君となら

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3 対峙

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 右手にはロッドを、左手には盾を。ぎゅっと手に力を込めて握り込む。

 対峙する初めての敵は町を出てすぐのウサギだった。飛び出し過ぎた歯とギザギザの耳、裂けたような大きな赤い目。お世辞にも可愛いとは言えないが毛並みはもふもふとしている。後ろ姿だけなら、可愛い。
 オレだってぴょんぴょこ飛んでいるウサギたちに突然殴りかかろうと思ったわけではない。ゲームならまぁ普通の行動だと思うけど、完全体美少女アキラとしてはそれは無い。けれど町を出る時に門番に声を掛けられた。いわゆるクエストだ。

『ギザ耳ウサギを狩ってきてくれないか。少し増えすぎててね』

 初心者用のクエストなんか飛ばしてしまってもよかったが、報酬がゴールドだけではなかった。ギザ耳のアクセサリーをくれるというのだ。美少女として見た目装備は大事だ。これでオレも獣耳になれる。そう思い受託した。

 ロッドを大きく横殴る。ちょっと怖くて目を細めた。警戒心ゼロのウサギに当たったそれは、一撃で仕留められはしなかった。
 肉を殴った感触が手に響く。散々ゲーム内で殺しをしてきたけれど、リアルな感覚にははっきりと嫌だと感じた。
 これはゲームだ、と頭で自分に言い聞かせるまでもなく、次は咄嗟に手が出た。

「うぐ」

 ウサギの歯ががちりと盾にぶつかった。防ぐと同時に右手で払う。どうやらロッドが当たったらしく、ウサギは一歩下がってからまた飛んできた。
 顔目がけてくるのが怖くて小さな盾に隠れるように体を縮め、ぶんぶん右手を振り回す。

 初心者クエストらしくウサギはそう強いものでもなかった。たったの3発。それだけでギザ耳ウサギは討伐され、靄のようにゴールドを落として掻き消えた。

「はぁ」

 意識して溜息を吐いた。
 ギザ耳ウサギは決してかわいい見た目の生き物ではない。モンスターなのだと分かる見た目をしている。オレのことを襲っても来た。だけど、殴り殺した手の感触には、少し自分を落ち着ける時間が必要だった。




 ゲームを始める時に武器を決めた。大剣も弓もあった中で、オレは片手盾と片手ロッドにした。選択理由は、長いことやっていたゲームのキャラクターがそういう武器を持っていたというだけのこと。盾があれば一回は防げるし、悪くない選択だったと思う。今も、防げたしね。
 でもそもそも戦闘職を目指すのが失敗だったかもなんて、たかが一匹相手に思ってしまった。

 いつの間にか上がっていた体温は下がり、じっとりとかいた汗もどこかに消えている。まだ心臓はどくどくと音を鳴らしていたけれど、それもいずれ落ち着く。

 ゲームの基本は討伐だろう。このゲームSSRのストーリーだって、一応魔王を再び封じるための魔物の討伐なんだし。いくら好きなことができる、そのように開発していきたいと言われていても、戦いは避けられないと思う。

「まいったな」

 たかがゲームの敵相手に、小さな震えが残っている。
 もっと可愛くない、言ってしまえば気持ち悪い敵を探そうか。そうすればオレにだってやれるはず。たとえば虫型なんかなら、オレは殺すことにためらいを感じない。ゾンビなんかいないかな? ゾンビでも容赦なく叩けると思うんだけどなぁ。




 一度町に帰り、またふらりと店を見て回った。すぐに帰ってきたオレに門番は何も言わなかった。
 町はさほど広くなく、中央にある噴水の縁に腰かけた。ここに降り立った時と同じように雲は動き、風は穏やかに前髪を流す。

 《納刀》した武器にも盾にも汚れはついていなかった。ウサギは靄のように消え、残ったのは手に移った感触だけ。現実感はあるのに、現実感が薄い。もふもふの毛が実際にもふもふなのかゴワゴワなのかも分からない。
 目を閉じれば世界が消えた。日はまだ高く、瞼の向こうは明るい。ゆっくり開けば、先ほどと同じ街並みが――目の前に人がいた。

「どう?」

 目の前の男の曖昧な問いに、美少女として微笑めなかった。

「この空気感は好きだけど、ウサギ一匹でちょっと心が折れた」

 隣に腰かけた仁は、オレが着ていた初心者用の布の服とは違っていた。けれど豪奢なわけでもない、少しやっている冒険者、といったところだろうか。リアルでは先ほど初対面だが、顔は変えていないように思う。オレは美少女として見た目をいじくりまわしたが、きっと仁は開発者としてそんな面倒なことはしていない。ゲーム内確認のためだけの自分だ。

「ゲームだってわかってんだけど、感触が……」
「嫌だった? 設定かえようか」
「変えられんだっけ?」
「感覚軽減はあるよ。やられれば実際に痛みを感じるけど、それを少なくしたりね」
「ウサギ殴る感触だけ減らせる?」
「うーん。今のところその設定は無いんだけどね。触感はすべてに適用されてるから」

 例えば、と仁の手が伸びる。指先がオレのふわりと巻かれた前髪に触れた。そのまま手のひらで包むように頬を撫でられる。柔らかな温かさとくすぐったさ。

「これも敵を殴るのと同じ触感として適用されてる」
「それはなんだか、あー、もったいないかな」

 無くしてしまうのはもったいないと思った。仁の体温も、優しい風も、暖かな日差しも、きっと雨が降ればそれが当たるのだって現実のようにこのゲームでは感じるのだろう。無くすのはもったいない。

「後でもっかいチャレンジするよ。……あ、いや」
「ん?」
「テストプレイだったなーと思って」

 仁は小さく笑った。
 現実のようで現実ではなくて、ゲームだと分かっているのにゲームだと忘れている。これが仁から頼まれた開発中のテストプレイだってことすら、分かっているのに頭の片隅から抜け落ちていた。

「初期モンスターの配置を少し考えてみるよ」

 ウサギに心が折れたオレに、仁はそう言った。




 ログアウトをしてみれば、それは紛れもなくリアルだった。明るい世界から薄暗い世界に戻ってきたようで、自然と肩を落としてしまった。

「またテストするならやらせて。テストじゃなくても、もう発売するとかさ」
「勿論。発売はしばらく先になるからね」

 何のバグも見つけられなかった。それどころか、オレは町から一歩出た程度のことしかしていない。だけども時計を見てみれば、ログインから2時間ほどが経っていた。
 ベッドから見上げた仁は先ほど噴水に現れた顔のまま。服はスーツのジャケットを脱いだ姿だから違うけど、背の高さも弄っていないだろう。対してオレはもう美少女ではない。自分から積極的に見なければ見ることは出来なかったけれど、白いひらひらのスカートは無くなり手の甲で撫でた頬はかさついている。落差が酷い。

「どこか痛い?」
「いや、現実に帰ってきたなーと思って。ゲーム内のオレ可愛かっただろ?」

 仁は声を上げて笑った。

「アキラは自分の見た目が気になる?」
「そりゃあ」
「ここに来てくれるのも断られてたしね。理由は自分の見た目?」
「まぁ、そう」
「気にするところなんてないのに」
「オレは美少女でいたい」

 仁は肯定も否定もしなかった。
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