君となら

紺色橙

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1 ゲーム

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 位置の高いツインテール。明るい色の毛先はくるんと巻かれ跳ねた。大きな目は少し吊り気味。自分の意思に従いパチパチと瞬く。

「悪くない、これは悪くないぞ」と、いくら乾燥しようと強い日差しが降り注ごうと時間にならねば消えない水溜まりに顔を写す。いかにもな布の初期装備は今後変わるから良いとして、基本のアバターは上出来だ。
 ゲームらしく、見た目にそぐわず大容量の鞄を開き支給された服を取り出した。インベントリ画面を端から中央まで移動させ、選択するだけで着替えは終わり。服を脱ぐとか着るだとか、現実に即したやり方でもできるが今はボタン一つの着替えで良い。

 水溜まりの中の美少女は、Tシャツに長ズボンから変身する。肩の出たひらひらした柔らかい布。ひざ丈のスカート、飾りのフリル。背中を触ればリボンがあり、少し長めに垂れていた。
 今から戦闘するというのに何も考えられていないような白を基調とした衣装は、ゲーム内だから実際に機能性は考えられていない。

『Seven Sacred Relics』
 略してSSR。七つの聖遺物。このバーチャルリアリティVRゲームの名前だ。




 以前から一緒にネットゲームで遊んでいる友人に、テストプレイをしないかと誘われた。今までそいつの仕事なんて聞いたことは無かったが、今はゲームの開発をしているという。

 「やる」と即答した……わけではない。オレは引きこもりで、ゲーム動画の配信をして少ない小遣いを視聴者から貰っているような人間だった。イン時間が長いものだから攻略動画は出せたし、貰った金で可愛いアバターを買ったりして見せれば同属の視聴者は喜んでくれた。
 プロになれるほどゲームが上手いわけでもないが、酷い有様というわけでもない。それなりにストレスなく見れて、でも適度に突っ込める。そんな配信者だ。

 JINは――都築仁は、そんなオレとゲーム内で以前から遊ぶ友人だ。典型的MMORPGで初心者だった奴をオレが手助けした、らしい。記憶にはないが過去の配信動画には残っていて、仁はそれを見て確かめたと言っていた。画質も悪い古い動画。編集もしていない垂れ流しのような動画は今でも消さずにある。

 深夜3時に遊ぶ仲だったが、それでもリアルのことは聞かなかった。オレは自分のことを引きこもりだと言っていたけれど、他人に言われる前に言ってしまったほうが楽だからに他ならない。オレが聞かれたくないから、他人のリアルのことは聞かない。そう考えてずっと遊んでいたけれど。

 VRが出始めてからずいぶん経つ。でもオレはそれをしてこなかった。好きなジャンルに参入が無かったわけではない。でも、オレはしてこなかった。
 ボイスチェンジをせずともオレはずっと美少女の皮をかぶっていた。みんなに表示されているのはオレではなく、オレの皮。声が男だろうと見た目は可愛い女の子。騙しているようで騙していない。騙していないようで、隠している。そこにいるのは『美少女アバターのアキラ』だ。

 何も考えずに本名のアキラでゲームを始めた。それがずっと続いている。ゲーム内表記ではJINである奴も本名そのままだった。
 ただ、あいつはオレと違ってゲームを消費するおたくではなく、開発する側だった。しかもちゃんと、スーツを着てオレに会うような。

 そう、会ったんだ。やると簡単には返事をできなかったけれど、熱心に頼まれたから。

 怖かった。美少女ではない引きこもりおたくのアキラが仁に会えば、JINと遊ぶことは叶わなくなるだろうって。でもそうはならなかった。

 少し見た目を整えて行こうか、会う前にはそんなことを考えた。美容室に行って「かっこよくしてください」なんて無理なことを口にしようか。服屋に行ってマネキン買いしてこようか。――考えたけどしなかった。努力をしてバツ印を付けられるより、しなかったからバツ印を付けられたんだと思う方がマシだと思ったから。

 そうしてオレは襟元の伸びた服で、整え方も知らず一度も染めたことすらない中途半端に伸びた髪で仁に会った。



 仁が渡してきた説明書には、ゲームの名前と簡単な内容が書かれていた。
『封印された魔王が復活し、魔物が活発になっている。魔王が完全に力を取り戻す前に、世界に散らばる7つの聖遺物を起動させもう一度封印しよう。』
 プレイヤーはNPCから神の軍と呼ばれ、世界を守るために神から派遣された者たちだと思われているらしい。

 アバターは作れるのか。
 真っ先にそれを聞いた。リアルのオレに対しいつもと変わらない声で話してくる仁は、勿論と答えた。

「どこまで細かく作れる?」
「今までのネトゲでアキラが弄ってきた程度にはできるよ。あとは細かい設定もあるけど、制限がかかる」
「どういう?」
「例えば歴戦の猛者を作りたいとして、昔の戦いで足が不自由だという設定を作る。そうしたら実際に移動が遅くなる」
「あー、悪くないけど、どうなんだろうな。設定厨的には完ぺきだけど、ゲームとして遊ぶとストレスになりそう」
「前線を引退し町の安全を見守るとか、今後実装する予定の生産職になるならいいかもね」

 仁たちが開発中のゲームは、現実で出来ないことも出来るように、というのを目指しているらしい。基本のアバターすらそんな考えの元だという。自分の理想の姿で、ただそこに在れたら。
 リアルに戻れなくなりそうだと言えば、どうにかしないとねと笑われた。

 それでオレが作ったのがこの、ツインテールの美少女なわけだ。
 
 薄い金髪には少しピンクが入っている。青い目も同様に少しピンクを混ぜ紫に寄せた。
 作り物だと分かっているけれど、ゲームの中のオレはこれが本物だと錯覚している。爪は小さく、肌は白く、指で突いた頬は柔らかい。
 水溜まりの端を踏めば水面が揺れ自分も揺れた。空では白い雲が動き、後ろの森では鳥の声がする。優しい風が前髪を揺らした。
 開始地点として出された女神像の前。石像は砂っぽいがつるりとしていて、本当に、リアルに戻れなくなりそうだと思った。
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