君となら

紺色橙

文字の大きさ
上 下
13 / 41

13 大蜘蛛の爪

しおりを挟む
 高く伸びる木の枝ほどの高さの背、毛の生えた8本の足、5つの赤い目。蜘蛛の親分は初めてのボス戦だ。

「うぎゃ」

 振りかぶった蜘蛛の足が地面に突き刺さる。後ろに飛びのき自分を守るように小さな盾を構えた。地面には穴が開き、これ一撃でも耐えられるのか? と自分の身とゲームバランスの心配をする。

 赤い目はこちらを見ている。

「ガード」

 ぎゅっと握り込んだ盾。初心者装備のままだが、こいつだって平原から続く森に住まうもの。まだまだ低レベル帯だ。

 がん、と衝撃で手が痺れる気がした。毛の生えた足の先端に光る爪が盾に当たる。右手の反応が遅れ、振ったロッドは掠るだけ。行き過ぎようとする腕を留め、引き戻す。
 心底盾持ちで良かったと思いながら、もう一度同じ動作をしてくるのを待つ。
 蜘蛛は前右足を上げ、そのままオレ目がけて垂直に振り下ろす。きっと避けることはたやすいのだろうが、今は受ける。
 左手に構えた盾に食らう衝撃、全身が震え、足が地面に深く痕をつける。

 ひゅっ、と右下から振ったロッド。
 ヒット。

「仁!」

 ひるんだタイミングで蜘蛛の背後から仁が攻撃をする。白竜の祠にいたときに持っていた細いナイフは、双剣だったようだ。
 現実ではスタントマンでも補正を掛けないと難しいんじゃないかと思うその動き。舞うように、線を描くように切りつける。
 ヘイトが移った。
 のっそりと後ろを向こうとする蜘蛛の尻を、今度はオレが殴る番。




「蜘蛛の爪で少しいい武器が作れるよ」

 仁に教えられ、素材を取りに平原を進んだ。道中意味もなく野良土偶を叩き、裏でレベルアップしているのかクリティカル率が上がるのを体感した。
 オレは相変わらず不細工なギザ耳ウサギに戸惑ったが、仁は何も感じないようだった。

「なんかさぁ、嫌じゃない? その、ぐにっとした感触」
「鶏肉と同じもんだと思うよ」
「仁って料理とかすんだっけ。生肉捌くのと同じ?」
「そんな感じ」

 料理の手伝いすらしていないオレは、生肉を触ったことが無い。毛皮を剥げというわけではなく、そこらで売っているバラ肉すら触ったことが無かった。
 母親の料理の手伝いでもしてみようか。そんなことが頭に浮かぶ。

「虫は平気?」
「好んじゃいないけど、平気」

 それなら大丈夫と仁は言っていたけれど、現れたボスのサイズは圧倒されるものだった。

 冷静に見てみれば、オレが今までやっていたゲームだってキャラクターと同じ、なんだったら10人分くらいのサイズは当たり前だった。ゲームなんてのはそんなもんだ。ただし、それが仮想現実となると狼狽える。

「避けることだけ意識して」
「あいよ」

 無理に攻撃しようとはせず避けること。最悪盾で致命傷を防ぐこと。
 仁に言われた通り、最初はとにかく蜘蛛の行動を見ることにした。でかい分恐怖心は半端なかったが、攻撃モーションは分かりやすいし連続攻撃もしてこない。だから避けられれば後は、いつ攻撃するか、なのだ。

 体ごと避けるとどうしても攻撃するタイミングが掴めなかった。蜘蛛が前足を振り下ろし、オレが避ける。後ろに避ければ攻撃箇所が無いし、前に避ければ本体に当たる。横に避けるしかない。そうすると避けて即行動でなければロッドは届かず、結局、盾で防いで攻撃してきた足を叩くという判断を下した。

 ソロで戦っているわけじゃなかったから、蜘蛛の攻撃対象ヘイトがこっちの時は後ろからいくらでも攻撃できる。避けるのではなく盾で防ぎ殴りつけることは、後ろからの攻撃時間も増やせるということ。

「仁、もっかい!」

 蜘蛛の尻を全力で殴りつける。黒くて分かりづらいが、へこんだことが反射でわかる。
 ギェエと鳴いた蜘蛛が振り返る。

「あ」

 振り向きざまに動いたのは、遠くにあった前足じゃない。

 「っぐ」

 蹴り上げるように動いた後足をものの見事にくらい、飛ばされる。
 美少女の軽い体は空を飛び、地面に転がり白い服を砂っぽくさせた。

「トラウマになりそう」

 独り言は半分本音。

「アキラ」

 近くで聞こえた声。
 見上げた先にある仁の心配顔と蜘蛛の足に、左手の盾を突き出した。




「守られちゃった」
「言うほど」
「アキラのこと守る予定だったんだけどなぁ。汚れちゃったね」

 ひらひら繊細な白い服は薄汚れている。でもこの世界なら、容赦なく洗えるから問題は無いだろう。

「んで、この大蜘蛛の爪一個でたりんの?」
「うん。あんまり沢山必要でも困るでしょ」
「あいつがたくさんいると困る」

 MMOだからほかの人だって倒せるようにいずれあいつは再び沸くんだろうけど、沢山いるのは嫌だ。町から離れれば大蜘蛛の巣はあるかもしれないけど、今じゃない。

「とりあえず戻って武器にしようか」
「そうしよ」

 手の中にある大蜘蛛の爪。長さ10センチほどの黒く艶のあるそれは、本体についていた時より縮んでいる。鞄に放り込み、仁の隣を歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...