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7 雇い主
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画面の中の美少女を毎日着替えさせている。配信しつつデイリーコンテンツをこなし、視聴者と少しPVPで遊んだりダンジョンの手伝いをしたり。
「オレニートだから」と公言しているが、それは自分から言うことで自分を守っているに他ならない。仁に会いに行くとき、どういう服装でどういう顔で行けばいいのか分からなかった。シャツは洗濯されているし風呂にも入っているけれど、"きちんとした格好"が分からなかった。挨拶もまともにできないオレに、仁は一切態度を変えない。
カチ、とクリック一つで美少女は服も髪型も変わる。オレは、画面の外にいるオレは変わらない。
1.2回のテストプレイならば、どうだっていいだろうと思っていたところはある。けど継続してバイトするっていうんなら、雇い主に対してもう少しきちんとすべきなんじゃないだろうか。だけどその"きちんと"が分からない。今まで動いてこなかったから、動き方を知らない。
ゲームの世界は居心地がいい。仁の作っているゲームはことさら、リアルのオレが消えてしまう程、美少女アキラとしてそこに存在できる。
だからあの世界が世に出る手伝いができるのなら、やりたい。でもまともに働いたことのないオレにできるだろうか。
「なぁ、バイトって具体的に、何やんの?」
バイトに誘われてから一週間経っている。その間仁は再度オレを誘うことはしなかった。
『うん? 前と同じだよ。ゲームして、引っかかる所があれば教えてもらって』
ボイスチャットで仁に問えば、あっさりとした返事が来る。
「そんだけ?」
『そう』
「オレ、働いたことないから、あの……仁以外の人にちゃんと対応とかできるか分かんないっていうか」
ゲームの中では知らない人にも気軽に話せる。手伝うことも共闘も簡単なものだ。ゲームの中では年齢も性別も職業も生い立ちも、無関係だからだ。
『来てもらうのはいつものとこだから、他の人には会わないよ。アキラが上げてくれた意見とかは送るけどね』
「いつものってあの、お前の自宅だっていう」
ごく普通のマンションの一室にある、シンプルなあの部屋。それなら、今までの2回と同じなら大丈夫。
「バイトお試しで、させてもらえる? 前と同じ感じでさ、ダメそうならすぐ切ってもらって」
『いつから来れる?』
「えと、いつでも。だってオレ働いてないし」
『明日は?』
「平気だけど……。なぁどんな格好でいけばいい? 履歴書必要?」
『用意できるなら。格好なんかはどんなでもいいよ』
画面の前で溜息を吐く。まともな恰好なんかない。現在時刻はもう0時近くなっていて、今から店に飛び込むのも難しい。そしてもちろん、履歴書なんか用意しているわけもない。
『何時に来れる?』
「起きるのが多分昼過ぎだから……」
『じゃあ起きて来れそうなら連絡欲しい。夕方でもいいから』
「分かった」
どんなでも、来れそうなら、仁はそう言う。リアルでは引きこもりで動けないオレが悩まなくていいように。
少しだけ一緒に遊んで、それから数少ない服を漁った。何年買い変えていないか分からない服を取り出し、放る。アイロンなら家のどこかにあるだろうから、皴くらいは取れる。けどそもそもちゃんとしたシャツなんか持っているだろうか。
――どうかと思ったが、捨てられていなかった高校時代のシャツを着ていくことにした。身内に結婚でも葬式でもあれば襟付きのシャツくらいあっただろうけどそんなものはなかったし、高校卒業後引きこもっていたから入学式用のスーツなんかもない。高校時代のシャツはポケットに小さな紺色の刺繍があるけれど、蔦のはったような校章ではない。分かりはしないだろう。
ウェブマネーを買うためにしか利用していない深夜のコンビニに向かい、誰もいない店内で履歴書を買った。ネットで対応卒業年月を見ながら記入する。下書きをして丁寧に文字を書いた。
母親にバイトするかもと言えば「へぇ」と大げさに驚かれた。布のトートバッグを借りて、履歴書だけを入れて持つ。電車に揺られた先のマンションまでは、なんだか居心地が悪かった。
駅について欠伸が漏れた。目的地まであと少しという安堵感と、朝から美容室に行ってきたせいでの単純な眠気。
「いらっしゃい」
「あ……こんにちは。お邪魔します」
「どうぞ」
微笑む仁にほっとした。
履歴書を渡し、テーブルを挟み目の前でそれを見られるのに気まずさを覚えつつ部屋の中を見た。
一人暮らしなのかあまり物は無かったが、フィギュアやポスターが一画にあった。ちゃんと透明なケースに入れられて、中で綺麗に並んでいる。オレの知らないキャラクターたちは仁が過去に携わったりしたんだろうか。
「アキラを、個人的に雇ってもいい?」
「ん?」
「嫌だ?」
よそ見をしていたオレを引き戻すように確認された。
「オレは何でも……ろくなことはできないけど」
「話し相手っていう雑用もしてもらうけどいいかな」
「それいつもじゃん」
