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第二章 露呈
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雪の服を買った。
あまり服に興味のない俺としてはどれでもいいという思いもあったが、俺が適当に選んでしまうときっと雪はずっとそれを着続ける。
最近はあいつから俺に話しかけてくることも多くなったが、遠慮は大して減っていない。
夏には「また熱中症になって俺の家で倒れたらどうするんだ」と脅して冷房をつけさせた。
最近では「目が悪くなって埃が見えなくなったら綺麗に掃除できないだろう」とか、「寒暖差で風邪ひいたら薬代がかかる」とか言って電気をつけさせたり寒くなれば暖房がつけられるようにしている。
父親と"合わなかった"雪は自分をささいな存在だと思っている。
俺がもし同じ立場だったなら生きていただろうかと考える。
家に居場所がなく、息を殺し贅沢もせずに生きていたら、未来に足を進めたがっただろうか。
いつ金を貰えるかわからないから、机の上にたまに置かれる金を大事に大事に使っていたという雪は、いつも買い物の時にしっかりと金を握り財布にしまう。
買い物への道中で何度も手を財布に伸ばすのに気づいた時、最初何をしているのかと思った。
忘れ物でもあるのかと。
でもあいつはいつも財布の確認をしていただけだった。
無くしていないかそれがただ心配で。
もしお金をなくしていたら……生きていけない。
だから俺はいつも、俺の財布に金があるから大丈夫だと言う。
もし雪が財布を落としてしまっても、俺が金を持っているからちゃんと買えるって。
自分が頼られていることに優越感と喜びを覚える。
大金を用意できない俺は、それでも冴木に勝ったのだと、選ばれたのだと。
あいつを憐れむのは良いことだろうか。
あいつに良くしてやりたいと思うのに、自分という偽善者を自分が冷ややかに見ている。
雪が大人しく、俺に従うからだろう。
自分の支配下にあるから俺はあいつに親切な振りをしているのだろう。
あいつが父親に押さえつけられ反抗的な態度というものを持っていないから――。
「飯もうまいし掃除洗濯もできるし、一人で生きていけるな」
定期的に俺はそう言った。
いつか雪がその言葉を受けて、出ていくんじゃないかと思った。
出ていくのを期待しているのか、残るのを期待しているのか。
言われる度に雪は曖昧に笑った。
買っておいた冬用のコートを着る頃、寒いのか雪は俺に引っ付いて寝るようになった。
俺は雪の布団をベッドに引き摺り上げる。
1枚の上掛けは二人分には狭く、脅しでなく本当に風邪をひいてしまうだろう。
「ケースケさん、俺、髪を切りたいです」
夜の静寂の中、いつの間にか起きていた雪がベッドに入り込む俺に声をかけた。
背中越しに声がする。
「ん? 金ある?」
「あります」
頭がくっつくほどに張り付かれている。
俺は振り向きもせずに話す。
「じゃあ行ってきな。もっと早くに行ってもよかったのに」
すっかり伸びた髪は坊主頭の面影を無くしている。
「また、坊主にすんの?」
「はい」
「何で?」
不思議だった髪型。
「邪魔だから」
邪魔だというのならもっと早くに切っても良かっただろう。
「お前が坊主の方が頭洗うのとか楽でいいっていうなら、いいけど」
利点はあるだろう。
実際に短くしていれば頭を洗うのも乾かすのも早いし便利ではある。
だけども今まで半年間ほっといていたのだ。
これも遠慮の内だったんじゃないか?
髪を切る金を遠慮していたんじゃないか?
それに、
「お前今の方が似合ってるよ。坊主より」
あまり髪を切れないから選択肢を無くしていたというのならぱそれは悲しい話だ。
寝返りを打てば伸びた髪が視界に入る。
ずれる布団を引っ張り起こす。
「目にかかってるのは切ったほうが良いけどな」
細い体と目にかかる髪の毛は、見るからに不健康そうだ。
なんとはなしに横たわる手首を掴む。
3月に比べれば肉はついただろうか。ついたと思う。
あの時は掴んだこっちが痛くなるような骨っぽさだった。
多少肉がついたのなら、ちゃんと食えているということだ。
「ケースケさん」
「ああ、悪い。ちゃんと食えてるかなと思って」
俺の家に来てちゃんと食えているというのなら、俺は正しい環境を与えてやれているのだろう。
「髪切るでも何か買うでも、好きにしな」
あまり服に興味のない俺としてはどれでもいいという思いもあったが、俺が適当に選んでしまうときっと雪はずっとそれを着続ける。
最近はあいつから俺に話しかけてくることも多くなったが、遠慮は大して減っていない。
夏には「また熱中症になって俺の家で倒れたらどうするんだ」と脅して冷房をつけさせた。
最近では「目が悪くなって埃が見えなくなったら綺麗に掃除できないだろう」とか、「寒暖差で風邪ひいたら薬代がかかる」とか言って電気をつけさせたり寒くなれば暖房がつけられるようにしている。
父親と"合わなかった"雪は自分をささいな存在だと思っている。
俺がもし同じ立場だったなら生きていただろうかと考える。
家に居場所がなく、息を殺し贅沢もせずに生きていたら、未来に足を進めたがっただろうか。
いつ金を貰えるかわからないから、机の上にたまに置かれる金を大事に大事に使っていたという雪は、いつも買い物の時にしっかりと金を握り財布にしまう。
買い物への道中で何度も手を財布に伸ばすのに気づいた時、最初何をしているのかと思った。
忘れ物でもあるのかと。
でもあいつはいつも財布の確認をしていただけだった。
無くしていないかそれがただ心配で。
もしお金をなくしていたら……生きていけない。
だから俺はいつも、俺の財布に金があるから大丈夫だと言う。
もし雪が財布を落としてしまっても、俺が金を持っているからちゃんと買えるって。
自分が頼られていることに優越感と喜びを覚える。
大金を用意できない俺は、それでも冴木に勝ったのだと、選ばれたのだと。
あいつを憐れむのは良いことだろうか。
あいつに良くしてやりたいと思うのに、自分という偽善者を自分が冷ややかに見ている。
雪が大人しく、俺に従うからだろう。
自分の支配下にあるから俺はあいつに親切な振りをしているのだろう。
あいつが父親に押さえつけられ反抗的な態度というものを持っていないから――。
「飯もうまいし掃除洗濯もできるし、一人で生きていけるな」
定期的に俺はそう言った。
いつか雪がその言葉を受けて、出ていくんじゃないかと思った。
出ていくのを期待しているのか、残るのを期待しているのか。
言われる度に雪は曖昧に笑った。
買っておいた冬用のコートを着る頃、寒いのか雪は俺に引っ付いて寝るようになった。
俺は雪の布団をベッドに引き摺り上げる。
1枚の上掛けは二人分には狭く、脅しでなく本当に風邪をひいてしまうだろう。
「ケースケさん、俺、髪を切りたいです」
夜の静寂の中、いつの間にか起きていた雪がベッドに入り込む俺に声をかけた。
背中越しに声がする。
「ん? 金ある?」
「あります」
頭がくっつくほどに張り付かれている。
俺は振り向きもせずに話す。
「じゃあ行ってきな。もっと早くに行ってもよかったのに」
すっかり伸びた髪は坊主頭の面影を無くしている。
「また、坊主にすんの?」
「はい」
「何で?」
不思議だった髪型。
「邪魔だから」
邪魔だというのならもっと早くに切っても良かっただろう。
「お前が坊主の方が頭洗うのとか楽でいいっていうなら、いいけど」
利点はあるだろう。
実際に短くしていれば頭を洗うのも乾かすのも早いし便利ではある。
だけども今まで半年間ほっといていたのだ。
これも遠慮の内だったんじゃないか?
髪を切る金を遠慮していたんじゃないか?
それに、
「お前今の方が似合ってるよ。坊主より」
あまり髪を切れないから選択肢を無くしていたというのならぱそれは悲しい話だ。
寝返りを打てば伸びた髪が視界に入る。
ずれる布団を引っ張り起こす。
「目にかかってるのは切ったほうが良いけどな」
細い体と目にかかる髪の毛は、見るからに不健康そうだ。
なんとはなしに横たわる手首を掴む。
3月に比べれば肉はついただろうか。ついたと思う。
あの時は掴んだこっちが痛くなるような骨っぽさだった。
多少肉がついたのなら、ちゃんと食えているということだ。
「ケースケさん」
「ああ、悪い。ちゃんと食えてるかなと思って」
俺の家に来てちゃんと食えているというのなら、俺は正しい環境を与えてやれているのだろう。
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