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30 変わらずにいる
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駅に着けば仁の家とは反対側に出て、商店街の一角にある小さな雑貨屋に入った。
外に出ている木の看板、小さなサボテンのような丸っこい植物、アルミの鉢植え、窓の中から外へ向けられたレースの洋服、花柄のカーテン。テーブルには白いクロスがかけられ、小さなアクセサリーが並んでいる。壁にはドライフラワーや鞄が吊るされ、装飾の施された壁掛け時計コーナーもあった。洋服がぎゅっとつまったハンガー掛け、優しい色合いの食器、アンティークドール。
その店はたいして広くもなかったが、物が溢れていた。それでも埃一つなくどれも綺麗に陳列されている。
仁は店主に用があったらしく、入って真っすぐ奥へと向かった。オレはどうしていいか分からず、ただ店の中を見ていた。
小さな揺れるアクセサリー、オレンジがかった照明に光る宝石のような時計盤、曇りのない手鏡。……なんだか見覚えがある気がする。この店どころか似たような店に入ったことがあるわけもないのに、なんだかどこかで見たような。
テーブルに置かれた卓上鏡に自分の顔が映る。そこで、既視感の原因が分かった。
ゲームの中で最初に買い物をした雑貨屋に似ているのだ。ゲーム内ではここまで様々なものはなかった。特に洋服はなかった気がするけれど、小物がとにかく似ているのだ。一つ一つ手がかけられた手作り品のようなものたち。
そう認識してしまうと、つい買った手鏡を探してしまった。もしかしたらあるんじゃないか。現実にも、あれは存在しているんじゃないか――
「あった……」
木枠の硝子ケースの中にそれはあった。レースのクロスの上に斜めに立てかけられたそれは、オレが買ったものと同じだと思う。手を出すことはしないが、なんだか自分の持っているものが存在していることが嬉しくて、にやけてしまう。
「何か欲しいものがあった?」
「え、あ、いや、これ……ゲームで買ったやつと似てるなと思って」
「同じじゃない?」
「ほんとに?」
「うん」
振り返り店主に挨拶をして店を出た仁を追う。ご飯を買って帰ろうと言う彼について行きながら、あの店のことを聞いた。
「あのお店はね、個人作成品を販売してるんだ。それでね、良いよって言ってくれた人の作品をそのままゲームに取り込んでる」
「じゃあほんとに、同じなんだ」
「形だけはそうなるね」
模した何かではない。あれはそれそのものと言っていいだろう。
「じゃあゲームで気に入ったものがあれば、現実で買えるんだな」
「そうだね」
なんだかすごく不思議だった。ゲーム内のものが、まさか現実で手に入るだなんて。
キャラクター商品を出しているゲームは今までもあった。世界観を反映したそれっぽいものを出しているのも、よくみかけた。でもあの雑貨屋に置かれていたものは違う。
非現実のものが現実で手に入ったら、それはもうただの本物だ。
「何か買う? 戻る?」
「んーん。あのお店のものは、美少女だから似合うんだよ。オレには必要ない」
「そんなことないよ。欲しいならそれでいいのに」
「いやー……。必要ともしてないしさ」
「じゃあ、現実のアキラに似合うものは? 何か買おうか」
「オレなんかには要らないよ」
美少女は大体なんでも似合うのだ。だから着せ替えするのは楽しい。ゲームの中では少しおかしな服だって、それはそれでいいものだ。可愛い顔をして変な格好をしているのは、可愛いの足し算にしかならない。
でも現実は違う。現実のオレは違う。
「アキラはいつも自分をそうやって悪く言うけれど、実際はそんなことないよ」
横を歩く仁が優しく笑う。
「そりゃあ、アキラが作った理想の美少女とは違うけど、自分では相応しくないだなんて思わないで」
悪く言ってるわけじゃない。事実だ。でも、あまりネガティブにとられる発言はよくもないだろう。聞いてる側が嫌になるだろうから。
返事をできずにいるオレに仁は続ける。
「アキラが美少女じゃなくても俺は変わらず好きだよ」
