ファーストフラッシュ

紺色橙

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第一章 3か月

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 自分から決定することは無い雪を、俺が居させることに決めた。
 でもそれは3か月という短い間だけ。
 こいつが元の場所に戻った時に少しでもましになればいいと思い、『生活』をさせることにした。

 まずココアの粉と牛乳を買ってきて、電子レンジの使い方を覚えさせた。
 どのくらい熱いか、どれほど加熱したら吹きこぼれるか。
 自分の望む温かさにするまで少しずつ追加加熱させること。
 
 次に洗い物をさせた。
 こびりついたココアのカップを水に浸しておけばスムーズであること。
 しっかり泡を流し落とすこと。自分の手の泡も。

 さらには洗濯。
 使っている洗剤、押すボタン。
 うちにあるのは洗濯乾燥機だから、入れていい量。乾いたものの畳み方。
 埃がたまるからそれの掃除も。

 そして掃除。
 床に置かれたままのものをどかさないといけなくて、片付けるようになった。

 雪は言われたことを完璧にこなした。
 自宅にいる時からやっていたのかと思ったが、そんなことはないという。
 勝手に触れば怒られるから何もしなかったと。
 多少の失敗はあり時間がかかることもあれど、そんなのはすぐにどうにかなるもので、俺が一人で暮らしている時よりも部屋は綺麗になった。

 買い物に行く際、何がいいかと聞く。
 相変わらず何でもよいと答えるあいつに、それでも聞いた。
 もし、自分の意見を言うことも怒られていたのなら、あいつがだんまりなのもそういうことなんだろう。



***



 家のことを任せるようになってから、雪は自分から少しだけ話をするようになった。
 主に自分がやらかしてしまったことの謝罪であるとか、自分がどこに手を付けたかという報告だが。
 今住んでいるのは築40年は経っている取り壊しが予定されている団地だ。
 多少汚くても退去の後は壊されるだけ。
 襖に穴をあけてしまったとか、巾木が削れてしまったとかそんなに気にするものじゃない。
 いい練習じゃないかと、酷い考えだが思ったりする。
 あいつが一人で今後生きていくのに、なるべく失敗がない方がいいだろう。
 必要なことならここで覚えておけばいい。

 飯を買って帰るだけの日々。
 家に帰れば雪が掃除を終わらせていて、快適だなと思いながら眠る。
 メモしておけばおつかいも任せられた。
 一切この家から出なかった、一切あの金に手を付けなかった雪が、たかが一枚のメモがあるだけで買い物に行くのだ。
 自分の好きなものもついでに買ってくればいいのに、いつも買い物の後にはレシートと記載通りのおつりが渡される。
 あの小さくなった鉛筆を買い足せばいいのに。



 暗闇の中で目を覚ます。
 どうやらぼんやりしているうちに眠ってしまったらしい。
 布団でスマホを見てごろごろしていただけだし、まだ朝にすら遠いから起きる必要もない。
 つけているだけで見ていなかったテレビも電気も消され、雪も寝ているようだった。

 ――。

 何かの音がする。
 何かを擦るような小さな音。
 虫だろうか。
 隙間ばかりのこの家で、温かくなってきた今何がいてもおかしくはない。
 暗闇に目が慣れる。
 意識が起き上がる。
 音の出元は?
 布団から起き上がり、リモコンで電気をつけた。
 突然の眩しさに目がくらむ。
 音の出元は?
 ぴたりと止んだ音。
 ベッド隣の布団から雪が顔を出す。
「悪い。なんか目が覚めたら変な音がして」
 その手元にはスケッチブックと鉛筆があった。
「絵描いてた?」
 この暗闇の中で?
 街灯の明かりは入ってくるが電気もつけていない暗闇で?
 それなら何かを擦る音というのは、こいつが絵を描いていた音か。
「ごめんなさい」
「眠くないなら寝なくていいよ」
 雪はいつも、俺が寝る時には一緒に布団に入っていた。
 眠くない時もあっただろうに。
「隣の部屋でやれば? 電気つけたとしても襖で遮れるし」
 電気がついていようと寝られる気もするが、そんなこと言ってもこいつは電気を消すだろう。
 それなら気にせずに明かりが灯せる場所にいたらいい。
「でも襖閉めると、暖房が」
 常に開けられていた、畳の二部屋を区切る襖。
 あちらの部屋にしか繋がらないファンヒーター。
「もうそんな寒い季節でもないし、俺は布団にいるんだから平気。起きてるならお前がつけとけよ」
 ここは雪国ではないのだ。
 もう雪が降ることは無いし、布団に包まって寝ていればそこまで冷えることもない。
「眠くないならテレビつけるでも絵描くでも好きにしろよ」
 雪は「はい」と返事をした。
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