君となら

紺色橙

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40 外へ【終】

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 仁は「そうだ」と思い出したように立ち上がり、何やらしまい込んである段ボールをごそごそと漁りだした。サイズの違う箱を一つ一つ丁寧に開けていく。重いものもあるのか床に置いたり、膝の上で支えたり。開かれた中にはアクセサリーや置時計といった雑貨が入っている。

「あった」

 座り込んだ横に積まれていく箱たち。仁は目当てのものを見つけたようで、にやりとしてそれを抱えて戻ってきた。
 ベッドに座ったままそれを見ていたオレの足元に片膝を立て、手元のそれを開く。

「結婚してくれますか」

 こちらに向け開かれた紺色の小さなケースから出てきたのは、あの赤い石が付いた指輪だった。
 プロポーズの定番の恰好をして指輪を出してくるなんてわざとらしくて笑ってしまう。

「先に愛の精霊に認めてもらってるね」
「ちょっと順序が逆だけど仕方ない」

 そっと持ち上げた指輪の石は、ゲームのように深く赤い。瞬きせずじっと見つめていても揺らぎはしないけれど、瞬きせずにいるから揺らめいている気もする。

「それも作ってもらったものだよ。ガラスなんだって」
「すごいなぁ」
「サイズは合わないと思うけど、作り直してもらおうか」
「いいよそんなの。こんな主張の強いもの付けられないし」
「そう?」

 現実にこんなものがあるなんて、手鏡もそうだけどあのゲームは現実と仮想現実の境目を無くすつもりだろうか。そうだとしたら有難いような気も少しする。
 オレはゲームの中でなら店員さんに声をかけ試着し買うことができた。何の目的もなく裏路地を歩くことができた。料理と言えないような創作料理にもチャレンジした。山田に声をかけて友達になることができた。一人で敵を正面から見据え、攻撃も防御も判断することができた。

「仁がゲーム作ってくれてよかった。楽しいし、ありがたい」
「よかった」
「だから早くリリースして。頑張って開発者」
「もうすぐだよ」
「こないだしばらくないって言ってたのに、進んだんだ?」
「……リリースしたらアキラがここに来ないかなって思って」

 そりゃあ、そうだろう。警告が出るしちゃんとログアウトはするけれど、長時間やることは今から決まっている。オレは先頭を走るタイプじゃないけど、リリースされたなら魔王を退治しに行ってもいい。

「うん」
「ならだめ」
「仁も一緒に遊ぶんだろ? やんないの?」
「やるけど」
「……前みたいにえっちしたりもしないの?」
「やる。でも言ったよね、オレは性欲強いって。ゲームで美少女としてセックスしたとしても、現実のアキラともするよ?」

 言ってた気がするそんなこと。
 仁はぼすんと隣に座り、オレの手を握る。ぎゅっと掴むわけではなく、優しく包むように。

「オレとすんの? オレだよ?」
「嫌われる覚悟はないけど言うね。俺ログインしてるアキラに触ったから」
「んん」
「ゲームでいくらアキラが美少女になってて女の子として感じてたとしても、現実にアキラの体はあるからね」
「……えっ!?」

 確かに仁は開発者として神の視点も持ち合わせているだろうけど、ログインしている時は同じだと思っていた。だけどもそうじゃないのか、まさに神として外からの介入ができるのか。
 なんだかそれには驚きと感心の両方があった。えーって思うし、ほーってなっちゃう。すごい。

「ちんこ立つって思ってた時触られてた……?」
「かもね」
「美少女にそんなことするなんて」
「外では男だけどね?」

 うっかりするとオレの理想の美少女がふたなりにされてしまう。

「ちんこは男の時に触ってくれると、いいかも」
「俺はどっちでも」
「てか触りたいの?」
「うん。美少女だろうと中身はアキラだからそこはどっちでもいい。でも俺が好きになったのはいつも美少女アバターで遊んでいる男のアキラだからね。男のアキラに触りたい」

 山田はオレのことを知らなかった。オレが男なのか実際に可愛い女の子なのか知らなかった。だからあいつは見た目だけでオレに触った。でも仁は最初からオレのことを知っている。

「仁も可愛いオレを好きになればよかったのになぁ」
「可愛いよ?」
「可愛くない」
「愛おしいよ」

 言い換えられて、脳みそと心がムズムズした。

「ゲームの中でアキラと色んな所に旅したけど、現実でも一緒に出掛けたいと思ってる」
「オレは……ホテルの予約とかわかんないよ? ダブルとかツインとか知らないし。それにコーヒー屋さんで呪文だって唱えられない」
「いいよ。俺がしたらいい」
「それだとまたしてもらってばっかで……」
「呪文は俺も分かんないけどね? でも隣で見てたらいいし、それに間違ったとしても二人だったら恥ずかしいのも笑って消せるよ」

 一人なら恥ずかしさをどこに吐き出すこともできないけれど、二人なら、仁のバリアの中でなら恥ずかしいことをしてしまったって笑い飛ばせるだろうか。

「ゲームでいいなと思った風景はある?」
「あるよ。町の洗濯物が干されてる狭い通りとか好きだし、森の中の池も妖精が出そうで綺麗だった」
「ゲームには現実を元にした風景がいくつもあるんだ。だから、ゲームに使えそうな景色を探しに行こうよ」
「仁と二人で?」
「そう。ソロより効率がいいし楽しいよ? カップルだから経験値も上がりやすいし」

 仁はオレたちがやっていたゲームみたいなことを言う。でもきっとそうだと思う。仁がヘイトを稼いでくれたならオレが後ろから叩けばいい。一人でいるよりずっと楽で、ずっと楽しい。

「写真でさ、洞窟の中に光が差してて人工物が照らされるの見たことある。すごいゲームっぽいなーって思ったんだ。外国だと思うんだけど」
「いいね。どこだろう」
「けど海外は……難しいな。お金もかかるし、英語だってできないのに」
「国内でもゲームみたいな、漫画みたいなところはいっぱいあるよ」
「そういうの、見れるかな」
「一緒に行こう。近い所で経験値とお金をためて、いつかその、アキラの記憶にある洞窟を見に行こう」

 青白い光が茶色の土と深い緑を照らしていた。狭いところにひっそりある人工物は建物だっただろうか。写真を見たときにきっとそこに神様はいると思った。神々しくて、自然の中にありながら清潔そうで、心惹かれた。

 オレ一人ならば、絶対にそこにはたどり着けない。でも仁とならいけるだろう。お金の問題はあるけれど――まるでゲームと同じだな。ゲームではハウジング費用で悩んだけど、どこの世界でも同じだ。人に聞いた方が確実で早いこともあるだろう。協力したほうが効率よく安全な時もあるだろう。オレ一人なら絶対に出来ないそれを仁は手伝ってくれるという。一緒にやろうって言ってくれる。
 できないかな? 今まで引きこもりでニートだったオレには無理かな? ――できるんじゃないかな。仁と二人なら、きっと。

「行きたい」

 甘えてしまうけれど、頼ってしまうけれど、心臓が持ち上げられるように声が出た。




[終わり]
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