君となら

紺色橙

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25 記憶

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 ぴちょぴちょ音がし始めたら、もう逃げることにした。どうせ真っすぐしか行く気はないのだ。走れ走れ!

 別に今はレベル上げをしているわけじゃない。水場だったら水スキル取れるかなって期待をもって来ただけ。池に落ちたのはただの事故。
 走りつつ、手鏡を取り出し後ろを覗き見た。ざばっと飛び出してくるのは先ほどと同じキバウオだ。大小いるようだが、まるで噴水ショーのように右から左へと飛び跳ね落ちる。
 意外なところで鏡が役に立った。今後も体を物陰に隠しつつ様子を見るのに使えそう。ここで振り返っていて落ちるなんてことになったら目も当てられない。

 ゲームを始めてからどれくらい経ったっけ。この世界に降り立ってから、よく歩きよく走っている。だからか体が軽く以前よりも疲れなくなっていた。一定の速度で走る、走る。
 飛ぶようにとはまさにこのことじゃないだろうか。一歩一歩は大きく、跳ねているみたい。

 走り続けていると突然道が終わった。行く先には上へと続く階段。光のカーテン。どうやら出口に着いたらしい。
 ぴちゃんと後ろで水音を聞き、慌てて階段を駆け上った。


 眩しい。
 さんさんと降り注ぐ太陽から手のひらで目を守る。眩しすぎて手のひらで日陰を作っても目を細め周りを見るしかなかった。
 降り立ったのは砂浜だった。木の柵が階段の周囲にあり、落とし穴じみた入り口を教えている。木にはココナッツのような実がついているし、砂浜は白く海は青い。爽やかな風が吹き、向こうには鮮やかな花が見えた。周囲はまさに南の海といった様相で、木陰に入り地図を開く。

 池から真っすぐ南へ。途中見た地点よりさらに南の端は、この海岸らしかった。王都からはずいぶん離れている。あの下道は近道といえるかもしれない。
 しかし、まっすぐここにたどり着いたということは、オレが全力でスルーしてきた横道に何かあるのは間違いないだろう。それこそボスがいてスキル石をくれてもおかしくない。
 それに、オレはまだ美人を見ていない。キバウオはどう見ても美人じゃないし、ここに通じているファンタジーとなると……人魚かな。

「うーん」

 でもまた行くのはためらってしまう。想定人魚に会うまでにまた雑魚との戦闘が発生するわけで、一人ではなかなかきつい。仁は今忙しいし……。

 知り合いは2人しかいないのだ。仁がダメなら山田しかいない。
 迷うことなく山田へメッセージを送りつけた。王都近くの池から南の海岸まで続いていること。まっすぐ進んだ時にはボスに遭遇しなかったから、横道にボスがいる可能性が高いこと。それに付き合ってくれないか、という誘い。

 すぐ返事が来ることに期待はしない。砂浜を歩き、美少女には日傘が必要ではないかと心配する。小麦色の肌や水着の日焼け跡もえっちでいいかもしれないけど、それはそれで準備が必要だろう。やるならまだらにならないようにしないと。
 傷跡が綺麗に治る世界で日焼けなんかできるのかわからないが、そんなくだらないことを考えながら進む。小さく綺麗な貝殻や流されてきた木の枝を拾い、ぽいと投げ捨てる。

 歩いていると足元から音がした。モンスターがいるのかと思い盾を構えて立ち止まれば、音が止まる。周囲に気を配りつつまた歩けば、また音がする。

きゅっきゅ

 なにか小動物が鳴いているみたい。でも砂浜は遠く、海は広く、何もいない。音だけが近くからある。

「ああ」

 懐かしい思い出が蘇る。
 小学生の頃、一人で飛行機に乗って行った母方のおばあちゃんの家。独身のおじさんに車で海に連れて行ってもらった。そこでこの音を聞いたのだ。

 足元から湧く音。踏みしめ歩けばきゅっきゅと砂が鳴いた。

 ずいぶん昔のことだからすっかり忘れていた。今の今まで思い出すこともなかった。
 小学生のオレは将来のことなんか何も考えていなかったし、心配もしていなかった。もちろん、大人になった今ニートで引きこもっているなんて想像もしていなかった。そんな昔々の記憶。

 こんなに砂浜は綺麗ではなくて、南国仕様でもなかった。おばあちゃんちに行くのは夏休みだから暑くて、足元の音を鳴らすよりも熱さでビーチサンダルを履いた足を上げていた気がする。砂浜は日よけがないものだからとにかく暑くて暑くて、せっかく連れてきてもらったのに早々に帰った記憶がある。自販機でジュースを買ってもらって、車で溢すなよって注意を受けた。言われなくても溢さないって、小学生のオレは子ども扱いにムッとした。車の窓を開けて遠ざかっていく海を見た。建物に隠れては現れて、すぐに海は見えなくなった。

 靴を脱いで鞄に放り込む。この海岸は熱くなくて、足を砂につけていられた。ぎゅっぎゅと踏んで、足先で意味のない線を描く。
 暑くはないけれど、水着を着るのもいいかもしれない。この世界の気温は何というか……緩やかなのだ。25度と設定されればまさにその通りにしかならないからだろう。吹いた風の芯に冷たさを感じることはない。肌には25度の風が当たるだけ。
 優しい世界だ。裏も表もない。設定された通りにただそこに在る。

 足裏の細かな砂の感触。爪の間にも入ってしまうかな、なんて少しだけ気にして踏みしめる。柔らかな風は磯臭さもなく、髪の毛をふわふわ揺らしていく。地下から出た眩しさは相変わらずで、砂浜に白く反射している。

 意識の端に通知を見た。システム画面で山田からのメッセージを目の前まで引っ張り出す。
 OKの返事が来ていた。今日はもう終わるらしいけど時間があればいつでも声をかけてくれということなので、次から容赦なく呼び出そうと思う。

 オレも今日はとりあえず落ちようか。ここまで来るのはめんどくさいし、この海岸ログアウトでいいだろうか。
 なんとなく日陰に行って、なんとなく座る。ゲームからのログアウトに関係しないまったくもって意味はない行為だけど、そうしてそっと目を閉じた。
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