ゲームの中の美少女でなくても、仁は会話をしてくれる。誘ってくれて、大事な仕事を任せてくれる。
「見た目だけで人を好きになるわけじゃないからね」
「そりゃあ、そうだろうけど」
ちゃんとした初恋さえ、記憶の中にありはしない。可愛いと思う女の子はいたけれど、別に恋人になったわけじゃない。あくまでも一方的な儚い好意。
ただの「可愛い」が「好き」に変化するのには、やっぱり少なからずその人となりを知ってからになるんだろう。オレは話もせずに見ているだけだったから、たどり着けはしなかったけど。
「昔散々愚痴ってたけど、アキラはそれをただ聞いてくれてたじゃん? 否定せず、アドバイスもせず、同意してくれて」
「そんなことあったかな」
もしあったとしたなら、それはアドバイスができなかったんだ。社会経験のないオレでは仁が学校や仕事の人との間に発生させた問題に口を出せない。こうしたらいいんじゃないか、こういう考え方もあるんじゃないか。そんなこと、言えるはずがない。だって分からないんだから。経験なんか一つもしてないんだから、偉そうに言えるわけがない。
だからきっと昔のオレはただ仁の話を「うんうん」と聞いているだけだったろう。
「アキラにとっては記憶にないくらいのことなんだろうね。でもそうしてただ聞いてくれたから、自分で振り返ることができたんだ。そんなことよくあることだって慰めも悪くないけれど、アドバイスをもらっていたら反発していたかもしれない。でも、ただ聞いてくれたから」
「オレ、仁は同じニートなんじゃないかって思ってたよ。そんくらいお前は仕事のこととか、全然話してないと思う」
「んー、話さなくなったからね。さっき言った通り自分のことを振り返るすべを学んだし、せっかくアキラと楽しく遊んでるときには要らないことだって意識が強くなって」
「役に立った?」
「うん。ログインしたらいつでも会えるのはすごく支えになった。わーって叫びたくなるようなイライラを持ってても、ログインしたらいつも通り軽く話してくれたから」
長時間ログインしているニートも役に立ったらしい。
「お前がそう言ってくれるなら良かった」
唯一の友達と呼べるような人が、そんなことを思っていてくれたのなら良かった。
外に出ている木の看板、小さなサボテンのような丸っこい植物、アルミの鉢植え、窓の中から外へ向けられたレースの洋服、花柄のカーテン。テーブルには白いクロスがかけられ、小さなアクセサリーが並んでいる。壁にはドライフラワーや鞄が吊るされ、装飾の施された壁掛け時計コーナーもあった。洋服がぎゅっとつまったハンガー掛け、優しい色合いの食器、アンティークドール。
その店はたいして広くもなかったが、物が溢れていた。それでも埃一つなくどれも綺麗に陳列されている。
仁は店主に用があったらしく、入って真っすぐ奥へと向かった。オレはどうしていいか分からず、ただ店の中を見ていた。
小さな揺れるアクセサリー、オレンジがかった照明に光る宝石のような時計盤、曇りのない手鏡。……なんだか見覚えがある気がする。この店どころか似たような店に入ったことがあるわけもないのに、なんだかどこかで見たような。
テーブルに置かれた卓上鏡に自分の顔が映る。そこで、既視感の原因が分かった。
ゲームの中で最初に買い物をした雑貨屋に似ているのだ。ゲーム内ではここまで様々なものはなかった。特に洋服はなかった気がするけれど、小物がとにかく似ているのだ。一つ一つ手がかけられた手作り品のようなものたち。
そう認識してしまうと、つい買った手鏡を探してしまった。もしかしたらあるんじゃないか。現実にも、あれは存在しているんじゃないか――
「あった……」
木枠の硝子ケースの中にそれはあった。レースのクロスの上に斜めに立てかけられたそれは、オレが買ったものと同じだと思う。手を出すことはしないが、なんだか自分の持っているものが存在していることが嬉しくて、にやけてしまう。
「何か欲しいものがあった?」
「え、あ、いや、これ……ゲームで買ったやつと似てるなと思って」
「同じじゃない?」
「ほんとに?」
「うん」
振り返り店主に挨拶をして店を出た仁を追う。ご飯を買って帰ろうと言う彼について行きながら、あの店のことを聞いた。
