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38 帰宅
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隣に眠る仁はいつもと何も変わりはなかった。そっぽを向くこともなかったし、手を握ることもなかった。昨晩の話など何もなかったようにおはようと言って、機嫌の悪くなさそうな、でも少しだるそうなあくびをして起きる。髪をかき上げて、ぼんやりとした目でオレを見た。
「どうかした? まだ寝る?」
まだ布団と友達になっていたい気がした。睡眠が足りてないのかな。思ったよりVRは疲れてしまうのかも。
「もう少し寝ておきな」
「うん」
言われずともまだ半分寝ているみたい。そのまますぐに目を閉じた。
起きたとき仁はパソコンの前にいた。キーボードを叩く音が聞こえているから分かる。起きたのだから起きなければと頭を起こし、また枕に逆戻り。
もしかして、風邪でもひいたんだろうか。自分の手で額を触ってみるけれどわからない。今まで寝ていたのだから手も温かいし、熱があるようには感じられない。眠りが浅くて体がおかしいのかな。
起きる気がせず目を開けたまま横になっていた。響くキーボードの音は熱心でこちらには気づいていないようだ。外はすっかり明るくなっているけれど部屋の電気は付いている。それを直視するのがなんだか嫌で、夏掛けを被る。閉じこもった中で息を吐けば熱がこもった。
風呂に入って疲労回復したらこのだるさも無くなるだろうか。そういえば山田と狩りをした後風呂に入らなかった。魚の耐久がありすぎるもんだからつい手に力が入る。それを長いことやっていたんだから、疲れもする。それに水の中っていうのは体力を持っていかれるというのが常識だ。着衣のまま水に浸かったから、それも疲労に関係しているかも。
それならば風呂に入ったほうがいいと、仕方なく体を起こす。
「なー、ちょっと風呂入ってくる」
「え、あ、おはよう」
突然声がしたのに驚いたんだろう仁が振り返る。ただ風呂に入るだけだから、彼には気にせず仕事の続きをしてもらおう。
立ち上がるとため息が出た。足を運ぶのも億劫で、ステータスの低下が身に染みる。それでも壁伝いに風呂に向かい、服を洗濯機に放り込んだ。
浴槽にはなぜか湯がなく、自動ボタンを押して貯める。その間に体を洗い、頭を洗い、なかなか取れない疲労にやはり湯船に浸かることが大事なのかと思った。シャワーが頭や顔を叩くのになんだかうんざりするし、あちこち洗うのに手を伸ばすのもめんどくさい。ステータス低下というよりもこれはデバフだな。
まだ自動運転中の湯船に入り、へそにも足りないお湯に浸る。
疲労回復速度増加の、あの独特な薬草の入浴剤はどこにあるんだろう。きっと外の棚にある。今から取りに行くのはかったるいから、ただのお湯が溜まるのを待つ。これでも回復はするだろう。いつものように早くはないだろうけど。
足を伸ばせば少し曲がり膝が出る。落ちた両腕を上げるのもめんどくさい。
ああ、なんだかめんどくさいな。
「アキラ」
「ん」
「お風呂で寝たらだめだよ。もう上がりな」
どうやら寝ていたようだ。お湯は胸程まで溜まっているが、まだ温かい。
「眠いの? でもそこはダメだよ」
「うん」
分かっているけれど上がるのもかったるいのだ。
そう思っていると、浸かっていた腕が仁に引っ張り出された。
「意識はあるよね? 茹でだこになるよ」
丸くって赤いタコ。たこ焼きがいいな。
「おいでアキラ。部屋に戻ろう」
浴槽の縁に置かれた腕で、力を入れて体を立てた。仁はほっとしたように、浴槽から出るオレを支えてくれた。山田の家から出る時みたいに肩を抱かれて風呂から出る。
受け取ったタオルで体をふけば、仁が水をくれた。冷たい水に身震いする。気持ちいいけれど、寒気が走るようだ。
