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17 死に戻り
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放り出された女神像の前。時計塔が見えているからここは王都なんだろう。
初めての死はあっけないものだった。生き返ってみれば、先ほどの血が流れ出て意識が朦朧とする感覚さえも嘘だったのかと思うほど元気だ。でも白いひらひらの衣装は腹部が赤くなっている。
仁とPvPをしたことはある。どのゲームでもPvPは実装されていて、ちょっとやろうぜなんて戦ったことはいくらでもある。その時キャラクターの上にははっきりと"JIN"というプレイヤーネームが赤く表示されていた。
仁が、今回オレを殺したことがショックだったのだろうか。あれはあくまでも幻覚の偽物だが、刺された時点では仁本人だと錯覚していた。あいつがまさか攻撃を仕掛けてくるなんて、予想は当然していなかったが……。
大蜘蛛の時は、敵に投げ飛ばされたオレにあいつは慌てていた。思ったよりも重くて恐怖さえ覚えるダメージだったから、仁が来てくれたことで安心したのは確かだ。
やっぱり、リアリティがありすぎるこの現状がショックを増幅させたんだろう。よーいどん、でしかPvPしていなかった相手が突然悪意を見せてきたようでショックだった。多分、そうだと思う。死ぬことよりも驚きのほうが大きかった。
昨日仁とゲーム内で"初めて"をした。ゲーム内のえっちは少しも痛くなくて少しも疲れなくて、どこを触られようとも気持ちよさだけが積み重ねられた。
オレは、再びそれを期待している。鏡に映るさらさらでくるくるのツインテールを仁の――男の指が絡めるのを欲している。
そんなだから、優しい体を合わせることを知ってしまったから、余計に悪意そのもののような殺人にショックを受けたのかもしれない。
体を合わせれば合わせるほど、世界が曖昧になる。
これは私、これはオレ。
美少女がここにいて、その中身はオレで、外見はありえない作り物で、だけど動けるし感覚は共有している。
オレが手を伸ばせば私が手を伸ばす。
私がキスをされればオレがキスされる。
可愛いという言葉が私に降り注ぎ、オレの脳みそがくすぐられる。
仁、と呼んだ声は儚く透き通った鈴の音のよう。でもオレが口を開かなければその音は鳴らない。
オレがあいつを求めて呼んで、私がそれを表に出す。
ゲームだよ。
ありえないってわかってる。だから、ゲームだよ。
街に鐘の音が響いた。かちりと合った黒い針、振り子のように揺れる鐘。建物の向こうに見える時計塔が時刻を知らせている。
同時に、目の前に人が沸いた。
「死に戻ってたのか」
女神像の前にぼんやりと立ち尽くすオレの頬が撫でられる。そこにいることを確認しほっとしたように仁は言った。
「お前に殺されたー」
「俺? ああ、幻覚見たのか」
「あの蝶々きらきら飛んでるだけかと思ったらとんでもないわ」
水晶洞窟の中で蝶々が舞い幻覚を見せ、ひるんだところをハリガネムシが攻撃をする。 わぁ綺麗ね、なんて見ている場合ではなかったのだ。
「大丈夫?」
「何が」
「疑似的な死亡だとしても、痛みはセットされているし、感じた恐怖は本物だと思うから」
「怖くなかったからな。大蜘蛛のほうがやべぇかもってなったし」
他人が死亡をどう扱うかはわからないが、ゲームとして考えるなら死に戻りは自然なものだ。セーブされた地点に戻るように、安全地帯に帰される。
「幻覚って誰が出んの?」
「よく見る人とか。直前のデータにあった人とか」
「だからお前だったんだ」
オレが最も見ているのは仁だ。人と関わっていなければ、NPCが出ることもあるのかもしれない。
「怖くなかった?」
「怖くないよ。お前だもん。でもびっくりした」
仁は何とも言えず気まずそうな顔をした。別にこいつがやったわけじゃないのに。