「あのお店はね、個人作成品を販売してるんだ。それでね、良いよって言ってくれた人の作品をそのままゲームに取り込んでる」
「じゃあほんとに、同じなんだ」
「形だけはそうなるね」
模した何かではない。あれはそれそのものと言っていいだろう。
「じゃあゲームで気に入ったものがあれば、現実で買えるんだな」
「そうだね」
なんだかすごく不思議だった。ゲーム内のものが、まさか現実で手に入るだなんて。
キャラクター商品を出しているゲームは今までもあった。世界観を反映したそれっぽいものを出しているのも、よくみかけた。でもあの雑貨屋に置かれていたものは違う。
非現実のものが現実で手に入ったら、それはもうただの本物だ。
「何か買う? 戻る?」
「んーん。あのお店のものは、美少女だから似合うんだよ。オレには必要ない」
「そんなことないよ。欲しいならそれでいいのに」
「いやー……。必要ともしてないしさ」
「じゃあ、現実のアキラに似合うものは? 何か買おうか」
「オレなんかには要らないよ」
美少女は大体なんでも似合うのだ。だから着せ替えするのは楽しい。ゲームの中では少しおかしな服だって、それはそれでいいものだ。可愛い顔をして変な格好をしているのは、可愛いの足し算にしかならない。
でも現実は違う。現実のオレは違う。
「アキラはいつも自分をそうやって悪く言うけれど、実際はそんなことないよ」
横を歩く仁が優しく笑う。
「そりゃあ、アキラが作った理想の美少女とは違うけど、自分では相応しくないだなんて思わないで」
悪く言ってるわけじゃない。事実だ。でも、あまりネガティブにとられる発言はよくもないだろう。聞いてる側が嫌になるだろうから。
返事をできずにいるオレに仁は続ける。
「アキラが美少女じゃなくても俺は変わらず好きだよ」
ゲームの中の美少女でなくても、仁は会話をしてくれる。誘ってくれて、大事な仕事を任せてくれる。
「見た目だけで人を好きになるわけじゃないからね」
「そりゃあ、そうだろうけど」
ちゃんとした初恋さえ、記憶の中にありはしない。可愛いと思う女の子はいたけれど、別に恋人になったわけじゃない。あくまでも一方的な儚い好意。
ただの「可愛い」が「好き」に変化するのには、やっぱり少なからずその人となりを知ってからになるんだろう。オレは話もせずに見ているだけだったから、たどり着けはしなかったけど。
「昔散々愚痴ってたけど、アキラはそれをただ聞いてくれてたじゃん? 否定せず、アドバイスもせず、同意してくれて」
「そんなことあったかな」
もしあったとしたなら、それはアドバイスができなかったんだ。社会経験のないオレでは仁が学校や仕事の人との間に発生させた問題に口を出せない。こうしたらいいんじゃないか、こういう考え方もあるんじゃないか。そんなこと、言えるはずがない。だって分からないんだから。経験なんか一つもしてないんだから、偉そうに言えるわけがない。
だからきっと昔のオレはただ仁の話を「うんうん」と聞いているだけだったろう。
「アキラにとっては記憶にないくらいのことなんだろうね。でもそうしてただ聞いてくれたから、自分で振り返ることができたんだ。そんなことよくあることだって慰めも悪くないけれど、アドバイスをもらっていたら反発していたかもしれない。でも、ただ聞いてくれたから」
「オレ、仁は同じニートなんじゃないかって思ってたよ。そんくらいお前は仕事のこととか、全然話してないと思う」
「んー、話さなくなったからね。さっき言った通り自分のことを振り返るすべを学んだし、せっかくアキラと楽しく遊んでるときには要らないことだって意識が強くなって」
「役に立った?」
「うん。ログインしたらいつでも会えるのはすごく支えになった。わーって叫びたくなるようなイライラを持ってても、ログインしたらいつも通り軽く話してくれたから」
長時間ログインしているニートも役に立ったらしい。
「お前がそう言ってくれるなら良かった」
唯一の友達と呼べるような人が、そんなことを思っていてくれたのなら良かった。
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