「具合悪いのかな」
「そうかも?」
風呂に入っても疲労回復しなかったし、何かおかしい。
「風呂入ったのに体がだるいの治ってないよ。バグ?」
「バグと言えばバグだけど」
下着がない。服は……洗濯機の中に入ったままだ。
「あれ? 洗濯機回ってない。でもすぐだしいっか」
「アキラ、大丈夫? 服は貸すから待ってて」
洗濯は1分で終わるのだ。誰も興味がないから時間はかけないって仁が言ってた。ジャバジャバ水が入る音。それで回り始めたらすぐなんだ。
「これ着て」
渡されたのは仁の服。家で着ている緩い服。
洗濯機をここで待っていればすぐなのに、仁はオレの頭にTシャツを通した。ハーフパンツを握らされ、履くように促される。
「待ってたらいいのに」
「すぐ布団に戻ろうね」
ばーっと勢いよくドライヤーをかけられコップを取られ、また肩を抱かれた。お風呂で寝てしまったから、飲んだ水の冷たさに体がびっくりしたのかな。
「おやすみアキラ」
「風呂で疲労回復できない場合、バグ修正待つしかない?」
「寝るしかないよ」
「寝てる間に治す?」
「アキラが自分でね」
「無理だよ。オレプログラムとかしたことない」
「やっぱり寝ぼけてるな。それとも具合が悪くてよくわかってないのかな」
風呂で寝てしまったからまだ眠い? そうかも。疲労もとれていないからなんだかぼんやりする。
「アキラ、今はゲームじゃないよ。昨日ログアウトして、その後ログインしてないよ」
ログインしてない。なら今は、現実だ。
ああ、そうか。確かに仁は冒険者の服は着ていない。
「あー……オレ風邪ひいたのかも」
「なら寝てて」
「ダメだよ。帰る」
今は現実。疲労回復していないのは、風邪ひいたからだ。ゲームの中にはウイルスなんかいないだろう。だから仁はバグ取りできない。
「服、洗濯してるから借りていくね」
「いやダメでしょ。ゲームと現実が曖昧になるくらい具合悪い人帰さないよ」
「そんなに具合悪いなら仁にうつるから帰る」
「大丈夫だから」
「仁が風邪ひいたら困る。ダメ」
「大丈夫だよ」
「もう現実だってわかってるから平気だよ」
おっこいしょと気合を入れて立ち上がる。だるいのが具合の悪さだと分かれば、知っているものだと認識すれば対応できる。病弱だったわけでもないが病気に無縁だったわけでもない。熱もきっとあるんだろう。だからさっさと帰って寝ていよう。
「アキラダメだよ」
「帰る。また遊ばせて」
「だからダメだって」
開発者が寝込んでしまったらゲームは進まない。それはよくない。早いとこリリースしてもらわないといけないんだから。
「仁にうつしたくないんだよ」
「その状態で電車に乗るの?」
「咳はまだ出てないから大丈夫」
「そうじゃなくて」
「ちゃんと家で寝てるから」
家に帰ったとたん配信したりゲームしたりなんかしないから。
「アキラ、帰らないで」
「帰るよ」
「……じゃあ、タクシー呼ぶから待って」
「そんなお金ない」
「俺が払うから」
「もったいない」
「じゃあうちにいて」
「……帰るよ」
オレがここにいたら、どんなに換気をしてもうつしてしまうだろう。ベッドとパソコンはすぐ近くだし、何より同じところで寝ている。今後咳やくしゃみが出てきたら感染リスクは上がるし、同じ部屋にいたら防げない。タクシー代は、また今度返そう。
仁がタクシーを呼んでいる間、玄関に座っていた。
10分ほどして到着したタクシーに結局付き添われて乗り込み、仁はオレの家までついてきた。うつしてしまうと思ったけれど、運転手さんにどう接したらいいのかわからなかったから居てくれて良かったと思ってしまった。車内が寒いかもしれないと羽織もかけてくれて、家に着くまでうとうとしていた。
別れの時にバイバイと手を振られ、なんだか突然一人に戻ってしまったという気持ちが強くなる。
