君となら

紺色橙

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9 誓いのキス

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「次は南の山頂へ向かいなさい。愛の精霊様にご挨拶を」

 白髭おじいちゃんの言う通り、一度町へ戻ったオレたちは今度はすぐに南へと向かった。日はとっくに暮れていたが、おじいちゃんは夜の教会でオレたちを待ってくれていた。

「NPCって寝ないの?」
「寝るよ」

 寝るらしい。ならば急がないといけない。



 南の山は資源の豊富な山だった。何かよくわからないが甘い匂いのする果実、元気よく伸びた葉っぱ、太陽に向かって真っすぐ育っている木々。ここはきっと生産職の活躍する場だ。

 町からは祠と同じようにまっすぐ道が延びていた。道は大きな石や枝で遮られることもなく、綺麗に整備されている。空には現実にはあり得ないほど星が瞬き月が光る。夜のピクニック気分だった。
 それでも引きこもりは体力が無く、休み休みの登山だ。


「あとどんくらい?」
「まだまだ」
 結構上った気がするが、山頂はまだまだ遠くに見えていた。


「まだ?」
「まだまだ」
 それからさらに上っても、山頂は果てしなく遠い。


「遠すぎね?」
「おそらく目に見えているよりも遠いよ」
 近づいていない気がするから、目に見えている通りな気がする。これよりまだ遠いのか。


 夜は深夜になろうとしていた。
 白い服だというのも気にせず座り込み、隣に座る仁の肩を借りて休んだ。ぼんやりと空を見ていると夜空に包まれているようで、随分とロマンチックだと思った。
 こうして仁と二人寄り添っていれば、実際カップルに見えるだろうか。オレは今美少女アキラだから、きっと悪くはないはずだ。

「頑張ろうね」
「うん」

 このやたらと長い道のりこそが、南の試練なんだろう。北の白竜は普通なら明かりを灯すからもっと戦ったはずだし、南は南でただ二人延々と歩き続ける。現実のように疲労は溜まり、見えない終わりにいらつくかもしれない。その内「愛とは?」なんて哲学を語り始めるかも。


 オレたちはただひたすら歩き続けた。歩いて歩いて、夜明けと共に山頂についた。


「時間、かかりすぎじゃね」

 息も絶え絶えに開発者に文句を言う。

「乗り物あるよ」
「え!?」
「途中までは馬で来れる」
「ええ……なんでそれしなかったし」
「馬は買うか借りるかなんだよ。それができるのはそれなりにゲームをして稼いでからになるから」

 ゲーム中級者ならそんなに時間はかからないってことなんだろう。初めて3日で結婚するなんてあんまりないか。

 とにもかくにも山頂につけば、朝日を全身に浴びた火の鳥のような精霊がいた。

「おはようございます」

 炎の精霊だと言われても疑わないだろう、赤い炎のようなものを纏っている。布だとは思えない。さらには目が真っ黒で、それが異形のものだと知らしめる。

「俺たちの愛を認めてもらいに来ました」

 じっとこちらを見ていた精霊は、仁の言葉にぱっと明るい表情になった。と、思う。人型だが纏う炎のようなものが形を曖昧にしている。
 精霊はくるりとオレたちの周りを飛んだ。まるでハートを描くみたいに。

『認めましょう』

 やまびこのように声が響く。美しい声に肩の力が抜けたのが分かった。

「ありがとうございます」

 挨拶をしてから振り向けば、そこに水鏡のようなものがあった。

「何これ」
「ワープ」
「ああ、さすがに帰りも同じ時間はかからないのか……」

 正直なところほっとしながら、仁に手を引かれるようにそこに足を踏み入れた。




 教会のおじいちゃんはちゃんと寝たんだろうか。オレたちが訪ねたときには既にそこにいた。

「では最後に、誓いのキスを」

 ほんとにあるのか。
 横に立つ、美少女アキラからでは見上げなければならない仁を窺う。オレは結婚どころか、キスだってしたことが無い。

 目が合うと頭を撫でられ、次に頬を撫でられた。ウサギに躊躇ったあの日のように、優しい手。近付いてくる顔にぎゅっと目を閉じる。
 しばしの沈黙。

「…………これだけ?」

 ちゅ、とすごく軽いキスだった。触れたことは分かるけど、気のせいだったかなって思うくらい一瞬。

「もっとしていい?」

 拍子抜けするくらい、これでキスしましたって言っていいのってくらい軽いキス。
 経験のないオレにだって、今のが控えめすぎることくらいは分かった。

「もっとって……」

 戸惑うオレに仁は笑う。

「さぁ、二人の愛を証明する指輪です。末永くお幸せに」

 白髭のおじいちゃんは戸惑いも無視して話を進める。差し出された指輪は小さな石が付いていて、中で愛の精霊の炎が揺らめいた気がした。



 用が済んでしまえば追い出されるように教会を出た。あのおじいちゃんやっぱりあんまり寝てなくて怒ってんじゃないかな。

「さて、これでテレポートが使える」
「コマンドは?」
「『あなたに会いたい』」
「なに?」
「コマンド。これを言えば使える」
「まじで? そんな恥ずかしいの?」
「結婚だからね」

 オレたちがやっているゲームのカップルシステムでは、コマンド入力でテレポートが使えた。チャット欄に英字を打つだけで、凄く単純なものだ。このゲームの発動条件だって難しいものじゃない。口で言うだけだ。言う、だけ。

「ちょっとやってみようか。少し離れたところまで行くから、言ってみて」
「え、うん」

 仁は少し速足でオレから離れていく。町は朝日を浴びて起き始め、どこからかコケコッコーと鳴き声がした。
 教会からまっすぐに仁は移動する。向こうには中央の噴水が見えていて、そこまで行ったところで歩みを止めて振り返った。
 大きく手を上げて振られ、合図だろうと判断する。

 恥ずかしかった。
 恥ずかしくて、手で口元を隠すようにして呟いた。


「貴方に会いたい」


 次の瞬間には見ていたものが変わっていた。自分の身体に変化はなく、瞬きの間に移動したみたい。
 ただ、オレは移動地点に放り出されたわけじゃない。仁に、抱きしめられていた。

「……なんで?」
「ね、できた」
「いや、うん。何でこういう体勢?」

 祠でも思ったけれど美少女アキラは小さくて、仁に簡単に包み込まれてしまう。オレの理想の可愛い女の子は、理想通りにされている。

「同じ座標を目標に飛ぶんだけど、当然同じとこには立てないよね? だから出現地点がずれるんだ。転ばないようにすぐに抱き留めてあげないと」
「ロマンのないシステム説明。あれ、でも」

 このゲームでは背格好も好きにできると聞いた。それだと、小さく細い体で巨漢の戦士なんかは支えられないんじゃないだろうか。

「お前が飛んできた時にオレだと支えられないよそれ」
「うん? まぁまぁ」

 出るところが分かっていれば転ぶことは無いだろうか。

「それより、お風呂に入らない?」
「あるの? 山登り疲れた。この服も汚れた気がする。そういう設定?」
「そうだよ。使っていれば汚れるし、修理が必要になるし、本体もお風呂に入って綺麗にする必要がある」
「マジか」
「ついでだからこのまま俺の家においで」
「ハウジングあるのか」

 現実で一国一城の主になれなくても、ゲーム内ではなれるだろう。
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