愛の反響定位

紺色橙

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11 舞い上がる

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 食事が終わってからこちら、表面上は平常心で、だけどなんだかそわそわと、日々彼の連絡を待っている。
 あの居酒屋はご飯が美味しかったし、半個室なところも居心地がよかった。それを認めるのはまた自分のしでかしたことを思い起こさせるけど、そうでなくたって多くの人に使い勝手がいいからあの形なのだ、ということにする。
 バロウはまた半個室のような店を探すと言ってくれたけれど、僕もそうしたほうがいいだろう。もしくは、もしくは……。

『デート?』

 そう、多分デートだ。となると僕には分からない。恋人どころかそれになるかもしれない相手もいなかった。食事一つにしたってデートだというならば仕様が変わるだろうか。
 でもまだ恋人ではないのだしデートというのは違う? 友達にならず恋人でもないのなら、今は一体何なのだ。友人でいいんじゃないかそれは。で、友人同士は”デート”するのだろうか。おそらく定義なんかはどうでもいいことだけど、婚活の顔合わせと友人との食事と友人ではない人とのデートは多分きっと全然違う。僕は何も変わらないけれど。

 生活リズムが真逆だというのに、むしろ、だからだろうか。おはようとおやすみの挨拶が来るようになった。初めは何事かと返していたが、これは毎日の定時連絡だ。僕が返すことよりも、彼が今どういう生活をしているのかを教えてくれている。天気がいいとか悪いとか、早いけれど寝てしまうとか、少しの言葉が添えられている。
 僕はといえば、何を返せばよいのかわからない。日々同じなのは彼もそうだろうに、気の利いた言葉一つ載せられない。

 店で流れ作業のように接客をしていた。プレゼントを探し求めてきた客に、ふと触発される。どんなものをお探しですか。どんなお相手ですか。話し合って提案をする。
 プレゼントをする人はみんな、当然だけど相手を喜ばせようとしている。その喜ばせ方が金額という価値であったり、相手の好きな色やデザインであったり異なるけれど、喜ばせたいという意識だけは共通している。僕は無意識にそれに触発され、バロウにあげるなら何がいいだろうと考え始めた。店には男性用のアクセサリーも当然置いてある。
 イヤリングは? 獣人の彼は耳をいじられるのを嫌がるだろうか。
 ネックレスは? どんな素材がいいだろうか。チェーンが髪に絡まってしまわないかな。
 指輪は? 手の大きい彼は、サイズも間違いなく大きいだろう。
 ガラスケースの中にある輪っかを見つめる。オニキスは魔よけの石だ。そこに更に、祈りを込めて渡そうか。黒は彼が身に着けていてもおかしくはない。いいんじゃないか? いいと思う。
 しかし問題があった。彼の仕事を思い出したのだ。頭を保護するときにイヤリングなんか付けていたらきっと邪魔になるし、ネックレスが何かに引っかかって首吊り状態になったらいけない。指輪だってそうだ。手に力を込めることも多いだろうに、金物を付けていたら痛める原因になるだろう。

「うーん」

 つい唸り声が出た。入口付近の商品を見ているお客さんがちらりとこちらを窺っている。申し訳ない。何でもないです。

『好きになります』と言われたけれど、まだ好きになってもらっていない。だから、好きになれませんでしたって振られるかもしれない。それは分かっているけれど、舞い上がっている。酔っ払いのおじさんたちがプレゼントを買い求める気持ちが理解できた。うっすらと下心があるのも同じだと思う。優しく、いい顔をしてもらっただけでこうなっている。
 毎日少しの連絡を貰って、今までなかったものなのにそれがすっかり習慣になってしまって、地球の裏側でもないのにほぼ真逆の時間を過ごしている彼に思いをはせる。顔合わせの時は好かれたいとすら一ミリも思っていなかったのに。

 好きでもない相手から、趣味ではないプレゼントをもらっても嬉しくないだろう。困らせてしまうかも。なんだったらそのせいでほのかな好意が消えることだって有り得るんじゃないか。センスが悪すぎて引かれるっていうのは、本当に有り得る。
 何かプレゼントをしたい気持ちはあるけれど、考えるほど彼のためではないことが分かる。僕がそうしたかったというだけでは、何の意味もないだろう。

 そもそもまず僕たちは恋人ではなく、恋人以前どころでもないということを再び自分に言い聞かせないといけない。夢見ていた恋ができるかもしれないからって、彼を利用するようなことがあってはならない。それでなくても失礼に失礼を重ねたんだ。冷静でいないと。
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