41 / 52
第四章 ダメな大人
4-4
しおりを挟む
店長から電話を受け、雪は店ではなく店長の家に行くようだった。
住所を聞きメモを取る。
スマホの地図でそこを映し出してやれば、雪はこの家からのルートを入念に確認していた。
出産を無事に終えた奥さんはまだ病院にいるという。
付き添っていた店長は家に戻り、赤ちゃんと奥さんが帰る準備をしていた。
雪はその手伝いに呼ばれていた。
慌ただしかった数日分の片付けの手伝いをしにいくという。
家事が得意だと言ってもいい雪はきっと役に立つだろう。
休みの日だというのに自分が出かけてしまうことを雪は少し申し訳なく思うようだった。
行っておいで、ちゃんと水分買ってから行けよと送り出す。
雪がスタートさせた洗濯機の回る音を聞きながらテレビをつけた。
クーラーをつけていても夏の日は高く、外にいたらきっと眩暈がするほど暑いだろう。
用意してもらった飯を食い、音を立てて終わりを告げた洗濯機をしばらく放置していると何とも不思議な気分だった。
日曜日のだらしのないお父さんのような、想像上の生き物。
夕方には帰ってくるだろうと無意識に雪の行動を決めつけ、それまで何をしていようかと開放的なような寂しいような気がした。
最近ずっと雪が家にいたものだから、自分一人に不自然さを覚える。
なんだか時間を持て余しているような。
食い終わった食器を片付け洗濯物を干す。
乾燥機よりも外の方が早いだろう。急ぐ用事もないけれど。
掃除機もかけ、雪がしているように布団も干した。
以前は何をしていたっけと、見もしないテレビの前に戻ってテーブルに頬杖をつく。
くそ暑い最中に外に出る気はない。
雪は大丈夫だろうか。
覗き見たスケッチブックはまだまだあった。
筆はどうだろうか。使いにくいとかはないのか。
チューブ絵具ではなく色鉛筆型に変わったものはどうだろう。
やっぱり好きな色だけ既に減っているだろうか。
一まとめにされている道具を手に取る。
筆先が広がっていることもなく、まだ水彩色鉛筆は減っていない。
ブランドによって違いはあるだろうから、もっと違うものを今度選ばせた方がいいかもしれない。
細かいところを描きたいならもっと細い筆が必要だし。
夕飯はどうしようか。買ってこようか。
雪が何時に帰ってくるかわからないし、俺が作って待っていようか。
長年一人暮らしをしていても全く身につかなかった料理スキルを発揮しても、きっと雪は文句なく食うだろう。
茹でただけのパスタに出来合いのソースをかければ、その方が安全。
でも最近は自分の家の在庫も知らない。
全部任せてしまっている。
「ああ、」
納得するように声が漏れた。
いつでも雪は出ていける。
分かっているように家事もできるし外で仕事もできる。
いつのまにか雪に整えられ管理された家に慣れてしまったのは自分の方だ。
ただ居心地が良いとあいつを認め褒めるだけでなく、既にこれが当然だと思っている。
いつ帰ってくるのかと親を待ちわびる幼子のように帰宅を気にするのは、もう自分の方なのだ。
だらだらしていたらいつの間にか日は暮れていた。
外に干していた上掛けをはたいて取り込む。
それをベッドに放り投げると玄関の扉が閉まる音がした。
「おかえり」
急いで部屋に入ってきた雪は、夕方になっても残る熱気を遮るように窓を閉めた俺を見つけ頭を下げた。
「ごめんなさい。すぐご飯作ります」
そういえば夕飯どうするかと昼間に考えていた気がする、と寝る前のことを思い出す。
だらしなく昼寝したものだから何もしていない。
「どっか食いにいこーぜ。何がいい? ラーメン? ハンバーグ?」
「ごめんなさい」
「別に作れないときは作らなくていいよ。てか俺が買ってくるか作ろうと思ってたんだけど、寝てて何もしてない」
「野菜も肉もあるしすぐにやります」
「いいって」
「でも」
雪は頑なだった。
「なぁ雪」
外は暑いし、作ってくれるというのなら急がずに待っていてもいいだろう。
「うちにいてよ」
夕方に帰ってくるだろうという予想のままに、ちゃんと雪は帰ってきた。
言われた雪は瞬きをして、何のことかと考えているようだった。
夕飯のラーメンの話ではない。
「なんか前ほら、お前が出て行かなきゃいけないとかなんとか話したけど……」
俺はこの家にいたらいい、と言ったんだ。
いたらいい、と。
「うちにいて」
俺は許可を出すんじゃなくて、お願いする側だった。
住所を聞きメモを取る。
