多くてちょっと疲れる。
「"ボク"は……女の子みたいに可愛くしなきゃあっくんと結婚できないって思ってたから」
「俺とのため? そんな気にしなくていいのに」
「してたの! 頑張らないといけなかったんだから……」
でも、誰のために。
あっくんが可愛い女の子を好きだって思い込んでた。電車を好きな幼稚園児はそれをしまって、代わりにお姉ちゃんのお古で身を固めた。だって男の子は女の子を好きなものだって思ってたんだ。でも女の子になりたいわけではなくて、こんな中途半端なことになっていた。
「最近もうひげだってメイクで隠せない気がして」
「えー? わかんねぇけど」
「節穴」
「ひどい。ひげやだ?」
「やだよ」
「俺もめっちゃ生えるんだけど」
「あっくんはいいの!」
「しんちゃんはだめ? よくない?」
「よく……」
ボクなりの可愛いを目指していると言いながら、女の子の真似っこをしていた。でも、それをやめたら?
どうせ今後はひげももじゃもじゃになるんだし、今全て捨ててしまおうか。
「あっくんはそれでいいの? ボクのひげがもじゃもじゃで、可愛い服も着ないで、可愛いメイクもしないで……」
「俺の知ってるしんちゃんは家で涎垂らして寝てるし、メイクじゃなくてパック? マスクみたいなの着けてるし、パジャマに羽織っただけでコンビニ行くし」
ずっと神経尖らせてるのは、お隣さんだから無理なのだ。
「こういうエロい格好は大歓迎だけど、服以上に好きな子がこんなことしてくれてるっていうのがいい」
熱を持った目で力説されると冷静になってしまう。
「"おれ"もう可愛いやめるかも。でもあっくんはどんなおれでも好きだよね?」
「おう」
「嘘ついたら針千本飲ますから。バナナみたいにちんちん輪切りにしてやる」
「浮気してもいないのに!?」
あっくんは脱ぎっぱなしの下半身をとっさに隠した。
「あっくんがおれ以外を好きになること、ないもんね」
「うん」
「結婚しようね。ずっと一緒にいてね」
「いいよ」
「それで、一緒に死んでね」
「はい」
いつもみたいに軽く返事をされたから安心して、メイクごと零れ落ちる涙を白いベビードールに擦り付けた。
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「ファーストフラッシュ」でケースケと共に居酒屋バイトをしていた若林篤(あっくん)の話。
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