僕しかいない。

紺色橙

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13 自覚

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-13- ムラサキ

 僕の知らない友達が好んだものを迷わず手に取る優弥くんに、自分でも驚くような声が出た。あまりにも失礼なそっけない声。
 美味しいらしいチョコレート。そうなんですか、ってただ一言いえばよかったのに。
 早く来て欲しいと思っていた"今度"
 そして彼が誘ってくれた"今日"
 突然もらったプレゼントのよう。
 せっかく来てくれたのだから失礼があってはいけないと思っていたのに。

「優弥くんの灰色、すごく良いですよ。キレイな色。よく似合ってます」
 前も言ったことを繰り返す。我ながら必死さが感じられる。
 この綺麗な色を早く黒くしておけばよかったなんて思わせた、彼の『友達』

 優弥くんの友達は彼に影響を与える。
 僕がいくら褒めて似合っている素敵だと言っても、髪色は友達の一言で変わってしまうかも知れない。きっと変わってしまう。僕からは200円程度のチョコ一枚も渡せていない。
「優弥くんの家に泊めてもらった時、その灰色が綺麗だなぁって思ったんです。夜中に一瞬だけ目が覚めて、ふと見ると窓際にいた優弥くんの髪に光が透けていて、綺麗だなぁって」
 凝視する僕に負けたように、彼の真っ黒の瞳が閉じられる。
 ――そうだ、あの時も、その薄い瞼に触れたいと思ったんだ。
 無意識に手が伸びた。
 眠るわけでもないその瞼はすぐに開かれ、僕をただ見つめる。
 指先が睫毛をかすり、その刺激で反射的に左目が半分閉じられる。
 突然触れようとした僕に、彼は何も言わなかった。
「俺もこの色気に入ってるから、嬉しい」
 灰色の髪。黒い瞳。赤みが差した頬。はにかんだ優弥くんに意識が零れる。
「僕、優弥くんの色好きだなぁ」
 ぽろっと言葉が落ちた。
 好き。

 あ、と血が沸き立つ。
 頭を打たれ、歪み、そして治った時には世界がクリアになるような衝撃。


 自覚してしまえば簡単な話だった。
 優弥くんが僕の知らない友達について話すことに不満を感じるのも、友達よりも僕が優先されないと馬鹿みたいにいじけることも、彼の好きをどうにか理解したいと思うことも、彼と僕に通じる共通の話題が欲しいと思うことも、この家を居心地がいいと感じてもっと来て欲しいと思うことも、その瞳に映ることに価値を持つことも、全部同じだった。
 モデルのバイトを辞められたら『困る』と思ったのは、寂しい悲しいも当然あるがやはり困るなのだった。

 ゲームを楽しいと思ったのは事実で、でもその前提は『彼が一緒にやってくれるから』で、失礼な思いだと自覚を持ったまま隣りにいた。
 彼は色々と教えようとしてくれているのに僕はといえば彼そのものばかりを見て、それでも知ってしまった心はとても正直だった。

 どう引き止めたら良いのかもわからず、日がすっかり暮れた頃彼は「じゃあまた」と振り返らず帰ってしまった。
 慰めに以前彼が手にとったCDをかける。僕には何も響いてこなかったけれど、またすぐに探せるようにとそのアーティストのCDを棚の端に移動させた。
 ゴミを捨て食器をシンクに片す。いつもの部屋はがらんどうのように虚しく感じた。
 買いすぎたお菓子は大切に残しておく。彼が買ったものだから、全部ちゃんと彼が好んでいるもの。特にこれといって法則のある同じようなものが選ばれているとは思わないけど、僕にとっては必要な情報だった。
 好きなものを並べて彼を覆ってしまえば、捕まえられるんじゃないかって。



 彼女というものが過去にいたことがある。
 告白され付き合った。
 触られた体は正常に反応し、望まれるままに肌を合わせることも出来た。
 一人目は僕が幼く、思春期の熱に飲まれるように行為をした。
 二人目はちゃんと好きだと思って受けたけど、僕の好きは彼女の好きとは違っていた。二人目の彼女は泣きもせず、愚か者を見るようにそれを僕に指摘した。馬鹿に付き合わせてしまったことを申し訳なく思う。
 それから僕は恋愛的な好きというものと友人に対する好きというものの差を知ろうとした。
 仲のいい人は大事にしたいし、ずっと仲良く有りたいし、悲しませたくはない。
 そこまで同じで、結局セックスだって出来ていたものだから僕はわからなくなってしまった。
 今だってそうだ。優弥くんに対して僕は、居心地のいい場所を提供しなるべく笑って楽しく過ごして欲しいと思っている。彼の好きなものは確実にそれに役立つし、僕がそれを把握することも然りだと思う。
 ただ、目覚めるように気づいたこの差は思っていたよりも良くないもので、それに"好きな人"を引き込んでしまうのは意に反してしまう。
「これが恋か!」と叫び笑いたい気持ちが全身から溢れ出ているのに、僕が見つけた恋はあまりにも――。

 僕の理性がそれは嫌だそっちには行きたくないと思っても、心が、感情が、想いが全くそうはいかない。
 自覚してしまったが最後、僕は彼が居なくなった部屋にまたどうやって誘い込もうかと考えている。
 僕しかいない部屋には余計なものはなく、彼が他人の目を気にする必要はない。
 安心させて、気を抜かせて、楽しませて、力を抜かせて。
 彼が嫌がらない適切な距離を探っているはずだったのに、今ではもう僕が許されるギリギリを探ろうとしている。ここまで自分本位になれるだなんて見事なものだ。
「結構仲がいいと思う」と言った彼は何処までなら許し受け入れてくれるだろう。
 厚意を受ければ返したくなるというのなら、好意を受ければ同じように返したくなるのではないか。
 好きと言って、貴方のことを気にしていると態度にして、それをもし彼が享受するのなら。

 ゲームと同じように、目の前にしたらきっとなけなしの冷静さなんて全て藻屑と化すのだろう。
 可愛くも美しくもない独占欲という"差"を制御できずに振り回される。
 そんなことは分かりきってる。
 でもじゃあどうするかと考えても、「いいじゃないか」と頭の中で僕が言う。

 いいじゃないか。彼が手に入るなら。
 何を迷うことがある。
 探しものが見つかったんだ。喜び飛びつくのは自然なことだろう。
 自分を抑えて独占欲を踏み潰して、その結果"友達"に奪われてもいいのか?
「いいわけがない」
 僕だって妥協して"友達"をする気はない。これっぽっちも無いよ。

 彼に嫌われることと、それでも彼を手にすることを比較するのはどうにも難しい。
 できれば、"差"なんてわからないくらい優しい関係になれたら良いのに。
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