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第二章 露呈
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あの日から頻繁に雪はここに来るようになった。
2度目には家の前に座っていた。
3度目にはバイトのシフトを教え、次は自分が帰ってから来るようにと伝えた。
前回から一週間と経たずに家に来る雪に、5度目、合いカギを渡した。
夜の湿度は高く、気温はまだまだ下がらない。
「冴木はお前がここに来ることをどう思ってんの?」
「わからないです。今度聞いてきます」
お前は?
お前は何を思ってここに?
それを聞くのはダメかと口には出さなかった。
のっぺらぼうだった俺を絵に描き記した雪が、何度もここに来る理由はない。
だからもし雪がここを逃げ場として見ているのなら、それを聞くことで俺から拒絶されたと感じるんじゃないか。
実際はわからないが、痣の一つも持たないこいつがそれでも今の生活からもし逃げたいと思っているのなら。
***
「好きにしなさいって言われました。今までのように冴木さんの家にいてもいいし、どこかに行ってもいいって」
テーブルに置かれた5000万の通帳。
今まで見たこともない額を何度も数える。
冴木はこの額を雪に渡してきた。
なぜこんなに大金を?
さすがにこれは連絡を取らないとどうにもならないだろう。
でもその前に、こいつは?
「お前はどうするんだよ。うちに来るのか?」
合いカギを使ってうちに入るようになった雪は、前と同じように家を掃除して絵を描いて俺の帰りを待っていた。
「ここに来ても、いいんですか」
喉を詰まらせるように引っかかった声が絞り出される。
5000万あればどこにだって行ける。
俺に頼らずともどこにだって。
それでもここを選ぶというのなら。
「おいで」
その時初めて、雪の嬉しそうな顔を見た。
冴木宛に手紙を書いた。
レターセットなんてものはなく、雪のスケッチブックを破りただ折ったもの。
雪はそれと交換に冴木からの返事と、あの時のように少ない荷物を持ってきた。
「これからは同居人だからな」
世話という世話をこいつにした覚えはないが、春はあくまでもバイトの相手だった。
うちに泊めてやっている、立場だった。
でももう違う。
「何でもいいじゃなくて俺とちゃんと話し合うこと。分からなければ聞いたり協力すること」
いいな? と確認すれば雪はハイ、と歯切れのいい返事をした。
こいつが来るのなら、俺はいい加減まともに働かないといけない。
貰ってきた5000万の猶予はあれど食うに困らせるのは可哀想だし、服なんかやはり前に買ってやったやつのままだったし、何よりこの団地もいずれ取り壊される。
たった2万円で借りているこの賃貸を出ていけば家賃だけでもっとかかる。
連絡手段のないこいつにスマホも持たせないといけない。
取り壊しの前に引っ越すのはやぶさかではないが、働き先が決まっていない段階でこいつを連れまわすのはどうだろう。
あっちこっちふらふらと転居していたら、冴木の所に帰りたくなった時に困るだろう。
それなら今の団地から通えそうなところで仕事を探そうか。
駅は遠くないし電車で通える距離なら。
学歴も資格もないがどうにかなるだろうか。
どうにかするしかない。
あの骨だけのような体に、せめて肉がつくくらいには食わせてやらないと。
2度目には家の前に座っていた。
3度目にはバイトのシフトを教え、次は自分が帰ってから来るようにと伝えた。
前回から一週間と経たずに家に来る雪に、5度目、合いカギを渡した。
夜の湿度は高く、気温はまだまだ下がらない。
「冴木はお前がここに来ることをどう思ってんの?」
「わからないです。今度聞いてきます」
お前は?
お前は何を思ってここに?
それを聞くのはダメかと口には出さなかった。
のっぺらぼうだった俺を絵に描き記した雪が、何度もここに来る理由はない。
だからもし雪がここを逃げ場として見ているのなら、それを聞くことで俺から拒絶されたと感じるんじゃないか。
実際はわからないが、痣の一つも持たないこいつがそれでも今の生活からもし逃げたいと思っているのなら。
***
「好きにしなさいって言われました。今までのように冴木さんの家にいてもいいし、どこかに行ってもいいって」
テーブルに置かれた5000万の通帳。
今まで見たこともない額を何度も数える。
冴木はこの額を雪に渡してきた。
なぜこんなに大金を?
さすがにこれは連絡を取らないとどうにもならないだろう。
でもその前に、こいつは?
「お前はどうするんだよ。うちに来るのか?」
合いカギを使ってうちに入るようになった雪は、前と同じように家を掃除して絵を描いて俺の帰りを待っていた。
「ここに来ても、いいんですか」
喉を詰まらせるように引っかかった声が絞り出される。
5000万あればどこにだって行ける。
俺に頼らずともどこにだって。
それでもここを選ぶというのなら。
「おいで」
その時初めて、雪の嬉しそうな顔を見た。
冴木宛に手紙を書いた。
レターセットなんてものはなく、雪のスケッチブックを破りただ折ったもの。
雪はそれと交換に冴木からの返事と、あの時のように少ない荷物を持ってきた。
「これからは同居人だからな」
世話という世話をこいつにした覚えはないが、春はあくまでもバイトの相手だった。
うちに泊めてやっている、立場だった。
でももう違う。
「何でもいいじゃなくて俺とちゃんと話し合うこと。分からなければ聞いたり協力すること」
いいな? と確認すれば雪はハイ、と歯切れのいい返事をした。
こいつが来るのなら、俺はいい加減まともに働かないといけない。
貰ってきた5000万の猶予はあれど食うに困らせるのは可哀想だし、服なんかやはり前に買ってやったやつのままだったし、何よりこの団地もいずれ取り壊される。
たった2万円で借りているこの賃貸を出ていけば家賃だけでもっとかかる。
連絡手段のないこいつにスマホも持たせないといけない。
取り壊しの前に引っ越すのはやぶさかではないが、働き先が決まっていない段階でこいつを連れまわすのはどうだろう。
あっちこっちふらふらと転居していたら、冴木の所に帰りたくなった時に困るだろう。
それなら今の団地から通えそうなところで仕事を探そうか。
駅は遠くないし電車で通える距離なら。
学歴も資格もないがどうにかなるだろうか。
どうにかするしかない。
あの骨だけのような体に、せめて肉がつくくらいには食わせてやらないと。
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