つい先日帰ってきた実家はなつかしさなんか当然なく、伝えた通り大人しく自室のベッドに入る。ずっと引きこもっているオレの部屋。枕に頬を擦り付けて調整し、消えたモニターと誰もいない狭い部屋の空間を見て目を閉じた。
「どうかした? まだ寝る?」
まだ布団と友達になっていたい気がした。睡眠が足りてないのかな。思ったよりVRは疲れてしまうのかも。
「もう少し寝ておきな」
「うん」
言われずともまだ半分寝ているみたい。そのまますぐに目を閉じた。
起きたとき仁はパソコンの前にいた。キーボードを叩く音が聞こえているから分かる。起きたのだから起きなければと頭を起こし、また枕に逆戻り。
もしかして、風邪でもひいたんだろうか。自分の手で額を触ってみるけれどわからない。今まで寝ていたのだから手も温かいし、熱があるようには感じられない。眠りが浅くて体がおかしいのかな。
起きる気がせず目を開けたまま横になっていた。響くキーボードの音は熱心でこちらには気づいていないようだ。外はすっかり明るくなっているけれど部屋の電気は付いている。それを直視するのがなんだか嫌で、夏掛けを被る。閉じこもった中で息を吐けば熱がこもった。
風呂に入って疲労回復したらこのだるさも無くなるだろうか。そういえば山田と狩りをした後風呂に入らなかった。魚の耐久がありすぎるもんだからつい手に力が入る。それを長いことやっていたんだから、疲れもする。それに水の中っていうのは体力を持っていかれるというのが常識だ。着衣のまま水に浸かったから、それも疲労に関係しているかも。
それならば風呂に入ったほうがいいと、仕方なく体を起こす。
「なー、ちょっと風呂入ってくる」
「え、あ、おはよう」
突然声がしたのに驚いたんだろう仁が振り返る。ただ風呂に入るだけだから、彼には気にせず仕事の続きをしてもらおう。
立ち上がるとため息が出た。足を運ぶのも億劫で、ステータスの低下が身に染みる。それでも壁伝いに風呂に向かい、服を洗濯機に放り込んだ。
浴槽にはなぜか湯がなく、自動ボタンを押して貯める。その間に体を洗い、頭を洗い、なかなか取れない疲労にやはり湯船に浸かることが大事なのかと思った。シャワーが頭や顔を叩くのになんだかうんざりするし、あちこち洗うのに手を伸ばすのもめんどくさい。ステータス低下というよりもこれはデバフだな。
まだ自動運転中の湯船に入り、へそにも足りないお湯に浸る。
疲労回復速度増加の、あの独特な薬草の入浴剤はどこにあるんだろう。きっと外の棚にある。今から取りに行くのはかったるいから、ただのお湯が溜まるのを待つ。これでも回復はするだろう。いつものように早くはないだろうけど。
足を伸ばせば少し曲がり膝が出る。落ちた両腕を上げるのもめんどくさい。
ああ、なんだかめんどくさいな。
「アキラ」
「ん」
「お風呂で寝たらだめだよ。もう上がりな」
どうやら寝ていたようだ。お湯は胸程まで溜まっているが、まだ温かい。
「眠いの? でもそこはダメだよ」
「うん」
分かっているけれど上がるのもかったるいのだ。
そう思っていると、浸かっていた腕が仁に引っ張り出された。
「意識はあるよね? 茹でだこになるよ」
丸くって赤いタコ。たこ焼きがいいな。
「おいでアキラ。部屋に戻ろう」
浴槽の縁に置かれた腕で、力を入れて体を立てた。仁はほっとしたように、浴槽から出るオレを支えてくれた。山田の家から出る時みたいに肩を抱かれて風呂から出る。
受け取ったタオルで体をふけば、仁が水をくれた。冷たい水に身震いする。気持ちいいけれど、寒気が走るようだ。
「具合悪いのかな」
「そうかも?」
風呂に入っても疲労回復しなかったし、何かおかしい。
「風呂入ったのに体がだるいの治ってないよ。バグ?」
「バグと言えばバグだけど」
下着がない。服は……洗濯機の中に入ったままだ。
「あれ? 洗濯機回ってない。でもすぐだしいっか」
