君となら

紺色橙

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19 火花

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 白い服のオレは暗闇に漂う幽霊のようではないだろうか。
 薄暗い洞窟内ではランプのような花がぽつぽつと咲き、見るからに《採集》してほしそうにしている。だが今のところ用はない。それに、きっとすぐにでも生産関連が実装されるだろうが、オレはどのゲームでも最低限の生産しかしてこなかった。自分のための染色、自分のためのバフがつく料理。高レベルの宝石強化なんかは専門家に任せるべきで、どの世界でもやりたがる人がいるもんだからそれに任せた方が早いのだ。最前線を走るわけでもなし、極めた何かは必要なかった。

 長いこと配信の時間を取っていないな、と過去のゲームを思い浮かべて思い出す。ニートがバイトを始めたのだと、見に来てくれる人に言っておくべきだろう。
 配信を長いこと止めることは、客離れを引き起こす。ブログだろうと動画だろうとこまめな更新があるほうがいいことは分かっているが、今のオレはそれに反している。しかも何の説明も告知も無しに離れている。きっとオレが今まで見ていたリアルが忙しい人たちも同じ感じだったんだろう。

 洞窟内は乾いてもおらず湿ってもいない。剣を振り回せるほどの広さがあり、採集用の花が咲き、所々鉱石もあるようだった。
 もしかしてここは生産用地で、モンスターはいないんだろうか。それとももっと奥へ? 思いただ進む。

 平和なものだからリアルのオレのことを考えてしまう。
 バイトとしては順調だが、内容としてはただ遊んでいるだけ。でも自分に御大層な仕事ができるとは到底思わないし、これが要求されていることで、お返しできているのなら満足したほうがいいだろう。
 現実の洗濯は1分では終わらないが、親から借りた大きめのトートバッグに詰めてきた衣服と交換で着ている。
 ぐにぐにした肉を捌ける仁に料理してもらって、オレは動きのない葉っぱをちぎる。これじゃあ家での引きこもりがこっちに変わっただけだろう。

 地面に足で文字を描く。消えてしまうのかは試していないが、まさかゲーム内で遭難死することもないだろう。消えたとしても、まさか。最悪適当にログアウトして、リアルの仁を呼べばいい。街に奴がいてくれるならコマンド発言で飛んで帰れる。多分な。
 そういえば結婚システムのテレポート条件を知らない。どこまでも無限ってことはおそらくないから、きっと何らかの制限はあるだろう。
 しかしそもそもあのシステム自体「一応実装してある」というものだ。実際はどうなるだろうか。ゲーム内でのみ結婚している人も、ゲーム外で結婚している人も知っている。この仮想現実限定の結婚相手を作ったとして、リアルとの関りで問題が発生する率も高そうだ。まぁそれは個人の問題だけども。

 右手に持ったロッドをふらふらと揺らしながら歩く。誰も何もいない採集専門洞窟のようなここは、入り組んではいたが危険は特になさそうだと思っていた――

 誰かが戦っている音がする。
 咆哮、足音、金属の擦れる音。

 ピタリと足を止め、四方へと続く道のどこからその音がするのか考えた。行くべきか、避けるべきか。
 今までのゲーム的に考えるのならば、狩場が被るのを避けるべきだった。敵を叩き経験値やレアを得るのが目的の狩りならば、人が増えれば効率が悪い。でもこの世界の今の状況では、狩場争いは発生しにくいだろう。そして、はたしているのはNPCか他のテスターか。

 興味があった。
 だから分岐路から足を進め音を辿り、もう一度戻って間違いはないか確認をする。先ほどの進行方向から右手、広めの通路で間違いはないだろう。
 脳内地図作製は得意ではないが、行き止まりの多い洞窟ではない。分岐していてもぐるっと回って繋がっている気がする。柱が立っていてそれを避けて進んでいるような感じだ。

 突発参戦する気はなく、影に隠れてこそこそ進む。
 音を頼りに歩けば、そう進まずとも光が見えた。あの明るく白い光はランタンだろう。ゆらゆら動きに合わせて動いている。