「オレまだ初心者の域を出てないと思うんだけど、この段階であれに遭遇すんのやべーな」
ゲームにはとってつけられたような一応のストーリーがある。タイトルになっている通り、オレたちは七つの聖遺物を探すなり守るなりしないといけない。その内の一つだってまだ手にしていないのにこれだ。なかなかどうして初心者キラー設定じゃなかろうか。
「入れるけど、入らなくてもいい所だからね」
「クエストで行かされないんだ」
「うん。それに一応注意もあるんだよ。入口の看板に」
「見てない」
「アキラはそういうの見ないから」
見るほうが少数派だと言いたい。
でもこれ以上なくファンタジーだったことは確かだ。水晶と蝶の青く透き通ったきらめきは美しいし、モンスターに襲われなければ記念撮影でもしたいと人が殺到する観光地にだってなるだろう。その襲われ方が致命的すぎるけれど。
「モンスターから守る警備のお仕事できそう」
「ん?」
「危ないけどきれいなところがありますよってツアーガイドみたいな」
「そういうことをする人が出てくるかもね」
仮想現実で色んな事をして稼ぐ人がきっと出てくる。性別も年齢も好きにできる世界ではきっと。
オレは何をしようか。何ができるだろうか。現実と同じで、何もできないかもしれない。
仁は製作者で、俺はただそれで遊んでいるだけ。長いこと一緒にいるのに、今までオレは何もしてこなかった。仁は世界を作るまでに至ったのに、オレは何も。
「なぁ」
現実と同じく空は高く、青く、羽がなければ飛ぶことはできない。時計塔に登り見下ろす世界は作り物で、だけれど現実と同じ限界があった。現実に則して制限されたもの。
「オレいつまでこうして遊んでていい?」
「やってくれるならずっとテスターを」
「したい」
自分ではとてもじゃないが作れないこの世界の手伝いをしたかった。そんなんでいい気になるなよって自分に向けて言うけれど、仁の作った世界を多くの人に体験してもらい、喜んでほしかった。
「オレが死ぬ程度どうでもいいから、もっといろんなとこ行きたいしやりたい」
仁は目を細めてオレを見る。
死ぬだとかは物騒だけれど、さっきみたいなことだって体験したい。
初めての死はあっけないものだった。生き返ってみれば、先ほどの血が流れ出て意識が朦朧とする感覚さえも嘘だったのかと思うほど元気だ。でも白いひらひらの衣装は腹部が赤くなっている。
仁とPvPをしたことはある。どのゲームでもPvPは実装されていて、ちょっとやろうぜなんて戦ったことはいくらでもある。その時キャラクターの上にははっきりと"JIN"というプレイヤーネームが赤く表示されていた。
仁が、今回オレを殺したことがショックだったのだろうか。あれはあくまでも幻覚の偽物だが、刺された時点では仁本人だと錯覚していた。あいつがまさか攻撃を仕掛けてくるなんて、予想は当然していなかったが……。
大蜘蛛の時は、敵に投げ飛ばされたオレにあいつは慌てていた。思ったよりも重くて恐怖さえ覚えるダメージだったから、仁が来てくれたことで安心したのは確かだ。
やっぱり、リアリティがありすぎるこの現状がショックを増幅させたんだろう。よーいどん、でしかPvPしていなかった相手が突然悪意を見せてきたようでショックだった。多分、そうだと思う。死ぬことよりも驚きのほうが大きかった。
昨日仁とゲーム内で"初めて"をした。ゲーム内のえっちは少しも痛くなくて少しも疲れなくて、どこを触られようとも気持ちよさだけが積み重ねられた。
オレは、再びそれを期待している。鏡に映るさらさらでくるくるのツインテールを仁の――男の指が絡めるのを欲している。
そんなだから、優しい体を合わせることを知ってしまったから、余計に悪意そのもののような殺人にショックを受けたのかもしれない。
体を合わせれば合わせるほど、世界が曖昧になる。
これは私、これはオレ。
美少女がここにいて、その中身はオレで、外見はありえない作り物で、だけど動けるし感覚は共有している。
オレが手を伸ばせば私が手を伸ばす。
