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第四章 ダメな大人
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目が覚めると雪は先に起きていて、着替えも済ませていた。
俺が起きるにはまだ早い時間だが、起きてしまおうと立ち上がる。
テーブルに置かれた雪のスマホは真っ黒の画面を映している。
「連絡あった?」
「ないです」
雪は首を横に振る。
「まぁそろそろつっても昨晩だったのかもわかんないからな。何時間かかるのか、何日かかるのか? 俺知らねーしなぁ」
自身に子供が生まれる予定もなく、身近に子供が生まれたこともない。
出産にどれほどの時間を要するのかどんな経過を辿るのか、俺は全く知らない。
そんなのはおそらく独身男性としては一般的だろうと正当化する。
「パン焼きますね」
起きてすぐはあまり食わないが、欠伸をしながら水を飲み、雪が用意してくれる食パンを待つ。
雪のスマホが鳴ることは無く、そのまま仕事の時間になった。
いつもより早く起きた空き時間はだらだらと過ごし、とっくに仕事なんて行きたくなくなっていたけれど。
鍵を閉めて家を出る。
雪は何を思っているのだろうと考える。
ただ優しい夫妻が愛おしいものを大事に思うことに共感しているのだろうか。
それが"母と子"であるとか、"親子"であるとかは気にしていないのだろうか。
幸せに満ちている人を見て幸せを貰う。
そんな純粋さを雪なら持っている気がした。
俺があいつを心配することは、あいつに可哀想な存在であることを強要しているような気さえする。
もしそうなら即刻辞めるべきだ。
でも自分じゃわからない。
実際に、どうしたって、残念だけれど――あいつが俺を頼ればいいのにとは未だに思っている。
あいつ一人分くらい増えたってどうにかしてやれる。
贅沢はさせてやれないけど、それなりにはしてやれると思う。
でもそうして『飼う』みたいなことは本人をないがしろにしている。
出来たらいいと思っていた一人暮らしに必要な家事も働くことも、あいつはすでにできている。
すぐにできるようになった。
そんな人間を捕まえておくのは……。
考えから抜け出せずにいる。
わかっているならやめればいいと、それだけの話なのに進まない。
「だってあいつはもう親がいないも同然じゃないか」
「親に限らず頼れる人がもういないじゃないか」
「だから俺がここにおいてやるのが良いだろう」
「それに俺なら父親の代わりに愛を与えてあげられる」
かもしれない。
言い訳だ。
雪がそうだから、俺がそうする。という言い訳だ。
そもそも、愛ってなんだよ。
俺はキリスト教徒じゃないし、隣人を愛せとかなんだったら全てを愛せとか知ったこっちゃない。
母子家庭で育った俺がそのたった一人の母親と自ら連絡も取らずにいるのに雪に対して何を。
同情なのだろうか。
自分は母子家庭で育った。
父親が死んだのか浮気して出て行ったのかはよく知らない。
ただ親とあまり馬が合わないことだけは事実だ。
何年同じクラスになろうと仲良くなれないクラスメートのように。
あの人と一緒に生活するのはもうやめようと思い家を出た。
俺にも母にもストレスになるだけだろうと、俺が判断した。
出ていくことを言えば母は、「元気でね」とそれだけ言った。
それ以降帰っていないし連絡もしていない。
俺は自主的だ。
雪とは違う。
違うけれど、何か同じ部分を持っていると勝手に思い込んで共感しているんだろうか。
わからない。
仕事が終わり家に帰れば、雪はすでに寝ていた。
閉じられているスケッチブックを開き見る。
新しい水彩画紙の使い勝手は良いだろうか。
まだ大して使われてもいないその中に、男の姿を見る。
ずいぶんとかっこよく描かれた俺だ。
俺は、それを見たかった。
まだ雪が自分を描いてくれていることに安堵した。
俺が起きるにはまだ早い時間だが、起きてしまおうと立ち上がる。
テーブルに置かれた雪のスマホは真っ黒の画面を映している。
「連絡あった?」
「ないです」
雪は首を横に振る。
「まぁそろそろつっても昨晩だったのかもわかんないからな。何時間かかるのか、何日かかるのか? 俺知らねーしなぁ」
自身に子供が生まれる予定もなく、身近に子供が生まれたこともない。
出産にどれほどの時間を要するのかどんな経過を辿るのか、俺は全く知らない。
そんなのはおそらく独身男性としては一般的だろうと正当化する。
「パン焼きますね」
起きてすぐはあまり食わないが、欠伸をしながら水を飲み、雪が用意してくれる食パンを待つ。
雪のスマホが鳴ることは無く、そのまま仕事の時間になった。
いつもより早く起きた空き時間はだらだらと過ごし、とっくに仕事なんて行きたくなくなっていたけれど。
鍵を閉めて家を出る。
雪は何を思っているのだろうと考える。
ただ優しい夫妻が愛おしいものを大事に思うことに共感しているのだろうか。
それが"母と子"であるとか、"親子"であるとかは気にしていないのだろうか。
幸せに満ちている人を見て幸せを貰う。
そんな純粋さを雪なら持っている気がした。
俺があいつを心配することは、あいつに可哀想な存在であることを強要しているような気さえする。
もしそうなら即刻辞めるべきだ。
でも自分じゃわからない。
実際に、どうしたって、残念だけれど――あいつが俺を頼ればいいのにとは未だに思っている。
あいつ一人分くらい増えたってどうにかしてやれる。
贅沢はさせてやれないけど、それなりにはしてやれると思う。
でもそうして『飼う』みたいなことは本人をないがしろにしている。
出来たらいいと思っていた一人暮らしに必要な家事も働くことも、あいつはすでにできている。
すぐにできるようになった。
そんな人間を捕まえておくのは……。
考えから抜け出せずにいる。
わかっているならやめればいいと、それだけの話なのに進まない。
「だってあいつはもう親がいないも同然じゃないか」
「親に限らず頼れる人がもういないじゃないか」
「だから俺がここにおいてやるのが良いだろう」
「それに俺なら父親の代わりに愛を与えてあげられる」
かもしれない。
言い訳だ。
雪がそうだから、俺がそうする。という言い訳だ。
そもそも、愛ってなんだよ。
俺はキリスト教徒じゃないし、隣人を愛せとかなんだったら全てを愛せとか知ったこっちゃない。
母子家庭で育った俺がそのたった一人の母親と自ら連絡も取らずにいるのに雪に対して何を。
同情なのだろうか。
自分は母子家庭で育った。
父親が死んだのか浮気して出て行ったのかはよく知らない。
ただ親とあまり馬が合わないことだけは事実だ。
何年同じクラスになろうと仲良くなれないクラスメートのように。
あの人と一緒に生活するのはもうやめようと思い家を出た。
俺にも母にもストレスになるだけだろうと、俺が判断した。
出ていくことを言えば母は、「元気でね」とそれだけ言った。
それ以降帰っていないし連絡もしていない。
俺は自主的だ。
雪とは違う。
違うけれど、何か同じ部分を持っていると勝手に思い込んで共感しているんだろうか。
わからない。
仕事が終わり家に帰れば、雪はすでに寝ていた。
閉じられているスケッチブックを開き見る。
新しい水彩画紙の使い勝手は良いだろうか。
まだ大して使われてもいないその中に、男の姿を見る。
ずいぶんとかっこよく描かれた俺だ。
俺は、それを見たかった。
まだ雪が自分を描いてくれていることに安堵した。
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