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14 王都
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町に帰るのかと思いきや、仁は違う方角へと歩んでいた。
大蜘蛛の居なくなった森は静かで、葉についた水滴が太陽の光を浴びてきらめいている。木々の間から降り注ぐ光は恵みのようで、所々に綺麗な花や実を咲かせていた。きっとあれは《採集》できる。
細いヒールなのに沈み込まない靴を履き、湿った地面を手を引かれて突き進む。
「次の町行くん?」
「そう」
「さっきの町でクエスト受けたけど報告先は新しいとこか」
「次に行くきっかけとしてね。これから行くところがメインの町だよ」
「もしかして、王都?」
「正解」
王都。ということはこのゲームの中心地といってもいいだろう。
「あ、きのこ」
のんびり歩く森の中、赤に白い水玉模様のキノコが動いている。頭の上についたモンスターネームは《ぽむぽむ》とある。
「ぽむぽむ?」
「ぽむぽむ」
「なん……」
何で、と疑問を口にしようとしたその時だった。
赤い笠が縮小したかと思うと、ぼんっと音がするかの如く膨れ上がった。
「絶対毒じゃねーか!」
紫色のもやが広がる。
継続ダメージを食らいたくない。引かれていた手を逆に強く引っ張り走り出した。
キノコたちは近づくと同じように紫色をまき散らす。ただ、まき散らす前に笠が縮むからその間に距離を取った。
遠くから視認しやすいそのカラー。ぽてっとした造形はなかなか可愛らしい。でもちょっと近づくだけで攻撃してくるなんて、好戦的。
「ぽむぽむってのは、もっと、イメージキャラになるみたいな可愛い奴につけるべきで……」
それなりの距離を走り続ければ息が切れた。喋りながら呼吸を整える。
「でもあれ、紫の毒じゃないよ」
「そーなん? じゃあ何? どのみちダメージ食らいたくないんだけど」
「あれは、幸せになる胞子」
おくすりでは?
「効果は?」
「すごく幸せな気分になって、仲間になりたくなっちゃう」
「キノコの?」
「そう。あの胞子を浴び続けるとついには変身する」
「ええ……。ダメージはねーの?」
「ダメージはないけど、攻撃力は低下するし命中率が下がるし移動速度も低下する」
「デバフかぁ」
しかも地味に結構強いデバフだ。
どのくらい浴び続けたら変身するのか、変身したらどんな気分なのか、そのうち食らってみてもいい……かな。
ただの映像ゲームなら見るだけで済むけど、この仮想現実ゲームでは実体験することができる。感覚というのは人によって違うもので、きっと、幸せにも程度はあると思うのだ。
「美味しい、という設定にしてある。王都の名産品」
「もっとマシなもん名産にしろよ」
言っていれば森を抜け、頑丈そうな壁が見えた。
門を入れば階段状に建物が連なり、てっぺんには灰色の城が見えていた。町人が多く街を歩き、前の町では聞こえなかった音楽までもどこからか聞こえてきた。陽気で、笑い声が混じる。街角には兵士が立ち、住人と話している。子供たちが遊びまわり、犬がそれを追いかけていた。
建物の作りは先の町と同じだと思うが、簡単には端が見えなかった。
そして何より目立つのが、時計塔だ。
「時計塔だ。てっぺんに登れるかな」
隣から降ってくる笑い声。
「頑張って登ってみて」
「でも兵士に捕まるかな」
「どうかな?」
知っているだろうに、仁はそんなことを言う。まるでオレが登るのを期待しているみたい。
「とりあえず武器作ろう」
慣れない町はやたらと広く感じた。最初の町と同じように道は舗装され、花壇もある。王都だから華やかなのか、広場の噴水は大きく周りにはいくつもベンチがあった。兵士はそこかしこに見かけるが威圧感はないし、警察みたいなものなのだろう。
「そこは雑貨屋。こっちは郵便。あっちには銀行があるよ」
カフェテラスでお茶をしている人たちは、心なしか良い服を着ている気がする。
「広い」
「全部あるからね」
拠点となる町はすべてが揃う。これはMMORPGの基本だ。
「なぁ、お前の家は? 前の町に戻らないといけないの?」
「そうしたほうがいいんだろうけど、利便性を考えてどの町からでも入れるようにしてあるよ」
「へぇ」
