ファーストフラッシュ

紺色橙

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第四章 ダメな大人

4-5

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 もし雪がいなくなってしまったら、寂しいと思った。


 レンチンした冷凍ご飯。26cmのフライパンで作られた親子丼。
「最近はそんなのあるんだなぁ」
 朝日堂夫妻のお宅で何をしていたのかを聞く夕飯。
「一人でも組み立てられるけど、やっぱり支えがあるほうが安心かなとは思います」
 赤ちゃんがくるということで拭き掃除をして、レンタルしたベビーベッドの組み立てを手伝い、1メートルほどの背丈の冷凍庫を整理し冷凍食品を作ってきたのだという。
「そーいうの絶対買うもんだと思ってた」
「レンタルだからってすごく安いわけでもないけど、要らなかったら邪魔になっちゃうからだって言ってました」
 リストアップされた赤ちゃん用品を買うか買わないか、きっとひたすら考えたんだろう。

 丼一つの夕飯では多少の食い足りなさがあった。
 それでも空腹は満たされたわけで、まぁいいかと片付ける。
「依子さんが入院中の明日と明後日はお店をやるそうなので行ってきます。そのあと一週間は休むって」
「退院が明々後日とか?」 
「予定としてはそうらしいです」

 皿が二つとフライパンが一つ。まな板と包丁。洗い物はいたって少ない。
 ざぁ、と出した水は生温い。
 昼間の熱が残っているせい。
「あの、ケースケさん」
 5分もかからない皿洗い。
 風呂に入る準備は済ませたらしい雪に声をかけられた。
 小さな水切り籠は2人分だと狭すぎるかもしれない。
「さっきの、あの」
「うん?」
 きっと風呂で最初に出る水も生温い。
「オレが、ハタチになったら……もう一度好きって言ってもいいですか」
 手を拭き振り返れば、目を合わせない雪が俯きがちにそう言った。

 良いとも悪いとも返事を返す前に、そのまま風呂に行ってしまう。
 黙ってしまったのが悪かったかもしれない。
 俺は雪がいなくなってしまったら寂しいと思った。
 でもそれを口にしこの家にいさせる事は、俺に好きだと言った雪からすれば、OKの返事にも等しいだろうか。
 俺は以前未成年には手を出さないと言った。
 よくわからない先延ばしの口から出た言葉。
 雪を子ども扱いして、その『好き』を取り合わないためだと思ったけれど……。

 雪は子供だと思う。
 年齢がまず19歳だ。
 初めて会った時はまだ高校を卒業したばかりで、そんなの実質高校生に等しい。
 学生なんて子供だ。
 でも子供だからと曖昧な返事をするのは良くないだろう。
 成人したらいいというのなら、好きという思い自体は受け入れるべきで、成人してもダメだというのなら今はっきりと断るべきなんだろう。
 振った相手の所に、残るような奴だとも思わないが。
 
 彼女がいたのは高校生の時だ。それ以降は一切いない。
 一人暮らしを始めたのも高校卒業してから。
 家に呼ぶような友達もいない。
 少しばかり長い一人暮らしの期間に寂しさを覚えたのかもしれない。
 だから俺は雪を、他の誰でもいいのに手近な雪を留めておきたいと思っているんじゃないか。
 雪がいなくなることが寂しいんじゃなくて、誰でもよくて――。

 そもそも、俺は男と付き合ったことがない。
 女と付き合ったことも、片手で足りるほどしかない。
 そんな人間に恋だとか愛だとか、本当はとてつもなく難しい。

 雪に同情をして、可哀想だと思って、自分が寂しいからここに残ってもらって。
 そして代償のようにあいつ一人分くらいはどうにかしてやる。
 俺はあいつが求めているのは父親の代わりだと思っている。
 だからただ金と場所を与えて共同生活をするのなら、父親っぽい役割を果たしてやることは出来ると思う。
 でもはっきりと俺に好きだと言ったあいつのその想いを否定したら、出ていくだろう。
 俺はあいつが求めているものは父親だと思うけど、雪はその想いを恋心だと思っている。
 そのズレを直せるんだろうか。
 お前は父親の代わりを求めているんであってそれは恋じゃないよと言えば、雪は納得して恋心を捨てここに残るだろうか。
 それとも俺の必要が無くなって、出ていくだろうか。
 俺はあいつの父親に似てるところがあるのかもしれない。
 同じように年上で男の、親切な冴木さんには抱かなかった想いを俺に抱いたというのなら、何かしら俺にはあいつの父親を彷彿とさせるところがあるんだろう。
 直接見たことも話したことも無いから、わからないけれど。
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