君となら

紺色橙

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29 攻撃、防御

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 帰ると言ってからもうだうだと部屋で過ごし、見るでもなく人様の実況を垂れ流していた。仁からはどこにいるのと度々聞かれ、素直に引きこもっていると答える。

 仁のゲームに参加するまでは、深夜のコンビニにしか行かなかった。人のいない道を歩いて、誰かに会わないかと心配をした。でも、深夜の不審者はお互い様だろう? 深夜のコンビニは客も店員も少ないから待ち時間もないし、眩しい電球に眉を顰めるくらいだった。
 誰もオレのことは見ていない、分かりはしない、興味なんかあるわけもない。それを理解しているのに、怯えている。
 オレは他人のことを見ているし、窺っているから。

 鬼ごっこのような実況を見ながら、何度目かのメッセージを受信した。

『まだ家にいるの?』

 答えはイエス。呆れられてしまうだろうか。

『じゃあ駅で待ってるね』
「は?」

 どこの駅で? 仁の家? それともこっち?
 実況動画を一時停止して、慌てて家の戸締りに走る。荷物のないオレはただ家の確認だけをして、自分のことをようやく外に放り出した。

 スマホを見るふりをしながら道を行く。返信がない時はあくまでもふりであって意識は周りに向いているけれど、道行く人が多くいる時間に自分一人の姿を見せているのは苦しかった。


 慌てず、それでも心なしか速足で駅に着くと仁に迎えられた。

「電車嫌なのかなって思って」
「……うん」

 オレはパニック障害のようなものを持っているわけではない。今までだって何度も電車に乗った。仁の家にたどり着けている。
 でも、隣に仁がいるのは安心した。

「帰りちょっとお店に寄るね」
「うん」

 自分一人でいるときは、防具がないような感じだ。レベル1の布の服で立っていて、周りからの弓矢視線でやられる。自分のレベルが低くその場に合っていないことも気になる。
 でも仁が隣にいると、バリアを張られているみたい。オレの意識は仁にあって、そっちを見ていればよくて、合わせたくないのに他人と合ってしまった視線の行く先を気にしなくていい。こいつのレベルがここよりも上だから、ここにいるのに相応しいから、寄生していても許される。

 何度も通っていれば知らない場所にも慣れてくる。この路線は何度も使ったから慣れてきた。でも人は、みんな知らない人だから怖い。でも知っている人でも怖い。オレが知っているということはオレも知られているということになる。



 小学生の時、塾に行った。それなりに人見知りだったオレは塾で友達を作ることができなかった。同じ教室のメンバーはいつも同じだったけれど、気軽に話すことはできなかった。

 ある時明るく人を笑わせるような男子が一人、塾の教室で友達相手に何かを話していた。狭い室内の黒板の近くにいたから、席についているオレからも見えるし聞こえる距離だった。話の内容は覚えていない。ただ、耳に入ってきた彼の話にオレは笑ってしまったんだ。

「あいつ笑ってる」

 彼の言葉。彼を取り巻く人々からの視線。笑ってしまった・・・・・・・ことの何とも言えない気まずさ、恥ずかしさ、盗み聞きの罪悪感。
 あの時の彼は、たいして笑いもしないオレが笑ったことがただ珍しかったんだと思う。十年以上も経った今ではそう思う。でもその時のオレは「笑ったらいけないんだ」と強く思った。
 学校ではそれなりにやっていたのに、そこから人目が更に気になるようになった。少しも仲良くない子に対してどう接したらいいのかわからない。なんて返せばいいのか。笑ってはいけないんだから、返す言葉はそっけない。

 あなたのことを笑っていません。聞いていません。何も見ていません。

 ひたすら脳内でそこら中の文字を読んでいた。教科書を、黒板を、掲示板を。何かをする振りをしていた。


 ゲームの中で親切な人に誘われた。アクティブになったパーティ受託窓。初心者のオレは言われるがままにパーティを組んで狩りをした。効率が良かった。楽しかった。パーティはその場限りのもので、運が良ければまた、程度のもの。でも約束しなければ時間が合うわけもなく、その人に会うことはできなかった。だけども同じように誘ってくれる人がいて、パーティを組んで狩りをした。それを何度も繰り返す。そのうち自分から誘えるようになった。
 パーティには簡単に参加して簡単に離脱する。人が離れていくのはオレのせいではなく、人が集まるのもオレのせいじゃなかった。

「よろしく」と挨拶をして、レアドロップがあれば「おめでとー」と打つ。トイレだとかご飯だとかで簡単にパーティを抜けたり、時間が来たら「おつかれ」だ。
 単純な会話を重ねていく。やり取りは大体決まっていて、みんな目的が同じだから分かりやすかった。

 キャラクターの視線はこちらには向かない。キャラ同士が向き合ってエモーションを出していても、それはオレには向いていない。無言の視線は刺さらない。

 ヒトを嫌いなわけじゃない。現実の寂しさを埋めるようにゲームの中では自分から声をかけるようになった。話ができた。同じ時間を過ごせた。楽しいを共有できた。仁なんかは、それの最たるものだろう。



 車内は空いておらず、座ることはできない。窓際で佇み手摺にしっかり掴まって、隣に立つ仁のバリアを感じていた。どうやら現実のこいつは支援職らしい。

「ご飯肉でいい?」
「いいよ。なんだよ肉って」
「駅前にあるファーストフード。アキラはあんまり揚げ物食べる元気ない?」
「へーき」

 仁がいるからもう平気。オレの視線はもう下げる必要がないし、まるで視力回復のように遠く遠くの緑だけを見る必要もないのだ。
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