リアリティを欲すならば、いつもの町のいつもの場所から出入りするほうがいいんだろう。でも家の役割は主に風呂だし、ステータスの低下は意外に簡単に起こっているから頻繁に使いたい気もする。
オレの服は大蜘蛛との戦闘で汚れたままで、おそらくこれも何がしかのステータス低下が起こっているだろう。
「町同士はテレポで移動できるんだし、家の場所固定でもいいかと思うんだけどね。だから未定です」
開発者からのお言葉。
どうせ各町に家の入口地点は設定されているのだし、全町共通だろうと特定の町を拠点設定にするのだろうと変わらないんだろうか。
「そこが銭湯」
「家じゃなくても風呂入れるんだ」
「家の購入資金がそれなりに必要だから」
銭湯の入り口には一回50ゴールドの看板がある。安い。オレの買った手鏡と比べて、安い。初心者でも困らない、というかゲーム的に引っかからないようにしてあるんだな。
お湯のマークはファンタジー世界に浮いているようにも感じるが、わかりやすさを取ったんだろう。『あなたの不調を一挙に解決!』なんて謳い文句もある。
「アキラ、武器屋だよ」
ぼんやりとついて行ってみれば、武器屋と防具屋が並んで建っていた。盾の看板と剣の看板。中からは金床を叩くような音がする。
街の中心地からは離れているが、銀行や雑貨屋からそう遠くもない。必要なものはまとめられているのかもしれない。
ギイと開いたドア。
中には様々な武器が並んでいた。オレが使っているロッドも仁が持つ細い剣もあるし、ファンタジーだから許される背丈ほどの大剣も置かれている。
武器はどれも華美ではない。初心者に支給されるものが表に並んでいるのかもしれない。
いらっしゃい、と声がする。カウンターを見れば、筋肉質で背の高い女性が仁の持ち込んだ爪を見ていた。
「大蜘蛛の爪だね。作るのは両手ではなく片手ロッドで間違いない?」
「そうです。片手ロッド」
「はいよ。明日にはできてるからね」
仕事が早い。
「お願いします」
支払いをして店を出た。
これからどうしようかと仁を見上げ、その更に向こうに見える時計塔を見た。
「あのゲームにも時計塔あったな。ほら、オレたちが最初にやってたやつ」
オレたちが最も長くやっていたゲームは、等身が低く可愛いキャラクターが売りだった。ぽてぽて歩く巨大な猫に乗ることもできたし、ゲーム内で入手できる装備品も、いろいろな種類が色違いであった。あのゲームにはアバターなんてものがなくて、町に帰ったら戦闘装備から見た目装備に変えたりしていた。
「行ってみようか、時計塔」
あの頃のように、当たり前に歩き出した。
大蜘蛛の居なくなった森は静かで、葉についた水滴が太陽の光を浴びてきらめいている。木々の間から降り注ぐ光は恵みのようで、所々に綺麗な花や実を咲かせていた。きっとあれは《採集》できる。
細いヒールなのに沈み込まない靴を履き、湿った地面を手を引かれて突き進む。
「次の町行くん?」
「そう」
「さっきの町でクエスト受けたけど報告先は新しいとこか」
「次に行くきっかけとしてね。これから行くところがメインの町だよ」
「もしかして、王都?」
「正解」
王都。ということはこのゲームの中心地といってもいいだろう。
「あ、きのこ」
のんびり歩く森の中、赤に白い水玉模様のキノコが動いている。頭の上についたモンスターネームは《ぽむぽむ》とある。
「ぽむぽむ?」
「ぽむぽむ」
「なん……」
何で、と疑問を口にしようとしたその時だった。
赤い笠が縮小したかと思うと、ぼんっと音がするかの如く膨れ上がった。
「絶対毒じゃねーか!」
紫色のもやが広がる。
継続ダメージを食らいたくない。引かれていた手を逆に強く引っ張り走り出した。
キノコたちは近づくと同じように紫色をまき散らす。ただ、まき散らす前に笠が縮むからその間に距離を取った。
遠くから視認しやすいそのカラー。ぽてっとした造形はなかなか可愛らしい。でもちょっと近づくだけで攻撃してくるなんて、好戦的。
「ぽむぽむってのは、もっと、イメージキャラになるみたいな可愛い奴につけるべきで……」
それなりの距離を走り続ければ息が切れた。喋りながら呼吸を整える。
「でもあれ、紫の毒じゃないよ」
「そーなん? じゃあ何? どのみちダメージ食らいたくないんだけど」
「あれは、幸せになる胞子」
おくすりでは?
