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35 水槽
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横道は行き止まりか、コの字に戻ってくるばかり。奥に新たな敵がいるわけでもない。けれど奥に行ってしまうと敵からは逃れられないので少しめんどくさい。やっぱり一人で行かなくてよかった。
あっちこっちからバシャバシャと跳ね上がるキバウオは、それでも決して群れては来ない。優しい。
盾で受け止め後ろに下がり、山田がハンマーで殴る。ソロでやっていた時にはリズムゲーのようだったが、二人だとそんなこともない。
けれどキバウオはやっぱりスキル石はくれないし、ただ魚の肉だけが溜まっていった。あとで焼き魚にして食おうと繰り返す。
「やっぱり水中かねー」
「けどそんな長いこと潜ってられないし」
「俺は結構得意だから、アキラは水面付近に待機するか?」
「なんかあったら近づく感じ?」
「そう」
水槽内はそれなりに深いが波はなく、濁ってもいない。見えている分恐怖も少ないが、水中戦闘はできれば避けたい。
「水底にすごい泡を吐いて主張が激しいやつがいるんだ。そいつをどうにかできないかな」
「見てくるわ」
前回と同じように水槽へと続く階段に位置取り、勢いよく飛び込んだ山田を見送った。水しぶきが立ち波が壁に跳ね返る。足元からそっと追いかけた。
とぷんと沈んだ水の中、山田は得意だと語るようにすいすい潜っていく。透き通った水はその大きな姿をしっかりと見せてくれた。小さな泡は山田のもの。それより騒がしく上がってくるのが、目当てのものだ。
熱帯魚たちの中に突然鮫が現れやしないか、オレはひたすら周囲を窺っていた。左手を階段にかけ、大きく酸素を吸って顔をつける。わかめのように広がる髪を後ろに追いやった。
水底を見ていれば山田が大きく手を振り、ぐんぐん登ってきた。勢いよくそのまま水面から顔を出すと、呼吸を整え状況を伝えてくれる。
「貝がいるわ。ちょっとでかいやつ。攻撃してくるかは分かんねぇけど、網で捕まえてくる」
「網なんか持ってないよ?」
「俺が持ってる」
「用意いいな」
誘ったオレは何も持っていないというのに。
山田はゆっくり大きく呼吸をすると、また深く沈んでいった。それをただ見つめる。キバウオは空気を読んでいるのか襲ってこず、水中の遠くに影の見える恐怖は近寄って来ない。それでも何が起こるかわからないのが怖くて、体温が上がり自分の周りの水温も上がっている気がする。緊張ゆえか自分はただ浅い所で見ているだけなのに苦しくなってきて、山田が上がってくる様子を見て先に顔を出した。
再び顔を付けた瞬間、入れ違いのように飛沫が上がった。水面が波打ち水中は泡でぐちゃぐちゃで、慌てて階段についた手を頼りに顔を上げる。
「攻撃してこなかったわ」
山田は水中階段を上がり、次いで網を引きずり上げた。顔の横を通り行く網の中には、それこそ子供の顔程の大きさの貝が入っていた。
「え、こわ」
「いや襲ってこないから大丈夫。ただぶくぶくしてただけ」
網からごろんと出てきた貝は白っぽく光り輝いていた。オーロラ色みたい。
「割ろうぜ。アキラがやって? 俺のハンマーだと多分粉々」
「はいよー」
せーの、と勢いをつけてロッドを叩きつけた。山田は破片に怯え縮こまっている。
「……」
クリティカルヒットしたはずだが、かすり傷一つない。どちらかというとロッドが心配になる硬さだ。
「何、ここの生き物はみんな硬いわけ?」
キバウオも鎧を着ているようだったが、硬さに定評があるらしい。
もう一度ロッドを振りかぶる。
――食らえ!
