ファーストフラッシュ

紺色橙

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第三章 捨てる、捨てない

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 注文していたのが届いたと頂いた白いコックシャツ。どうかぶるのが正しいのか知らない黒いベレー帽。
 ソムリエエプロンを緩まないようにギュっと締めた。
「それらしくていいかと思って」と店長の語る制服は、ケーキ屋さんを始める時に決めたらしい。
 店長には店長と名札がついていて、オレには名字だけ。
 全く同じ服で違いはそこしかない。
「あんたの腹が出てるのがよくわかるわ」と店長の腹を叩き奥さんは言った。

 クリスマスという繁盛時限定のバイト募集に運よく採用してもらったオレは、他に働けるところを知らなかった。
 だから働かなければと思った時にここしか浮かばず、その勢いで何も考えないまま再びここに来た。
 小さな個人店にバイトは必要ない。
 今まで店長と奥さんの二人でやってきたこの店は、年末に状況が変わったのだという。
「私が少し休もうと思って」
 今まで朝から晩まで働いていた依子さんが半分は休むことになるのだ。
「赤ちゃんができたの。安定期もきてないんだからまだ内緒よ」
 かわいらしくお茶目に言われたそのお腹はまだ平たい。
「よろしくね」
「はい」
 依子さんのお腹に赤ちゃんがいると聞かされたとき、ドキっとした。
 絶対に依子さんに無理させちゃいけないと体に力が入る。
 それが見て取れたのだろう。
「昔から風邪もひかないんだからそんなに心配しなくていいわよ」
 依子さんは明るく笑った。
「でも私ももう39なの。この子が生まれる時には40よ。だから、大げさなほどに慎重でも良いんじゃないかってあの人が言うの」
 店長は依子さんのことを気遣う。
 まだ2回しか病院に行ってもいないわという依子さんに、最初から最後まで気を抜けるところはないだろうと叫ぶように伝える。
 それにもう40だぞと、二人とも年を気にしていた。

 オレがここに押しかけたとき、最低1年任せたいと言われた。
 もちろん長いこと働ける方が良いとオレは答えた。
 1年は妊娠の期間。
 採用されてから話を聞いた。
 何かあった時にはオレが病院に連絡もできるようにと、店の案内より先にコルクボードに張られた電話番号を教えてもらった。
 すごく期待されている。
 きちんとしなければと緊張した。


 1年経てばオレは20歳になる。
 ケースケさんに、成人したらまた好きだと伝えたいと思っている。
 それまでにケースケさんに恋人ができて、追い出されてしまうかもしれないけれど。
 追い出されるのが先なのか、自分が出ていくのが先なのか、わからない。
 一人暮らし=自立として見るならばオレは早いうちに出ていくほうがいい。
 けど未だに決められずにいる。
 あの日から2週間経つのに、未だに。
 家探しだってケースケさんは手伝ってくれると思う。
 常識のないオレを心配してくれる。
 でもオレは、その心配を受けたくない。

 もう一人で大丈夫だなと思われたくない。
 でも大丈夫だと思われなければオレは子ども扱いされたまま。
 構ってほしい。
 子ども扱いされたくない。
 相反した思いのまま時だけが過ぎる。

 オレが必要だとケースケさんに思ってほしかった。
 必要だったら子供だろうと大人だろうとここにいさせてくれるだろう。
 だから、ここで働いたお金をケースケさんに渡して、ケースケさんが美味しいと言ってくれるご飯を作って、ケースケさんが返ってきた時に寒くないように家を温めておかなければ。
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