「効果は?」
「すごく幸せな気分になって、仲間になりたくなっちゃう」
「キノコの?」
「そう。あの胞子を浴び続けるとついには変身する」
「ええ……。ダメージはねーの?」
「ダメージはないけど、攻撃力は低下するし命中率が下がるし移動速度も低下する」
「デバフかぁ」
しかも地味に結構強いデバフだ。
どのくらい浴び続けたら変身するのか、変身したらどんな気分なのか、そのうち食らってみてもいい……かな。
ただの映像ゲームなら見るだけで済むけど、この仮想現実ゲームでは実体験することができる。感覚というのは人によって違うもので、きっと、幸せにも程度はあると思うのだ。
「美味しい、という設定にしてある。王都の名産品」
「もっとマシなもん名産にしろよ」
言っていれば森を抜け、頑丈そうな壁が見えた。
門を入れば階段状に建物が連なり、てっぺんには灰色の城が見えていた。町人が多く街を歩き、前の町では聞こえなかった音楽までもどこからか聞こえてきた。陽気で、笑い声が混じる。街角には兵士が立ち、住人と話している。子供たちが遊びまわり、犬がそれを追いかけていた。
建物の作りは先の町と同じだと思うが、簡単には端が見えなかった。
そして何より目立つのが、時計塔だ。
「時計塔だ。てっぺんに登れるかな」
隣から降ってくる笑い声。
「頑張って登ってみて」
「でも兵士に捕まるかな」
「どうかな?」
知っているだろうに、仁はそんなことを言う。まるでオレが登るのを期待しているみたい。
「とりあえず武器作ろう」
慣れない町はやたらと広く感じた。最初の町と同じように道は舗装され、花壇もある。王都だから華やかなのか、広場の噴水は大きく周りにはいくつもベンチがあった。兵士はそこかしこに見かけるが威圧感はないし、警察みたいなものなのだろう。
「そこは雑貨屋。こっちは郵便。あっちには銀行があるよ」
カフェテラスでお茶をしている人たちは、心なしか良い服を着ている気がする。
「広い」
「全部あるからね」
拠点となる町はすべてが揃う。これはMMORPGの基本だ。
「なぁ、お前の家は? 前の町に戻らないといけないの?」
「そうしたほうがいいんだろうけど、利便性を考えてどの町からでも入れるようにしてあるよ」
「へぇ」
リアリティを欲すならば、いつもの町のいつもの場所から出入りするほうがいいんだろう。でも家の役割は主に風呂だし、ステータスの低下は意外に簡単に起こっているから頻繁に使いたい気もする。
オレの服は大蜘蛛との戦闘で汚れたままで、おそらくこれも何がしかのステータス低下が起こっているだろう。
「町同士はテレポで移動できるんだし、家の場所固定でもいいかと思うんだけどね。だから未定です」
開発者からのお言葉。
どうせ各町に家の入口地点は設定されているのだし、全町共通だろうと特定の町を拠点設定にするのだろうと変わらないんだろうか。
「そこが銭湯」
「家じゃなくても風呂入れるんだ」
「家の購入資金がそれなりに必要だから」
銭湯の入り口には一回50ゴールドの看板がある。安い。オレの買った手鏡と比べて、安い。初心者でも困らない、というかゲーム的に引っかからないようにしてあるんだな。
お湯のマークはファンタジー世界に浮いているようにも感じるが、わかりやすさを取ったんだろう。『あなたの不調を一挙に解決!』なんて謳い文句もある。
「アキラ、武器屋だよ」
ぼんやりとついて行ってみれば、武器屋と防具屋が並んで建っていた。盾の看板と剣の看板。中からは金床を叩くような音がする。
街の中心地からは離れているが、銀行や雑貨屋からそう遠くもない。必要なものはまとめられているのかもしれない。
ギイと開いたドア。
中には様々な武器が並んでいた。オレが使っているロッドも仁が持つ細い剣もあるし、ファンタジーだから許される背丈ほどの大剣も置かれている。
武器はどれも華美ではない。初心者に支給されるものが表に並んでいるのかもしれない。
いらっしゃい、と声がする。カウンターを見れば、筋肉質で背の高い女性が仁の持ち込んだ爪を見ていた。
「大蜘蛛の爪だね。作るのは両手ではなく片手ロッドで間違いない?」
「そうです。片手ロッド」
「はいよ。明日にはできてるからね」
仕事が早い。
「お願いします」
支払いをして店を出た。
これからどうしようかと仁を見上げ、その更に向こうに見える時計塔を見た。
「あのゲームにも時計塔あったな。ほら、オレたちが最初にやってたやつ」
オレたちが最も長くやっていたゲームは、等身が低く可愛いキャラクターが売りだった。ぽてぽて歩く巨大な猫に乗ることもできたし、ゲーム内で入手できる装備品も、いろいろな種類が色違いであった。あのゲームにはアバターなんてものがなくて、町に帰ったら戦闘装備から見た目装備に変えたりしていた。
「行ってみようか、時計塔」
あの頃のように、当たり前に歩き出した。
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