君となら

紺色橙

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5 瞼の裏の世界

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 またテストをしてくれないかと誘われた。一回目から2週間経った日のこと。オレの返答は「もちろん」以外なくて、食い気味にやらせてと返した。

 美少女アキラの中身、引きこもりニートの現物を見ても仁は何も変わりなかった。ボイスチャットをすることだってあったし配信だって見られているのだから男だとは認識されていただろうけど、それでも期待されているんじゃないかって思ってた。二次元キャラクターほどではないにしろ、可愛い男の子なんじゃないかとかね。でも仁は変わらなかった。カップル解消されることもなかったし、いつも通りよくわからない時間にインして一緒に遊んだ。

 前と同じように電車に乗り、マンションの一室へと向かう。駅から少し歩いたごく普通のマンションだ。ロビーから仁を呼び出してドアを開けてもらい、エレベーターの数字が上がっていくのを見つめた。

「いらっしゃい」の声に「どうも」と軽く返事をする。青いストライプのスリッパを履いて廊下を歩く。
 横横縦と並んだ大きめのモニターには、オレには何なのかすらわからない窓が開いていた。

「変えたんだ。あのウサギ」
「あー、マジで」

 なんだか自分が余計なことをしてしまったようで、有難いんだけど申し訳ない。

「戦わずに歩き回ってもらうのでも良いんだけどね」
「うん」
「けどアキラは、何でもできることはしたがるから」
「よくわかってんじゃん」
「長いこと遊んでるから」

 仁は笑う。
 貰った水を飲み、一息ついてからベッドに横になった。並ぶモニターにはきっと美少女アキラが映し出されるんだろう。

 機械に耳が塞がれる。頭がギュッと締め付けられ、緩む。視界が鼻先まで隠され、世界と隔絶されていく。

 シーツを握ればまだ感覚がある。横のモニター前に座る仁の体だって見える。
「始めるよ」と声がして、閉じた瞼の裏で星が瞬いた。




 前回と同じ美少女アキラとして、『Seven Sacred Relics仁の作ったゲーム』に降り立った。前回と同じ服を着ている。データは残しておいてくれたらしい。

 ログアウトした噴水から、即歩み出す。何も言わない門番の横を通り、町の外へ。ゲームに入る前に変えたと仁に言われていたのに、当然のようにあのウサギを探していた。自分からは攻撃してこないが顔は可愛くない――はっきり言えば不細工なモンスターだ。

 町の外の平原に出ると、ウサギの他に前回はいなかった物がいた。物、だ。土偶のようなそれにはまさしく『野良土偶』と名前が付いていて、敵なのだと分かる。どんな名づけだよとは思うが、これなら叩き割れそうだ。
 ぴょこぴょこ跳ねるようにランダムに動くそれを見つめる。襲ってこないし、敵意は何も感じられない。右手に握り込んだロッドを振りかぶる。盾を持つ左手には力が入っていないほど、オレはこいつを恐れてはいなかった。

 バリンッ

 運よくクリティカルが出たのか、一撃で土偶は割れた。想像通りの感触と音。つい、「おお」と情けない声が出た。可愛い女の子の声でだけど。
 ウサギと同じく靄になり消えていく。これなら、オレでも狩れる。

 野良土偶もやはりクリティカルがでなければ3発ほど必要だった。一撃当てれば当然アクティブ状態になって襲ってきたが、爪や牙が無いので怖くない。ぬるげーになり過ぎじゃないかと心配したほど。
 割り続けていると、一定確率で土偶の破片が残った。これがこいつのドロップアイテムなのだろう。鞄にしまい込むと、ゲームらしくインベントリの一枠に重ねられた。さすがに鞄をリアルにすると何も持てなくなるからな。



 何に使うのかもわからないドロップを貯めつつ、ロッドを振り回す。
 そこそこ長い時間やっていたものだからやることが適当になっていた。

 ぐにっ

 土偶とは違う感触が伝わってくる。瞬間目をやれば、ギザ耳ウサギがそこにいた。伸びた歯と共に口を大きく開け襲い掛かってくるのを振り払う。

 緊張感は無かった。おそらく疲労からだろうが、前よりも力が抜けていた。3発で落とせると分かっているというのもあるのかもしれない。

 再度の突進を盾で防ぎ、その体を横から殴る。
 靄になり消えゆくウサギ。土偶と違って生き物を殴ってしまった感じは未だにした。盾には傷が少しついている。ほっとけば噛まれていたかもしれない。

「え」

 一匹倒して終わりだと思っていたのに、少し離れたところのウサギがこちらに向かってきていた。その眼はまっすぐにオレを見ている。

「何で」

 ノンアクティブじゃないのかよと動揺しつつ、突進を防ぐ。傾く体を足を引いて耐えた。地面を強く踏みしめる。ロッドを握り、突進が防がれてひるんだウサギを横殴った。

 初心者向けウサギの行動は単純だ。盾を持っているオレなら何もダメージなんて食らわない。転ぶかもって思ったくらいだ。この白い衣装を汚したくはない。
 何匹か続いてくるウサギを同じように倒す。ぴょこぴょこ距離を保つ姿は土偶と同じ動きだった。

「もしかして最初のネームドだったのか?」

 ネームド。要するにちょっとだけ強い敵。もし最初にうっかり殴ったのがそうだったなら、周りの同族を引き連れていてもおかしくはない。そんなゲームはよくある。
 積極的にではないもののアクティブになってしまったウサギたちを倒しきれば、門番からのクエストとしての数は足りたようだった。これでうさ耳がもらえる。

 どれだけここにいたのかわからないが、所々に残るウサギの毛を拾い町に戻った。



 門番に話しかければ笑顔で対応された。貰ったギザ耳をさっそく身に着け、鏡を覗く。ただの飾りなので動きはしないが、白い服に白い耳はなかなかいいんじゃないだろうか。うさ耳にツインテール。あざとい。
 土偶の破片とウサギの毛は何となく雑貨屋に持って行ったら売れた。いわゆるゴミアイテムなんだろう。少しのゴールドが増えた。

 狩りの最中、数をこなすほど非現実感は強くなった。いくら破片を拾っても鞄は重くならず、ヒール靴のまま土を踏みしめられたから。
 だけどこうして町に戻ってのんびりしていると、異国に旅行に来た気分になる。オレはリアルで外国に行ったことは無いけど、知らない土地への物珍しさと少しの居心地の悪さは共通だろう。

 現実のオレは、仁の会社のベッドで寝ている。シングルサイズではない広いベッドは、ゲーム内で暴れたときに現実の体も動くからかもしれない。それでうっかりベッドから転落することもきっとあるだろうし。
 そうして寝ているだけなのに、どうやってこの風を感じているのかわからない。前回と同じ暖かな日差しも。なんとなく果物売りの前を通った時に良い匂いがするのは錯覚なんだろうか。きっとこういう匂いがするって、脳みそが補正してるのかな。
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