 しゃがみ込み、目だけを出すようにして物陰から覗いてみた。道中と背後には何の気配もなかったが、オレは殺し屋ではないから確証はない。それでも一応は背後の安全を確認しつつ、弓矢でも前から飛んで来やしないかと恐れしゃがんだのだ。
 ランタンの光は眩しかったが、遠くまで明かりは漏れていたから目潰しされるほどでもない。光の中にいたのは大きなハンマーを持つ男と小さな帽子をかぶりツルハシを持ったモンスターだった。
 男のハンマーはまさにゲームといった感じで、とんでもないサイズだ。男の背丈ほどもあるし、よくそれ持てるなって信じられないほど重量を感じさせるヘッド部分は彼の胴体ほどもある。男自体筋骨隆々でハンマーを持つ手は筋肉と共に血管が浮き出ていて、顔にはひげが蓄えられている。ひげと共に眉毛も主張が激しく、あのでかいハンマーを振り回すために食いしばった歯が見える口は大きい。

 あれはどう見ても、テスターだろう。

 戦っているツルハシを持つモンスターは何匹かいる。でかい一匹を守るようにしているのか前に立つ奴、それを潰せばまた後ろから前へ。
 オレはしばらくそれをじっと見ていた。オレなんかが出て行ってもやれることは無いと思っていたし、あのでかい奴がネームドないしはボスであったなら、そのレアドロップを横取りすることになりかねないからだ。そんなことしたらきっとあのハンマーでオレも潰されてしまう。
 あまり人の狩りに手を出すもんじゃない。だから見ていた。

 ハンマーは重いのか当たれば一撃必殺という感じだ。モンスターたちはそのツルハシを盾のようにも使っていたが、重量に負けて靄になる。小さな帽子がふりふり揺れて、でかいのの後ろからまた小さいのが追加される。
 見ていればあの一撃必殺の彼がてこずっている理由は簡単に見て取れた。相手の動きはちょこまかと速く、でかいの――ボスと定義するがそいつを守るように出てくるものだから当たらない。敵が無限に沸いてくるようにも錯覚する。でも、同時にたくさんではない。潰せば新しいのが出てくるといった感じだ。

 ハンマー男は肩で息をついている。
 そりゃそうだろう。オレが持つロッドが500mlペットボトルほどの重さであの武器も同じような感じだとして、それにしてもぶんぶん振り回していたら疲れもする。このゲームはざっくり言えばスキル制で、やっていればレベルが上がる。走れば走りのレベルが上がり、伐採をすれば伐採のレベルが上がる。彼が『ハンマーを振り回す』ことのレベルをいくら上げていたとしても限界はある。走りのレベルをいくら上げても、10km先にテレポートのように着けるわけではない。

 ――参戦しようか。
 ずっと見ながらずっと思っていたこと。でもオレが出たところで役に立つだろうか。あの戦いはどう見ても無限に雑魚を呼ぶボスを潰すしかないだろうが、何せ、それこそどう見ても獣型モンスターだった。
 小さな帽子をかぶったモグラ……たぶん元はモグラ。手の爪は長く、なのにツルハシを持っている。手に爆弾みたいなものを持っているやつもいるし、リュックみたいに籠を背負っているものもいる。この洞窟内で鉱石を取っているのかもしれない。だとしたら人間との狩場争いだ。

 彼は疲弊している。オレがそこでできることは、一瞬盾になることくらいだろう。それでいいか、いいのか。そんな程度のことでむしろ邪魔になりはしないか。ターゲットは分散したほうがいい。そんなのは決まっている。でもタゲが分散したことで攻撃も動きも分散して、潰しにくくなりはしないか。

 今までやってきたゲームだったなら簡単に参戦できた。丸ごと焼き尽くすような攻撃魔法をぶっ放したり補助魔法を使ったり敵にだけ効くデバフアイテムを使ったり……。そう、敵と味方の区別があった。
 でも今ここではランタンの光が消えれば不利になるのは人間の方だし、PK制限がされているから彼を殺すにまでは至らないだろうが振り回したロッドは当たるんじゃないだろうか。

 ツルハシがハンマーをかすり火花が散った。
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