スマホの地図でそこを映し出してやれば、雪はこの家からのルートを入念に確認していた。
出産を無事に終えた奥さんはまだ病院にいるという。
付き添っていた店長は家に戻り、赤ちゃんと奥さんが帰る準備をしていた。
雪はその手伝いに呼ばれていた。
慌ただしかった数日分の片付けの手伝いをしにいくという。
家事が得意だと言ってもいい雪はきっと役に立つだろう。
休みの日だというのに自分が出かけてしまうことを雪は少し申し訳なく思うようだった。
行っておいで、ちゃんと水分買ってから行けよと送り出す。
雪がスタートさせた洗濯機の回る音を聞きながらテレビをつけた。
クーラーをつけていても夏の日は高く、外にいたらきっと眩暈がするほど暑いだろう。
用意してもらった飯を食い、音を立てて終わりを告げた洗濯機をしばらく放置していると何とも不思議な気分だった。
日曜日のだらしのないお父さんのような、想像上の生き物。
夕方には帰ってくるだろうと無意識に雪の行動を決めつけ、それまで何をしていようかと開放的なような寂しいような気がした。
最近ずっと雪が家にいたものだから、自分一人に不自然さを覚える。
なんだか時間を持て余しているような。
食い終わった食器を片付け洗濯物を干す。
乾燥機よりも外の方が早いだろう。急ぐ用事もないけれど。
掃除機もかけ、雪がしているように布団も干した。
以前は何をしていたっけと、見もしないテレビの前に戻ってテーブルに頬杖をつく。
くそ暑い最中に外に出る気はない。
雪は大丈夫だろうか。
覗き見たスケッチブックはまだまだあった。
筆はどうだろうか。使いにくいとかはないのか。
チューブ絵具ではなく色鉛筆型に変わったものはどうだろう。
やっぱり好きな色だけ既に減っているだろうか。
一まとめにされている道具を手に取る。
筆先が広がっていることもなく、まだ水彩色鉛筆は減っていない。
ブランドによって違いはあるだろうから、もっと違うものを今度選ばせた方がいいかもしれない。
細かいところを描きたいならもっと細い筆が必要だし。
夕飯はどうしようか。買ってこようか。
雪が何時に帰ってくるかわからないし、俺が作って待っていようか。
長年一人暮らしをしていても全く身につかなかった料理スキルを発揮しても、きっと雪は文句なく食うだろう。
茹でただけのパスタに出来合いのソースをかければ、その方が安全。
でも最近は自分の家の在庫も知らない。
全部任せてしまっている。
「ああ、」
納得するように声が漏れた。
いつでも雪は出ていける。
分かっているように家事もできるし外で仕事もできる。
いつのまにか雪に整えられ管理された家に慣れてしまったのは自分の方だ。
ただ居心地が良いとあいつを認め褒めるだけでなく、既にこれが当然だと思っている。
いつ帰ってくるのかと親を待ちわびる幼子のように帰宅を気にするのは、もう自分の方なのだ。
だらだらしていたらいつの間にか日は暮れていた。
外に干していた上掛けをはたいて取り込む。
それをベッドに放り投げると玄関の扉が閉まる音がした。
「おかえり」
急いで部屋に入ってきた雪は、夕方になっても残る熱気を遮るように窓を閉めた俺を見つけ頭を下げた。
「ごめんなさい。すぐご飯作ります」
そういえば夕飯どうするかと昼間に考えていた気がする、と寝る前のことを思い出す。
だらしなく昼寝したものだから何もしていない。
「どっか食いにいこーぜ。何がいい? ラーメン? ハンバーグ?」
「ごめんなさい」
「別に作れないときは作らなくていいよ。てか俺が買ってくるか作ろうと思ってたんだけど、寝てて何もしてない」
「野菜も肉もあるしすぐにやります」
「いいって」
「でも」
雪は頑なだった。
「なぁ雪」
外は暑いし、作ってくれるというのなら急がずに待っていてもいいだろう。
「うちにいてよ」
夕方に帰ってくるだろうという予想のままに、ちゃんと雪は帰ってきた。
言われた雪は瞬きをして、何のことかと考えているようだった。
夕飯のラーメンの話ではない。
「なんか前ほら、お前が出て行かなきゃいけないとかなんとか話したけど……」
俺はこの家にいたらいい、と言ったんだ。
いたらいい、と。
「うちにいて」
俺は許可を出すんじゃなくて、お願いする側だった。
1
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。


好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる