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第一章 3か月
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何て言うべきか、聞くべきか。
こいつは捨てられたんじゃないかと俺は思った。
大分背は低く、そうは見えないが18歳だというし、一般的な守られる子供の年齢ではない。
一人で稼ぎ生活している人間だっているだろう。
だからこいつも18になったから捨てられたんじゃないかと、思ったんだ。
だけどそれをこいつになんて聞こうか。
直接お前は捨てられたのかとぶつけようか。
「お前は海外、ついていかねーの?」
何で置いていかれてんの?
「オレはそんな……。冴木さんは仕事で行くんです」
あの客のおっさんの名前は冴木らしい。
他人行儀な言い方。
「父親じゃないの冴木さん」
「違います。ただ俺に親切にしてくれている人で」
父親ではない、親切にしてくれている人。
「ふぅん」
親切にしてくれる人がいるのは幸いなことだ。
でも親切に"される"ということは、その前段階があるはずだ。
親切を受け取ることになるための引っ掛かりが。
しかし、俺は3か月しかこいつに関わらない。
そんな俺が首を突っ込むことではないのだろう。
俺が話しかけなければ、男は部屋の隅でじっと蹲って過ごした。
自分を意識させないかのように微動だにしない。
実際俺はこいつのことを忘れることがあった。
突然家にきた他人だというのに、その存在を忘れるほどこいつは息を殺すようにそこにいた。
「なぁ、お前出て行って違うとこ行くか?」
こいつが神経質な奴で、もし他人と暮らすことにものすごいストレスを感じて通常生活を行えないというのなら他で暮らすのが良いと思った。
冴木というおっさんが置いて行った金を使えば3か月間だけでもマンスリーマンションを借りることができるし、2.3日おきに飯を食ってるかだけ確認すれば、頼まれたバイトの『様子を見る』に該当するだろう。
「それとも、まだうちにいるか」
「オレはどっちでもいいです」
何でもいい。どっちでもいい。
この数日こいつと暮らし話しかけ分かったことがある。
こいつは返事をはっきりと返すし言われたことはするが、自分の意見を一切言わない。
それに、なるべく自分がいないように振舞う。
電気を付けなかったのも寒い日に暖房を付けないのも飯を食わなかったのも、それだ。
だから俺はそれらに対して全てきちんと言う必要があった。
雨や曇りの日には朝から、天気がいい日でも夕方には電気をつけること。
気温が12℃を下回ったら暖房をつけること。
最低でもパンを2枚は食べること。
指定のグラスに水を入れて飲むこと。
トイレだけは言われずともしていたようだから、おそらく人に迷惑をかけないとか勝手に触らないとかお金を使わせないというのがあるんだろう。
あの100円に満たないパンのように。
封筒の中に金はあるのだ。
あの100万という大金はこいつの生活費を含んでいる。
だからこいつが俺と暮らすのが無理ならば――俺がこいつを無理だと思うのならば追い出せもする。
「どっちでもいいってさぁ、俺が出ていけつったら出てくの? 俺がずっとこの部屋に閉じこもってろつったら、どこにも行かずにここにいんの?」
嫌なら嫌だと言えばいいのだ。
なのに。
「はい」
否定をしない。
こいつ自身がここに居たいわけでもなく、ここから出たいわけでもない。
冴木に言われたから俺と共にいるのだろう。
そこには意思がない。
「馬鹿じゃねーのかお前。脳みそあんだろ? 口がついてんだろ? 自分のことくらいはっきり決めて言えよ」
何とも言えぬ苛立ちが乱暴に口から出る。
「ごめんなさい」
思ったよりも強く尖り放たれた思いに、こいつはただ頭を下げた。
濁った感情のやり場を持たず、冷静になるため家を出てから息を吐いた。
特にあてはなく家の周りを散歩するように歩く。
あいつが3か月間過ごせる家でも探してやろうかと思っていたが、それを俺がやる必要はないんじゃないか。
100万そのまま突き返して追い出してやればいい。
もしくは、あの100万を迷惑代として奪い取ってしまおうか。
きっとあいつはただごめんなさいとあの坊主頭を下げるだけで反論なんかして来やしない。
あいつが悪いと俺の心が責める。
同時に少し言い過ぎたかと罪悪感のようなものも浮かぶ。
自然と出る溜息を留めることはせずに吐き出しながら歩く。
新しくできた公園では子供たちが追いかけっこをして遊んでいた。
ベンチに座り、それをぼんやりと眺める。
あいつは、冴木のことを自分に親切にしてくれる人だといった。
親切にして100万を出してくれる人っていうのは、どんな存在だろうか。
赤の他人にぽんとそんな大金を出せるものだろうか。
そんな大金を出す割にあいつがあまり良くない恰好をしているのはなぜだろうか。
100万出すよりも1万出して安物の新しい服を買ってやる方が先だろうに。
あまり、良い想定理由は出てこなかった。
だとしても俺が首を突っ込むものじゃない。
たった3か月だけの俺が口を出すことじゃない。
だけど、とも思う。
18歳は子供から脱しつつあるが未成年だ。
3か月の間だけでも俺の手の中にいるのなら、その間くらいは――。
公園の自販機で温かいココアと緑茶を買った。
同じような建物が並ぶ古い団地を迷わず歩いて家に帰る。
あいつは俺が出て行った時と同じように、変わらず座っていた。
ただ、その手には持ってきた中身のない鞄が握られている。
「どっちがいい?」
温かい飲み物を二つ。畳の上の机に並べる。
「どっちでも」
予想通りの答えに小さく笑う。
「選べ」
男は右手近くにあるココアを素早く手に取った。
おそらく本当にどっちでもいいんだろう。
嫌いでもなく好きでもない。
いや、選ぶ意思がない。
しかしこちらを怒らせる気もない。
ポケットに入るサイズのお茶はまだ温かいまま手の平に熱を移した。
飲めば体の中を熱が走る。
「飲めよそれ」
あいつが手にした缶もまだ熱いだろうか。
でもきっとこいつがそれを開けないのは熱いからではない。
俺と目を合わせないようにして、それでもこちらを窺っていた細い手が力を込めて蓋を開ける。
そしてゆっくりと唇を付けた。
「甘い」
開かれた瞳。
手の平で包んだものに驚くように漏らした言葉。
男は慌てるように口を噤んだ。
こいつは、過剰に自分を抑えているのだろうと思った。
勝手な行動をしないのも、金を極力使わないのも、自分の意思を出さないのも、会って数日の他人相手だからというわけではない気がする。
たかが3か月程度面倒見てやるのもいいだろう。
小さな哀れみだった。
「それ飲んだら買い物に行くぞ」
「はい」
まずは、今たった2着しかない服をもっと買わないといけない。
まだ冷える日が多いのだから上着も、汚れ削れ近いうちに穴でも空きそうな靴も買ったほうがいい。
3か月いることが決まったのなら布団も必要だ。
バイト休みの昼過ぎ、まだ陽は高い。
店を回ることは出来るだろう。
こいつは捨てられたんじゃないかと俺は思った。
大分背は低く、そうは見えないが18歳だというし、一般的な守られる子供の年齢ではない。
一人で稼ぎ生活している人間だっているだろう。
だからこいつも18になったから捨てられたんじゃないかと、思ったんだ。
だけどそれをこいつになんて聞こうか。
直接お前は捨てられたのかとぶつけようか。
「お前は海外、ついていかねーの?」
何で置いていかれてんの?
「オレはそんな……。冴木さんは仕事で行くんです」
あの客のおっさんの名前は冴木らしい。
他人行儀な言い方。
「父親じゃないの冴木さん」
「違います。ただ俺に親切にしてくれている人で」
父親ではない、親切にしてくれている人。
「ふぅん」
親切にしてくれる人がいるのは幸いなことだ。
でも親切に"される"ということは、その前段階があるはずだ。
親切を受け取ることになるための引っ掛かりが。
しかし、俺は3か月しかこいつに関わらない。
そんな俺が首を突っ込むことではないのだろう。
俺が話しかけなければ、男は部屋の隅でじっと蹲って過ごした。
自分を意識させないかのように微動だにしない。
実際俺はこいつのことを忘れることがあった。
突然家にきた他人だというのに、その存在を忘れるほどこいつは息を殺すようにそこにいた。
「なぁ、お前出て行って違うとこ行くか?」
こいつが神経質な奴で、もし他人と暮らすことにものすごいストレスを感じて通常生活を行えないというのなら他で暮らすのが良いと思った。
冴木というおっさんが置いて行った金を使えば3か月間だけでもマンスリーマンションを借りることができるし、2.3日おきに飯を食ってるかだけ確認すれば、頼まれたバイトの『様子を見る』に該当するだろう。
「それとも、まだうちにいるか」
「オレはどっちでもいいです」
何でもいい。どっちでもいい。
この数日こいつと暮らし話しかけ分かったことがある。
こいつは返事をはっきりと返すし言われたことはするが、自分の意見を一切言わない。
それに、なるべく自分がいないように振舞う。
電気を付けなかったのも寒い日に暖房を付けないのも飯を食わなかったのも、それだ。
