ファーストフラッシュ

紺色橙

文字の大きさ
上 下
15 / 52
第二章 露呈

2-2

しおりを挟む
 あの日から頻繁に雪はここに来るようになった。

 2度目には家の前に座っていた。
 3度目にはバイトのシフトを教え、次は自分が帰ってから来るようにと伝えた。

 前回から一週間と経たずに家に来る雪に、5度目、合いカギを渡した。
 夜の湿度は高く、気温はまだまだ下がらない。

「冴木はお前がここに来ることをどう思ってんの?」
「わからないです。今度聞いてきます」
 お前は?
 お前は何を思ってここに?
 それを聞くのはダメかと口には出さなかった。
 のっぺらぼうだった俺を絵に描き記した雪が、何度もここに来る理由はない。
 だからもし雪がここを逃げ場として見ているのなら、それを聞くことで俺から拒絶されたと感じるんじゃないか。
 実際はわからないが、痣の一つも持たないこいつがそれでも今の生活からもし逃げたいと思っているのなら。



***



「好きにしなさいって言われました。今までのように冴木さんの家にいてもいいし、どこかに行ってもいいって」
 テーブルに置かれた5000万の通帳。
 今まで見たこともない額を何度も数える。
 冴木はこの額を雪に渡してきた。
 なぜこんなに大金を?
 さすがにこれは連絡を取らないとどうにもならないだろう。
 でもその前に、こいつは?
「お前はどうするんだよ。うちに来るのか?」
 合いカギを使ってうちに入るようになった雪は、前と同じように家を掃除して絵を描いて俺の帰りを待っていた。
「ここに来ても、いいんですか」
 喉を詰まらせるように引っかかった声が絞り出される。
 5000万あればどこにだって行ける。
 俺に頼らずともどこにだって。
 それでもここを選ぶというのなら。
「おいで」
 その時初めて、雪の嬉しそうな顔を見た。


 冴木宛に手紙を書いた。
 レターセットなんてものはなく、雪のスケッチブックを破りただ折ったもの。
 雪はそれと交換に冴木からの返事と、あの時のように少ない荷物を持ってきた。



「これからは同居人だからな」
 世話という世話をこいつにした覚えはないが、春はあくまでもバイトの相手だった。
 うちに泊めてやっている、立場だった。
 でももう違う。
「何でもいいじゃなくて俺とちゃんと話し合うこと。分からなければ聞いたり協力すること」
 いいな? と確認すれば雪はハイ、と歯切れのいい返事をした。


 こいつが来るのなら、俺はいい加減まともに働かないといけない。
 貰ってきた5000万の猶予はあれど食うに困らせるのは可哀想だし、服なんかやはり前に買ってやったやつのままだったし、何よりこの団地もいずれ取り壊される。
 たった2万円で借りているこの賃貸を出ていけば家賃だけでもっとかかる。
 連絡手段のないこいつにスマホも持たせないといけない。

 取り壊しの前に引っ越すのはやぶさかではないが、働き先が決まっていない段階でこいつを連れまわすのはどうだろう。
 あっちこっちふらふらと転居していたら、冴木の所に帰りたくなった時に困るだろう。
 それなら今の団地から通えそうなところで仕事を探そうか。
 駅は遠くないし電車で通える距離なら。
 学歴も資格もないがどうにかなるだろうか。
 どうにかするしかない。
 あの骨だけのような体に、せめて肉がつくくらいには食わせてやらないと。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...