貝殻は海の沈黙。渾身の一撃は存在していなかった。
「割れねーな」
「てか貝ってさ、どうやって調理すんだっけ」
「あー……焼くとか?」
網の上で焼き、開くのを見たことがある気がする。
「ファイアー!!」
白い石の地面で直火焼き。火炎放射器をイメージだ。
何も言わずとも離れた山田が遠くから見守る。
燃え盛るという表現がまさにだとこの光景を見て思うのは、ちょっとやりすぎかもしれない。けどそんな弱火だとか強火だとかの調整は効かないのである。とりあえず止めよう。
「開いた」
観念したらしい。綺麗なオーロラが焦げているのは少しもったいないな。何かに使えそうなのに。
「お」
「あ」
ちょいちょいとロッドで突いて動かないのを確認し、山田と二人せーので隙間のあいた口を大きく開いた。中に入っていたのは青い、水のスキル石だった。
「やった」
攻撃してこないこいつからは確かに誰でも得ることができる。潜水が得意でないとしても、取るのは簡単なので他人に頼んでもとんでもない値上がりはしないだろう。
「海をそのまま閉じ込めたみたいな石だな」
「ロマンチスト」
「うるせぇ」
山田が言った通り、水のスキル石はやはり石自体が生きているようで、なおかつ海の色や波を感じさせるものだった。使用してしまえば消えてなくなるが、これをこのまま収集して飾ってもいいんじゃないか。
「あと真珠も入ってるぞ」
「おまけつき?」
差し出されたのはスキル石よりも小さい、8ミリ程度の真珠だった。普通に宝飾品として使われそうなもので、きっと雑貨屋に売ればそれなりのゴールドになるだろう。
物理一本の山田はスキル石を使わないから、オレが《使用》する。そうすれば体は勝手にそれを認識してくれる。
「水、水か……」
水を扱うってどんな感じだろう。オレが想像できる水は――
「シャワー……だなこれ」
「雨です」
「シャワーだろ」
オレの身長より高くけれど山田よりも低い始点には雲一つないが、どこからともなくそこらへんから降り注いでいる。範囲は狭く水も大粒ではない。さらには山田がシャワーだと主張するように一定間隔に見えた。何となく均一的な。
「まぁ便利そうだけどな」
できればウォーターカッターみたいなことをしたい。ダイヤモンドまで削れたら魔王だって切れるだろう。でもボールを投げるように出す? それともこのシャワーのように敵の真上から勢いよく噴射する? 想像がつかないうちは無理である。
水を手のひらに溜め、匂いを嗅ぐ。そして舌先でぺろりと舐めた。
「アキラは意外と度胸あるな」
「ただの水」
「水道水?」
「うちで浄水器通した水って感じ」
特に何も感想はない、そんなただの水だった。消火にも料理にもきっと使えるだろう。オレは水スキルを攻撃手段として取りに来たはずだけれど、「水筒が要らないな」なんてことばかりが浮かぶ。
「とりあえず目的達成お疲れ」
「美女は探さなくていい?」
「横道にもボス部屋はなかったし、この先海に続いてるんだろ? ならそっから来てる可能性の方が高いよな」
「海の美女と言ったらやっぱり人魚じゃん?」
「だよなぁ。状態異常かましてきそう」
「あー、魅了とか混乱とかね」
人魚と言えばその歌声で船を沈めるのが定番だ。さらにはお付きでタコが出てきて墨を吐かれたりするかもしれない。
「今日は結構やったしいいだろ。……なぁ、ウチ来るか?」
「家買ったんだ?」
シャワーの水溜まりはすぐに乾いてしまった。服が乾くよりも早かった。
「買った。運営からの支援有りだけど」
「結構資金必要そうだもんなぁ。でもテストなんだしいいっしょ」
「まぁな」
「行こうかな」
「んじゃ戻るか。家行く前に魚売ろうぜ」
「そうしよ」
この大量の魚の肉を買い取ってくれる店はあるのだろうか。
あっちこっちからバシャバシャと跳ね上がるキバウオは、それでも決して群れては来ない。優しい。
盾で受け止め後ろに下がり、山田がハンマーで殴る。ソロでやっていた時にはリズムゲーのようだったが、二人だとそんなこともない。
けれどキバウオはやっぱりスキル石はくれないし、ただ魚の肉だけが溜まっていった。あとで焼き魚にして食おうと繰り返す。
「やっぱり水中かねー」
「けどそんな長いこと潜ってられないし」
「俺は結構得意だから、アキラは水面付近に待機するか?」
「なんかあったら近づく感じ?」
「そう」
水槽内はそれなりに深いが波はなく、濁ってもいない。見えている分恐怖も少ないが、水中戦闘はできれば避けたい。
「水底にすごい泡を吐いて主張が激しいやつがいるんだ。そいつをどうにかできないかな」
「見てくるわ」
前回と同じように水槽へと続く階段に位置取り、勢いよく飛び込んだ山田を見送った。水しぶきが立ち波が壁に跳ね返る。足元からそっと追いかけた。
とぷんと沈んだ水の中、山田は得意だと語るようにすいすい潜っていく。透き通った水はその大きな姿をしっかりと見せてくれた。小さな泡は山田のもの。それより騒がしく上がってくるのが、目当てのものだ。
熱帯魚たちの中に突然鮫が現れやしないか、オレはひたすら周囲を窺っていた。左手を階段にかけ、大きく酸素を吸って顔をつける。わかめのように広がる髪を後ろに追いやった。
水底を見ていれば山田が大きく手を振り、ぐんぐん登ってきた。勢いよくそのまま水面から顔を出すと、呼吸を整え状況を伝えてくれる。
「貝がいるわ。ちょっとでかいやつ。攻撃してくるかは分かんねぇけど、網で捕まえてくる」
「網なんか持ってないよ?」
「俺が持ってる」
「用意いいな」
誘ったオレは何も持っていないというのに。
山田はゆっくり大きく呼吸をすると、また深く沈んでいった。それをただ見つめる。キバウオは空気を読んでいるのか襲ってこず、水中の遠くに影の見える恐怖は近寄って来ない。それでも何が起こるかわからないのが怖くて、体温が上がり自分の周りの水温も上がっている気がする。緊張ゆえか自分はただ浅い所で見ているだけなのに苦しくなってきて、山田が上がってくる様子を見て先に顔を出した。
再び顔を付けた瞬間、入れ違いのように飛沫が上がった。水面が波打ち水中は泡でぐちゃぐちゃで、慌てて階段についた手を頼りに顔を上げる。
「攻撃してこなかったわ」
山田は水中階段を上がり、次いで網を引きずり上げた。顔の横を通り行く網の中には、それこそ子供の顔程の大きさの貝が入っていた。
「え、こわ」
「いや襲ってこないから大丈夫。ただぶくぶくしてただけ」
網からごろんと出てきた貝は白っぽく光り輝いていた。オーロラ色みたい。
「割ろうぜ。アキラがやって? 俺のハンマーだと多分粉々」
「はいよー」
せーの、と勢いをつけてロッドを叩きつけた。山田は破片に怯え縮こまっている。
「……」
クリティカルヒットしたはずだが、かすり傷一つない。どちらかというとロッドが心配になる硬さだ。
「何、ここの生き物はみんな硬いわけ?」
キバウオも鎧を着ているようだったが、硬さに定評があるらしい。
もう一度ロッドを振りかぶる。
――食らえ!