私がキスをされればオレがキスされる。
可愛いという言葉が私に降り注ぎ、オレの脳みそがくすぐられる。
仁、と呼んだ声は儚く透き通った鈴の音のよう。でもオレが口を開かなければその音は鳴らない。
オレがあいつを求めて呼んで、私がそれを表に出す。
ゲームだよ。
ありえないってわかってる。だから、ゲームだよ。
街に鐘の音が響いた。かちりと合った黒い針、振り子のように揺れる鐘。建物の向こうに見える時計塔が時刻を知らせている。
同時に、目の前に人が沸いた。
「死に戻ってたのか」
女神像の前にぼんやりと立ち尽くすオレの頬が撫でられる。そこにいることを確認しほっとしたように仁は言った。
「お前に殺されたー」
「俺? ああ、幻覚見たのか」
「あの蝶々きらきら飛んでるだけかと思ったらとんでもないわ」
水晶洞窟の中で蝶々が舞い幻覚を見せ、ひるんだところをハリガネムシが攻撃をする。 わぁ綺麗ね、なんて見ている場合ではなかったのだ。
「大丈夫?」
「何が」
「疑似的な死亡だとしても、痛みはセットされているし、感じた恐怖は本物だと思うから」
「怖くなかったからな。大蜘蛛のほうがやべぇかもってなったし」
他人が死亡をどう扱うかはわからないが、ゲームとして考えるなら死に戻りは自然なものだ。セーブされた地点に戻るように、安全地帯に帰される。
「幻覚って誰が出んの?」
「よく見る人とか。直前のデータにあった人とか」
「だからお前だったんだ」
オレが最も見ているのは仁だ。人と関わっていなければ、NPCが出ることもあるのかもしれない。
「怖くなかった?」
「怖くないよ。お前だもん。でもびっくりした」
仁は何とも言えず気まずそうな顔をした。別にこいつがやったわけじゃないのに。
「オレまだ初心者の域を出てないと思うんだけど、この段階であれに遭遇すんのやべーな」
ゲームにはとってつけられたような一応のストーリーがある。タイトルになっている通り、オレたちは七つの聖遺物を探すなり守るなりしないといけない。その内の一つだってまだ手にしていないのにこれだ。なかなかどうして初心者キラー設定じゃなかろうか。
「入れるけど、入らなくてもいい所だからね」
「クエストで行かされないんだ」
「うん。それに一応注意もあるんだよ。入口の看板に」
「見てない」
「アキラはそういうの見ないから」
見るほうが少数派だと言いたい。
でもこれ以上なくファンタジーだったことは確かだ。水晶と蝶の青く透き通ったきらめきは美しいし、モンスターに襲われなければ記念撮影でもしたいと人が殺到する観光地にだってなるだろう。その襲われ方が致命的すぎるけれど。
「モンスターから守る警備のお仕事できそう」
「ん?」
「危ないけどきれいなところがありますよってツアーガイドみたいな」
「そういうことをする人が出てくるかもね」
仮想現実で色んな事をして稼ぐ人がきっと出てくる。性別も年齢も好きにできる世界ではきっと。
オレは何をしようか。何ができるだろうか。現実と同じで、何もできないかもしれない。
仁は製作者で、俺はただそれで遊んでいるだけ。長いこと一緒にいるのに、今までオレは何もしてこなかった。仁は世界を作るまでに至ったのに、オレは何も。
「なぁ」
現実と同じく空は高く、青く、羽がなければ飛ぶことはできない。時計塔に登り見下ろす世界は作り物で、だけれど現実と同じ限界があった。現実に則して制限されたもの。
「オレいつまでこうして遊んでていい?」
「やってくれるならずっとテスターを」
「したい」
自分ではとてもじゃないが作れないこの世界の手伝いをしたかった。そんなんでいい気になるなよって自分に向けて言うけれど、仁の作った世界を多くの人に体験してもらい、喜んでほしかった。
「オレが死ぬ程度どうでもいいから、もっといろんなとこ行きたいしやりたい」
仁は目を細めてオレを見る。
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