だから俺はそれらに対して全てきちんと言う必要があった。
雨や曇りの日には朝から、天気がいい日でも夕方には電気をつけること。
気温が12℃を下回ったら暖房をつけること。
最低でもパンを2枚は食べること。
指定のグラスに水を入れて飲むこと。
トイレだけは言われずともしていたようだから、おそらく人に迷惑をかけないとか勝手に触らないとかお金を使わせないというのがあるんだろう。
あの100円に満たないパンのように。
封筒の中に金はあるのだ。
あの100万という大金はこいつの生活費を含んでいる。
だからこいつが俺と暮らすのが無理ならば――俺がこいつを無理だと思うのならば追い出せもする。
「どっちでもいいってさぁ、俺が出ていけつったら出てくの? 俺がずっとこの部屋に閉じこもってろつったら、どこにも行かずにここにいんの?」
嫌なら嫌だと言えばいいのだ。
なのに。
「はい」
否定をしない。
こいつ自身がここに居たいわけでもなく、ここから出たいわけでもない。
冴木に言われたから俺と共にいるのだろう。
そこには意思がない。
「馬鹿じゃねーのかお前。脳みそあんだろ? 口がついてんだろ? 自分のことくらいはっきり決めて言えよ」
何とも言えぬ苛立ちが乱暴に口から出る。
「ごめんなさい」
思ったよりも強く尖り放たれた思いに、こいつはただ頭を下げた。
濁った感情のやり場を持たず、冷静になるため家を出てから息を吐いた。
特にあてはなく家の周りを散歩するように歩く。
あいつが3か月間過ごせる家でも探してやろうかと思っていたが、それを俺がやる必要はないんじゃないか。
100万そのまま突き返して追い出してやればいい。
もしくは、あの100万を迷惑代として奪い取ってしまおうか。
きっとあいつはただごめんなさいとあの坊主頭を下げるだけで反論なんかして来やしない。
あいつが悪いと俺の心が責める。
同時に少し言い過ぎたかと罪悪感のようなものも浮かぶ。
自然と出る溜息を留めることはせずに吐き出しながら歩く。
新しくできた公園では子供たちが追いかけっこをして遊んでいた。
ベンチに座り、それをぼんやりと眺める。
あいつは、冴木のことを自分に親切にしてくれる人だといった。
親切にして100万を出してくれる人っていうのは、どんな存在だろうか。
赤の他人にぽんとそんな大金を出せるものだろうか。
そんな大金を出す割にあいつがあまり良くない恰好をしているのはなぜだろうか。
100万出すよりも1万出して安物の新しい服を買ってやる方が先だろうに。
あまり、良い想定理由は出てこなかった。
だとしても俺が首を突っ込むものじゃない。
たった3か月だけの俺が口を出すことじゃない。
だけど、とも思う。
18歳は子供から脱しつつあるが未成年だ。
3か月の間だけでも俺の手の中にいるのなら、その間くらいは――。
公園の自販機で温かいココアと緑茶を買った。
同じような建物が並ぶ古い団地を迷わず歩いて家に帰る。
あいつは俺が出て行った時と同じように、変わらず座っていた。
ただ、その手には持ってきた中身のない鞄が握られている。
「どっちがいい?」
温かい飲み物を二つ。畳の上の机に並べる。
「どっちでも」
予想通りの答えに小さく笑う。
「選べ」
男は右手近くにあるココアを素早く手に取った。
おそらく本当にどっちでもいいんだろう。
嫌いでもなく好きでもない。
いや、選ぶ意思がない。
しかしこちらを怒らせる気もない。
ポケットに入るサイズのお茶はまだ温かいまま手の平に熱を移した。
飲めば体の中を熱が走る。
「飲めよそれ」
あいつが手にした缶もまだ熱いだろうか。
でもきっとこいつがそれを開けないのは熱いからではない。
俺と目を合わせないようにして、それでもこちらを窺っていた細い手が力を込めて蓋を開ける。
そしてゆっくりと唇を付けた。
「甘い」
開かれた瞳。
手の平で包んだものに驚くように漏らした言葉。
男は慌てるように口を噤んだ。
こいつは、過剰に自分を抑えているのだろうと思った。
勝手な行動をしないのも、金を極力使わないのも、自分の意思を出さないのも、会って数日の他人相手だからというわけではない気がする。
たかが3か月程度面倒見てやるのもいいだろう。
小さな哀れみだった。
「それ飲んだら買い物に行くぞ」
「はい」
まずは、今たった2着しかない服をもっと買わないといけない。
まだ冷える日が多いのだから上着も、汚れ削れ近いうちに穴でも空きそうな靴も買ったほうがいい。
3か月いることが決まったのなら布団も必要だ。
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