貝殻は海の沈黙。渾身の一撃は存在していなかった。
「割れねーな」
「てか貝ってさ、どうやって調理すんだっけ」
「あー……焼くとか?」
網の上で焼き、開くのを見たことがある気がする。
「ファイアー!!」
白い石の地面で直火焼き。火炎放射器をイメージだ。
何も言わずとも離れた山田が遠くから見守る。
燃え盛るという表現がまさにだとこの光景を見て思うのは、ちょっとやりすぎかもしれない。けどそんな弱火だとか強火だとかの調整は効かないのである。とりあえず止めよう。
「開いた」
観念したらしい。綺麗なオーロラが焦げているのは少しもったいないな。何かに使えそうなのに。
「お」
「あ」
ちょいちょいとロッドで突いて動かないのを確認し、山田と二人せーので隙間のあいた口を大きく開いた。中に入っていたのは青い、水のスキル石だった。
「やった」
攻撃してこないこいつからは確かに誰でも得ることができる。潜水が得意でないとしても、取るのは簡単なので他人に頼んでもとんでもない値上がりはしないだろう。
「海をそのまま閉じ込めたみたいな石だな」
「ロマンチスト」
「うるせぇ」
山田が言った通り、水のスキル石はやはり石自体が生きているようで、なおかつ海の色や波を感じさせるものだった。使用してしまえば消えてなくなるが、これをこのまま収集して飾ってもいいんじゃないか。
「あと真珠も入ってるぞ」
「おまけつき?」
差し出されたのはスキル石よりも小さい、8ミリ程度の真珠だった。普通に宝飾品として使われそうなもので、きっと雑貨屋に売ればそれなりのゴールドになるだろう。
物理一本の山田はスキル石を使わないから、オレが《使用》する。そうすれば体は勝手にそれを認識してくれる。
「水、水か……」
水を扱うってどんな感じだろう。オレが想像できる水は――
「シャワー……だなこれ」
「雨です」
「シャワーだろ」
オレの身長より高くけれど山田よりも低い始点には雲一つないが、どこからともなくそこらへんから降り注いでいる。範囲は狭く水も大粒ではない。さらには山田がシャワーだと主張するように一定間隔に見えた。何となく均一的な。
「まぁ便利そうだけどな」
できればウォーターカッターみたいなことをしたい。ダイヤモンドまで削れたら魔王だって切れるだろう。でもボールを投げるように出す? それともこのシャワーのように敵の真上から勢いよく噴射する? 想像がつかないうちは無理である。
水を手のひらに溜め、匂いを嗅ぐ。そして舌先でぺろりと舐めた。
「アキラは意外と度胸あるな」
「ただの水」
「水道水?」
「うちで浄水器通した水って感じ」
特に何も感想はない、そんなただの水だった。消火にも料理にもきっと使えるだろう。オレは水スキルを攻撃手段として取りに来たはずだけれど、「水筒が要らないな」なんてことばかりが浮かぶ。
「とりあえず目的達成お疲れ」
「美女は探さなくていい?」
「横道にもボス部屋はなかったし、この先海に続いてるんだろ? ならそっから来てる可能性の方が高いよな」
「海の美女と言ったらやっぱり人魚じゃん?」
「だよなぁ。状態異常かましてきそう」
「あー、魅了とか混乱とかね」
人魚と言えばその歌声で船を沈めるのが定番だ。さらにはお付きでタコが出てきて墨を吐かれたりするかもしれない。
「今日は結構やったしいいだろ。……なぁ、ウチ来るか?」
「家買ったんだ?」
シャワーの水溜まりはすぐに乾いてしまった。服が乾くよりも早かった。
「買った。運営からの支援有りだけど」
「結構資金必要そうだもんなぁ。でもテストなんだしいいっしょ」
「まぁな」
「行こうかな」
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