2 / 52
第一章 3か月
1-2
しおりを挟む
翌日、バイトを終え家に帰ると電気がついていなかった。暖房もついていない。
いないのかと思ったが、部屋の中自分の荷物を抱えるように静かにただ座っているそいつにひどく驚いた。
お化けでも出たのかと思った。
動悸のする心臓を押さえ、電気をつけ水を飲みにキッチンに行く。
朝から何も変わっていない。
コップもお皿も使われた形跡がない。
冷蔵庫の中も何一つ動いていなかったし、ゴミも全く増えていない。
コンビニで買ってきた飯を与えたが、俺が食えというまでこいつは手を付けなかった。
食器が何も使われていなかったし冷蔵庫の中にある食パン一枚すら減っていない。
「食ったら風呂入れ。服は洗濯機に直接入れて」
「はい」
帰ってきた時の姿が頭に浮かぶ。
暗い部屋の中座り込んでいたのは具合が悪かったのだろうか。
この家で飯を食った形跡はないが、外で食ってきたのだろうか。
風呂に入れている間に、何か盗まれたものはないかと調べた。
家は特に何も変わった様子はない。
封筒はテーブルに置かれたまま。
あいつが持ってきた袋も勝手に触ったが、覗くまでもなく何も入っていなかった。
何も、だ。
ただ着ていなかっただけではなくまだ寒いのに上着すらなく、服は昨日から着ている服と、これから着替える予定の2着だけだった。
風呂上がりの男を昨日と同じくベッドの隅に寝かせる。
あの荷物の少なさに、ここにいる気はないのだろうと思った。
翌日も全く同じだった。
勝手に食ってもいいと言っておいた冷蔵庫のものは減っておらず、相変わらず食器も何一つ出ていない。
部屋の中は暗く冷え、何もせずに座っている。
風邪でも引いていて具合が悪いのかと聞いてみたが、「大丈夫です」と返された。
坊主頭に似合わない幼く中性的な顔は、そう具合が悪そうにも見えない。
財布も持っていない気がするが外で食っているのだろうか。
「冷蔵庫の中にパンがまだある。明日それ食っとけよ」
「はい」
こいつはこちらの顔を見てはっきりと返事をする。
その返事には快活さがあるのに、全体で見るとそれが全く伴っていない。
ひどくアンバランスだった。
さらに翌日。
帰宅して暗い家で蹲る姿にもう驚くことは無く、無言のまま電気をつける。
冷蔵庫のパンは1枚だけ減っていた。
――もしかして、と漠然とした考えが浮かぶ。
「おい、出かけるぞ」
「はい」
男は突然の呼びかけにそれでもはっきりと返事をした。
自分の鞄を抱えて立ち上がる。
「荷物は置いてけ。スーパー行くだけだから」
出かけると言ったのに、出て行けと同じ意味に取ったのだろうか。
その手からそっと鞄が離される。
遠慮されつつも上着を押しつけ、薄汚れ削れたスニーカーを履かせ、深夜営業をしているスーパーに向かった。
何となく浮かんだ考えを除き、まず思ったのは物凄い偏食なんじゃないかということ。
生活力が見るからになさそうだし、特定のものしか食わずに生きてきたんじゃないかと思った。
「何なら食える?」
「何でも大丈夫です」
でもそれは本人に否定される。
手に取り「これは?」と聞くたびに「大丈夫です」と返事をされる。
だから俺が選ぶのをやめた。
「食いたいものを自分で選んでこい」
「オレはなんでも」
「選んでこい」
怒鳴る様に強く言えば男はまた返事をして、不安そうに店内を見渡した。
俺は自分のものを選び、カゴに入れる。
そう待たずして戻ってきたあいつが持っていたのは、割引シールのついた8枚切りの食パンだけ。
おそらく『もしかして』は遠からず当たるのだろう。
「これを買ってもいいですか」
「いいよ」
でも、今すぐ食べるわけでもなし、狭い冷凍庫にも押し込めない賞味期限近いパンを買う気はない。
パン売り場に戻り、値引きされていない同じものを手に取る。
並ぶ食パンの中でも最も安いそれは、値引きされずとも100円にも満たない。
