君となら

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28 『25歳引きこもり童貞、美少女になって異世界でエロいことをする』

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 有難いことに座れた電車の席。横の人に申し訳なくなりながら肩をすくめ視線を落とす。
 下を見ていたらきっと酔ってしまう。電車に乗っている時間はそこそこあるし、途中で席を立てば次は立ったままになるだろう。そうしたら貧血でも起こしてしまうかもしれない。ゲームの中で何キロも走れたとしても、現実のオレはそうではない。
 だけれど正面座席に座る人を見るわけにもいかない。あなたを見ているわけではないんですよと心の中で釈明して、その後ろの窓から外を見る。

 

 実家に帰り自分の部屋に戻る。部屋はお母さんに掃除され、頼んでおいたからパソコンも消されていた。それを立ち上げ、配信ソフトを起動する。一目でわかるように画面に文字を出しておこうかと考えながら飲み水を汲みトイレに行って、何もいじっていない配信環境を並べた。

『朗報 ニート働く』
 そんなタイトルをつけようか。いや、でも働いていると言うのは語弊がある気がする。ちゃんとした面接を受けてちゃんとしたバイトでもしているならまだしも、現状はそうではない。

『引きこもり 外に出る』
 これは事実そのままだからわかりやすい。でも今まで配信もせず何をしていたのかの説明にはなっていないかな。どうしたのって聞かれずとも、まず一目でわかるような説明が欲しい。ああそうなんだって分かってから、少しだけ耳を貸してもらえるような。

 立ち上げた無料の配信ソフト。アップデートが進むゲージを見つつ考える。
 仁にはゲームのことを話してもいいと言われている。だからそれをそのまま説明するほうがわかりやすいだろう。遊びだけど、頼まれごと。頼まれごとだけど、間違いなく遊び。
 完了したアップデート。画像ソフトに文字を打つ。タイトルはそう――

『25歳引きこもり童貞、美少女になって異世界でエロいことをする』


 数少ない視聴者相手の独り言。「どんなことをしていたの」というコメントに返答する。
 仁たちの作るゲームのことをどれだけ詳しく話してもネタバレにはならないと思った。だってあのゲームでオレは魔王を再封印するためにちっとも働いていないから、ストーリーに関するネタバレは存在しないのだ。何ができるとかどんな世界が広がっているだとか、いくら話しても興味をそそるだけだろう。現実で旅行の話を聞くのと同じ。そんな面白いとこなら見てみたいなって思われるだけ。自分で行った気になったから要らないなんてことはないはず。

 ゲームの中は異世界だ。画面越しでも、仮想現実でも同じ。そこにいるオレは口調を変えたり演じたりしている気はないけれど、別人だ。現実とは違う世界だから、現実のオレをみんな知らないから、現実のオレのことなんかいくら想像されようと見られているわけではないから、楽なんだ。
 みんなが気にするのはゲームの中で付き合うメリットがあるかないかだけ。同僚だとかクラスメイトだとかのように、仕方なくそこそこ付き合うなんてものは必要ない。嫌ならパーティなんか組まなくていい。嫌ならチャットなんかしなくてもいい。ギルドは簡単に脱退できるし、一切人とコミュニケーションを取らずともゲームは進む。
 オレが何年も服を買っておらず死ぬほどダサい人間で見た目が悪かったとしても、ゲームの中には反映されない。親切にすればそれだけが反映されて、オレはいい人としてお話しできる。活舌悪く喋ったとしてもゲームの中では文字がちゃんと表示されるから困らせない。

 でも、ずっと仲良くしていればそのラインは曖昧になる。

 ずっと仲良くしているからリアルではどういう人なんだろうって気になって、チャット打つのに手がかかると狩りしにくいからって声を使うようになって、だんだん浸食されていく。
 それでも画面一枚あればオレの形は保たれた。声でイメージと違うとか思われたとしても、まだオレはゲームの中にいられた。

 過去に一度だけ出てしまったオフ会では、オレ一人だけが浮いていたように思う。
 自分が酷すぎるからみんなまともだって思ってしまったのかもしれない。ゲームの中では面白い発言や色々と極まった発言をしていたのに、現実ではみんな立派な社会人のようで、世界が違うと感じてしまった。

 その後開き直って配信を始めて、痛む心を自分の言葉で繕った。自分は引きこもりだから、ニートだから、きもい奴だから。全部事実だから!  って、大きな声で言うことで他の小さなことを見られないようにした。人に言われる前に言っておけば傷つくのは最小限で済むだろう。そう思ったけれど、多分あまり効果はない。

 仁はどうしてずっと一緒にいるんだっけ。最初の対応は他の人と同じだったはず。他の人と何が違ったんだっけ――……



 雑談をしつつ適当にゲームを流して、それを動画に残した。いろいろなゲームでログインボーナスがあったけれど、どれも途切れている。あーこんなのあったのかーなんてもったいなく思いもするけれど、一度途切れてしまったものはなかなか同じ熱には戻らない。

 なんとなく流しにあった食器を洗って、なんとなく掃除機をかけた。家の窓を開け換気をし、自分の部屋に戻れば少しの懐かしさを感じた。
 子供の多い住宅街にあるこの家は、仁の家とは違う音がする。親と暮らしているこの家は、仁の家とは置いてあるものも違う。当たり前のことなのに、何年も離れていたわけじゃないのになんだか懐かしい。

 ――また電車に乗って帰るのは嫌だな。人目が気になる。自分がどこを見ていればいいのか分からないのが困る。
 流れの邪魔をしないように動かないと。間違った道に進んでくるっと反転していたら変な奴だと思われないだろうか。
 椅子にもたれ馳せるそんな少しの躊躇い、めんどくささ。

「あなたに会いたい」

 ゲームのように飛べたらいいのに。呟いた言葉は当然どこにも届かない。
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