「アキラ、大丈夫? 服は貸すから待ってて」
洗濯は1分で終わるのだ。誰も興味がないから時間はかけないって仁が言ってた。ジャバジャバ水が入る音。それで回り始めたらすぐなんだ。
「これ着て」
渡されたのは仁の服。家で着ている緩い服。
洗濯機をここで待っていればすぐなのに、仁はオレの頭にTシャツを通した。ハーフパンツを握らされ、履くように促される。
「待ってたらいいのに」
「すぐ布団に戻ろうね」
ばーっと勢いよくドライヤーをかけられコップを取られ、また肩を抱かれた。お風呂で寝てしまったから、飲んだ水の冷たさに体がびっくりしたのかな。
「おやすみアキラ」
「風呂で疲労回復できない場合、バグ修正待つしかない?」
「寝るしかないよ」
「寝てる間に治す?」
「アキラが自分でね」
「無理だよ。オレプログラムとかしたことない」
「やっぱり寝ぼけてるな。それとも具合が悪くてよくわかってないのかな」
風呂で寝てしまったからまだ眠い? そうかも。疲労もとれていないからなんだかぼんやりする。
「アキラ、今はゲームじゃないよ。昨日ログアウトして、その後ログインしてないよ」
ログインしてない。なら今は、現実だ。
ああ、そうか。確かに仁は冒険者の服は着ていない。
「あー……オレ風邪ひいたのかも」
「なら寝てて」
「ダメだよ。帰る」
今は現実。疲労回復していないのは、風邪ひいたからだ。ゲームの中にはウイルスなんかいないだろう。だから仁はバグ取りできない。
「服、洗濯してるから借りていくね」
「いやダメでしょ。ゲームと現実が曖昧になるくらい具合悪い人帰さないよ」
「そんなに具合悪いなら仁にうつるから帰る」
「大丈夫だから」
「仁が風邪ひいたら困る。ダメ」
「大丈夫だよ」
「もう現実だってわかってるから平気だよ」
おっこいしょと気合を入れて立ち上がる。だるいのが具合の悪さだと分かれば、知っているものだと認識すれば対応できる。病弱だったわけでもないが病気に無縁だったわけでもない。熱もきっとあるんだろう。だからさっさと帰って寝ていよう。
「アキラダメだよ」
「帰る。また遊ばせて」
「だからダメだって」
開発者が寝込んでしまったらゲームは進まない。それはよくない。早いとこリリースしてもらわないといけないんだから。
「仁にうつしたくないんだよ」
「その状態で電車に乗るの?」
「咳はまだ出てないから大丈夫」
「そうじゃなくて」
「ちゃんと家で寝てるから」
家に帰ったとたん配信したりゲームしたりなんかしないから。
「アキラ、帰らないで」
「帰るよ」
「……じゃあ、タクシー呼ぶから待って」
「そんなお金ない」
「俺が払うから」
「もったいない」
「じゃあうちにいて」
「……帰るよ」
オレがここにいたら、どんなに換気をしてもうつしてしまうだろう。ベッドとパソコンはすぐ近くだし、何より同じところで寝ている。今後咳やくしゃみが出てきたら感染リスクは上がるし、同じ部屋にいたら防げない。タクシー代は、また今度返そう。
仁がタクシーを呼んでいる間、玄関に座っていた。
10分ほどして到着したタクシーに結局付き添われて乗り込み、仁はオレの家までついてきた。うつしてしまうと思ったけれど、運転手さんにどう接したらいいのかわからなかったから居てくれて良かったと思ってしまった。車内が寒いかもしれないと羽織もかけてくれて、家に着くまでうとうとしていた。
別れの時にバイバイと手を振られ、なんだか突然一人に戻ってしまったという気持ちが強くなる。
つい先日帰ってきた実家はなつかしさなんか当然なく、伝えた通り大人しく自室のベッドに入る。ずっと引きこもっているオレの部屋。枕に頬を擦り付けて調整し、消えたモニターと誰もいない狭い部屋の空間を見て目を閉じた。
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