「うん。いつも通り」
「そんなの、バイトじゃなくていいじゃん」
笑えば笑い返された。
会社では雇えないと、そういうことなんだろうけど、働くことには期待していないから別に構わなかった。
「オレニートだから」と公言しているが、それは自分から言うことで自分を守っているに他ならない。仁に会いに行くとき、どういう服装でどういう顔で行けばいいのか分からなかった。シャツは洗濯されているし風呂にも入っているけれど、"きちんとした格好"が分からなかった。挨拶もまともにできないオレに、仁は一切態度を変えない。
カチ、とクリック一つで美少女は服も髪型も変わる。オレは、画面の外にいるオレは変わらない。
1.2回のテストプレイならば、どうだっていいだろうと思っていたところはある。けど継続してバイトするっていうんなら、雇い主に対してもう少しきちんとすべきなんじゃないだろうか。だけどその"きちんと"が分からない。今まで動いてこなかったから、動き方を知らない。
ゲームの世界は居心地がいい。仁の作っているゲームはことさら、リアルのオレが消えてしまう程、美少女アキラとしてそこに存在できる。
だからあの世界が世に出る手伝いができるのなら、やりたい。でもまともに働いたことのないオレにできるだろうか。
「なぁ、バイトって具体的に、何やんの?」
バイトに誘われてから一週間経っている。その間仁は再度オレを誘うことはしなかった。
『うん? 前と同じだよ。ゲームして、引っかかる所があれば教えてもらって』
ボイスチャットで仁に問えば、あっさりとした返事が来る。
「そんだけ?」
『そう』
「オレ、働いたことないから、あの……仁以外の人にちゃんと対応とかできるか分かんないっていうか」
ゲームの中では知らない人にも気軽に話せる。手伝うことも共闘も簡単なものだ。ゲームの中では年齢も性別も職業も生い立ちも、無関係だからだ。
『来てもらうのはいつものとこだから、他の人には会わないよ。アキラが上げてくれた意見とかは送るけどね』
「いつものってあの、お前の自宅だっていう」
ごく普通のマンションの一室にある、シンプルなあの部屋。それなら、今までの2回と同じなら大丈夫。
「バイトお試しで、させてもらえる? 前と同じ感じでさ、ダメそうならすぐ切ってもらって」
『いつから来れる?』
「えと、いつでも。だってオレ働いてないし」
『明日は?』
「平気だけど……。なぁどんな格好でいけばいい? 履歴書必要?」
『用意できるなら。格好なんかはどんなでもいいよ』
画面の前で溜息を吐く。まともな恰好なんかない。現在時刻はもう0時近くなっていて、今から店に飛び込むのも難しい。そしてもちろん、履歴書なんか用意しているわけもない。
『何時に来れる?』
「起きるのが多分昼過ぎだから……」
『じゃあ起きて来れそうなら連絡欲しい。夕方でもいいから』
「分かった」
どんなでも、来れそうなら、仁はそう言う。リアルでは引きこもりで動けないオレが悩まなくていいように。
少しだけ一緒に遊んで、それから数少ない服を漁った。何年買い変えていないか分からない服を取り出し、放る。アイロンなら家のどこかにあるだろうから、皴くらいは取れる。けどそもそもちゃんとしたシャツなんか持っているだろうか。
――どうかと思ったが、捨てられていなかった高校時代のシャツを着ていくことにした。身内に結婚でも葬式でもあれば襟付きのシャツくらいあっただろうけどそんなものはなかったし、高校卒業後引きこもっていたから入学式用のスーツなんかもない。高校時代のシャツはポケットに小さな紺色の刺繍があるけれど、蔦のはったような校章ではない。分かりはしないだろう。
ウェブマネーを買うためにしか利用していない深夜のコンビニに向かい、誰もいない店内で履歴書を買った。ネットで対応卒業年月を見ながら記入する。下書きをして丁寧に文字を書いた。
母親にバイトするかもと言えば「へぇ」と大げさに驚かれた。布のトートバッグを借りて、履歴書だけを入れて持つ。電車に揺られた先のマンションまでは、なんだか居心地が悪かった。
駅について欠伸が漏れた。目的地まであと少しという安堵感と、朝から美容室に行ってきたせいでの単純な眠気。
「いらっしゃい」
「あ……こんにちは。お邪魔します」
「どうぞ」
微笑む仁にほっとした。
履歴書を渡し、テーブルを挟み目の前でそれを見られるのに気まずさを覚えつつ部屋の中を見た。
一人暮らしなのかあまり物は無かったが、フィギュアやポスターが一画にあった。ちゃんと透明なケースに入れられて、中で綺麗に並んでいる。オレの知らないキャラクターたちは仁が過去に携わったりしたんだろうか。
「アキラを、個人的に雇ってもいい?」
「ん?」
「嫌だ?」
よそ見をしていたオレを引き戻すように確認された。
「オレは何でも……ろくなことはできないけど」
「話し相手っていう雑用もしてもらうけどいいかな」
「それいつもじゃん」
「うん。いつも通り」
「そんなの、バイトじゃなくていいじゃん」
笑えば笑い返された。
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