ファーストフラッシュ

紺色橙

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第四章 ダメな大人

4-7

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 帰り道で雨は止んでしまった。
 殆ど仕事の無かった傘を閉じ階段を上る。
 階段には足跡が残る。

「急いで風呂入れよ。お湯入れるか」
 古く狭い湯船にゆっくり浸かるなんてことは基本的にはしていない。
 でも、夏終わりの暑い中の雨とはいえ、頭から足先まで見事に濡れているのはあまり良くないだろう。
 それなら、多少なりと体を温めてから快適な室内に戻るほうがいい気がする。
「このままだと床が濡れちゃうので、タオル貰ってもいいですか」
「ああ、ならこれ」
 外に行くときに着ていたTシャツを脱いで床に放る。
 濡れたわけではないが傘を差していても当たる雨で湿っぽくなった。
「何だったら今脱いでそのまま風呂な」
 玄関に立ったままの雪をおいて、少しのお湯を張ろうと風呂場に向かった。

 
 この団地の建物自体は築4.50年だと思うが、まさかこの風呂までそうだとは思わない。
 ただ明らかに狭い。
 自動で湯量の設定できない風呂にお湯を出す。
 手で直接触って温度の確認。
 あんまり熱いのもこの季節嫌だろうし、ぬるいくらいでもいいだろうか。

 視界の端に入る裸の雪を確認し、お湯から手を出し水をパッパと払った。
「雪、背伸びた?」
 裸足でしっかりと立ち、久しぶりに見た裸の雪は記憶の中よりも背が高い。そして以前よりも肉がついた。
 どちらもちゃんと食っている証拠だろう。
 水溜まりの出来そうな鎖骨はまだあるが、浮き出た肋骨はもう無い。
 骨にそのまま皮を張り付けたような体は、どうにか肉に守られ始めているらしい。
「お湯少なかったらもっと入れて」
 流れ落ちるお湯は止めていない。
 風呂のドアに立つ雪をすり抜け部屋に戻ろうとしたところで、ケースケさん、と呼ばれた。
 雨で張り付いた髪が邪魔そうでかき上げてやる。
「一緒に入りませんか」
「は?」
 思ってもいない誘いに変な声が出た。
 全裸の雪と半裸の俺。
 冷静に見てみるとなんだかよくないようで、とたんに気まずくなる。
「こんな狭いとこ2人で入らねーよ。早く雨流しといで」


 気まずさを覚えたことにドキドキした。
 あんな"お誘い"を受けると思っていなかったし、瞬間、勝手に想像をしてしまった自分に恥ずかしくもなった。

 湿った服を着替え洗濯機に放り込む。
 ゲリラ豪雨なんていつあるかわからないから、折り畳み傘を買ってやろう。
 バイト先に置き傘が出来たほうが良いだろうか。いや邪魔だろう。
 濡れるのを心配して電話に出れなかったみたいだから防水のケースでも探そうか。
 傘があればそんな心配も要らないか?
 そんなことを先ほどの自分を隠すように考える。

 なんとなく、もうわかっている。
 自分が気付かない振りをしていたことに気付いている。
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