いないのかと思ったが、部屋の中自分の荷物を抱えるように静かにただ座っているそいつにひどく驚いた。
お化けでも出たのかと思った。
動悸のする心臓を押さえ、電気をつけ水を飲みにキッチンに行く。
朝から何も変わっていない。
コップもお皿も使われた形跡がない。
冷蔵庫の中も何一つ動いていなかったし、ゴミも全く増えていない。
コンビニで買ってきた飯を与えたが、俺が食えというまでこいつは手を付けなかった。
食器が何も使われていなかったし冷蔵庫の中にある食パン一枚すら減っていない。
「食ったら風呂入れ。服は洗濯機に直接入れて」
「はい」
帰ってきた時の姿が頭に浮かぶ。
暗い部屋の中座り込んでいたのは具合が悪かったのだろうか。
この家で飯を食った形跡はないが、外で食ってきたのだろうか。
風呂に入れている間に、何か盗まれたものはないかと調べた。
家は特に何も変わった様子はない。
封筒はテーブルに置かれたまま。
あいつが持ってきた袋も勝手に触ったが、覗くまでもなく何も入っていなかった。
何も、だ。
ただ着ていなかっただけではなくまだ寒いのに上着すらなく、服は昨日から着ている服と、これから着替える予定の2着だけだった。
風呂上がりの男を昨日と同じくベッドの隅に寝かせる。
あの荷物の少なさに、ここにいる気はないのだろうと思った。
翌日も全く同じだった。
勝手に食ってもいいと言っておいた冷蔵庫のものは減っておらず、相変わらず食器も何一つ出ていない。
部屋の中は暗く冷え、何もせずに座っている。
風邪でも引いていて具合が悪いのかと聞いてみたが、「大丈夫です」と返された。
坊主頭に似合わない幼く中性的な顔は、そう具合が悪そうにも見えない。
財布も持っていない気がするが外で食っているのだろうか。
「冷蔵庫の中にパンがまだある。明日それ食っとけよ」
「はい」
こいつはこちらの顔を見てはっきりと返事をする。
その返事には快活さがあるのに、全体で見るとそれが全く伴っていない。
ひどくアンバランスだった。
さらに翌日。
帰宅して暗い家で蹲る姿にもう驚くことは無く、無言のまま電気をつける。
冷蔵庫のパンは1枚だけ減っていた。
――もしかして、と漠然とした考えが浮かぶ。
「おい、出かけるぞ」
「はい」
男は突然の呼びかけにそれでもはっきりと返事をした。
自分の鞄を抱えて立ち上がる。
「荷物は置いてけ。スーパー行くだけだから」
出かけると言ったのに、出て行けと同じ意味に取ったのだろうか。
その手からそっと鞄が離される。
遠慮されつつも上着を押しつけ、薄汚れ削れたスニーカーを履かせ、深夜営業をしているスーパーに向かった。
何となく浮かんだ考えを除き、まず思ったのは物凄い偏食なんじゃないかということ。
生活力が見るからになさそうだし、特定のものしか食わずに生きてきたんじゃないかと思った。
「何なら食える?」
「何でも大丈夫です」
でもそれは本人に否定される。
手に取り「これは?」と聞くたびに「大丈夫です」と返事をされる。
だから俺が選ぶのをやめた。
「食いたいものを自分で選んでこい」
「オレはなんでも」
「選んでこい」
怒鳴る様に強く言えば男はまた返事をして、不安そうに店内を見渡した。
俺は自分のものを選び、カゴに入れる。
そう待たずして戻ってきたあいつが持っていたのは、割引シールのついた8枚切りの食パンだけ。
おそらく『もしかして』は遠からず当たるのだろう。
「これを買ってもいいですか」
「いいよ」
でも、今すぐ食べるわけでもなし、狭い冷凍庫にも押し込めない賞味期限近いパンを買う気はない。
パン売り場に戻り、値引きされていない同じものを手に取る。
並ぶ食パンの中でも最も安いそれは、値引きされずとも100円にも満たない。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる