ファーストフラッシュ

紺色橙

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第一章 3か月

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 賢いやつだ、と思う。
 あいつの父親はきっと、父親だからこそ何も役に立たない幼少時からあいつを抑えていたのだろう。
 18の今では自分のことだけでなく俺が頼んだことだってきちんとこなせるが、お子様にはできなかっただろうし。

 得体のしれないバイトを簡単に受けた。
 その内容が得体のしれない人間相手だったとしても受けた。
 俺は変な奴に殺されても良いと思っていた。
 それがこのタイミングで、この知らない奴だとしても。

 でも実際はおとなしく抑圧された人間が来ただけ。
 俺が雪に対して持っているのは哀れみだ。
 この年になってもバイトしかしておらず、しかもそれも自殺するときになって困らない程度稼いでおけばいいなんて思っている奴よりも『あいつは可哀想なやつだ』と思ったんだ。
 金を貰いこちらが損することはなく、「ありがとう」をただ貰う。
 あるのは哀れみから来る優越感だけ。

「俺が救ってやる」なんてできるヒーローじゃない。
 あいつが申し訳なさそうにしなければ、俺は本当にすぐにでも放り出していただろう。
 でも自分を『良い奴』にしたいことは自覚してる。

 最初は何の裏も表もなく哀れみを持った。
 だけどその継続の裏には優越感がある。

 こんなことで良いのだろうか。
 おかえりなさいと静かな部屋で声がする。
 こんなところに居させていいのだろうか。
 あのおっさんのように金も出してやれない自分。
 いい年して幼い考えを持ったろくでもない独り身。
 雪の利益になることは何もない。
 だけどたった三か月。
 そのたった三か月だけ、俺はあいつに優越感を持って、自分を慰めるのだ。


 今までは『可哀想な子』は遠い世界の話だった。
 例えばアフリカで水汲みに一日を費やす少年だったり、例えば義父に虐待されて死ぬ幼子だったり。
 でも雪が自分の範囲内に転がり込んできて、実父との関係を聞いた。
 それは見聞きしていた遠い世界そのもので、あまりにも近くにその事実が寄ってきたことに多少驚きもした。
 それでも自分には他人の話だ。
 手の届く範囲の話になったけれど、他人の話だ。
 そして同時に、自分は何もそういった自身の非ではない苦しみを持っていないのに、逃げるように世界を遠巻きに見ていることに気が付いた。

 自殺するときのロープや練炭や交通費を稼いでおけばいいと思っていた。
 その最低分の金をもっていざというときに行動しようって。
 でも実際に自殺をすることなんて、自分にはないとわかっていた。
 あくまでもそんなことを――いつでも自分は死ねるなんてかっこつけているだけで、行動することなんてない。
 だって俺は何一つ調べていないし買っていない。
 頭の隅に住んでいる自殺志願者を言い訳に持っていただけ。



 雪に、もっと詳しく聞くことは出来た。
 興味本位で可哀想な子の話を。
 でもあいつは父親をどうにも悪くは言いたくないようだった。
 飯も満足に食わず、サイズの合った服も着ずにいるあいつがそれでも。

 あいつの父親を悪く言うことはいくらでもできる。
 でもお前の父親はクソでどうしようもない悪い奴だと言えば、雪の悲しみは晴れるだろうか。
 あの父親の影から心身共に解放されるだろうか。
 反対に擁護することだって出来るだろう。
 きっと何か事情があったんだ、今まで生きてこれているし高校まで出してくれているじゃないかと。
 どちらがいいのか俺にはわからない。
 どちらがあいつの慰めになるのか。
 そもそもそれは俺がして良いことじゃないんだろう。


 可哀想な子にマウントして優越感を得ている。
 そのために良い人を演じたいと思っている。
 それを自覚している。
 俺がどうにかできるわけじゃないのに、どうにかしてやりたいとどこかで思う。
 でもできるわけがない。
「俺はお前の父親と違ってちゃんとした大人だ」なんて言えない。
 
 自分を嘲笑う自分の声がする。

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