明日の朝を待っている

紺色橙

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18 囀り*

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 そんなつもりはなかった、といくら言ったとしても今更意味をなさないだろう。

 伸ばされた腕に腰をかがめ、首の後ろに重さを感じながらその唇に触れた。リョウさんの後ろにあるダイニングテーブルに片手をつき、もう片方で彼を支える。無駄のない引き締まった背中。踊るために作られた彼の体を布越しに感じる。白の似合う彼が着る白いシャツ。しっかりした綿の感触。その奥にある彼を作る筋肉。
 甘えられているというよりも逃げないようにと抑えられているような首の重さに逆らわず、何度もキスを繰り返す。時折開き見る眼前の彼は少し笑っていて、笑われていることに恥ずかしさといたたまれなさが湧き上がる。でも今更引くことはしない。言われるまで自覚がなかったとしても、触れた今はもう、好きの意味を書き換えている。

 舌を出した彼がやたらと色っぽくて、リョウさんが女性にしていたようにその髪を撫でた。短く切りそろえられた髪は黒く艶があり指通りがいい。
 じくじくと体が熱を持っている。自分の体なら触らずともわかる。でもリョウさんのは分からない。触って確かめてみないと分からない。

「リョウさん」

 ずっと呼んでいる名前。おれだけの特別ではない、みんなに呼ばれている彼の名前。

「自暴自棄になってませんか」

 今聞くことじゃない。でも、今聞かないといけない。彼を傷つけたくないのだから、今しかない。
 リョウさんは返事をしてくれなかった。


 促され再びのキスをする。自分がしたいことだけど、「彼がしたいのならその通りに」と従った。
 暖めまくった部屋は暑くて、それでなくても上がる体温に汗をかく。
 触られた下半身が服を持ち上げ笑われて、恥ずかしいから同じように彼に触れた。撫で上げればびくりと動くそれが可愛らしくて、同じ男だというのにそんなことを思うのが面白い。
 一方的にリョウさんに触れ、風呂上りに再び履いてきたズボンを脱がす。下着の上から輪郭をなぞり握りこめば、リョウさんは乾いた笑いを漏らした。

「お前に触られんの、悪くない」

 彼はおれを認めてくれた。彼に触るおれを認めてくれた。

 奥に引っ込んでいた心臓が張り出してくるような気さえする。ドクドク血が巡る。巡りすぎて、むしろ血が足りないように世界が狭まる。目の前の彼しか見えない。
 伏せたまつげ、薄く開いた唇、そこから漏れる熱い吐息。おれの首に回していた力の抜けた腕をそのまま下ろし、テーブルに乗るよう彼を持ち上げた。
 抵抗せずぴょんと後ろのテーブルに乗った彼の足を開きしゃがみこみ、下着越しの彼に口づける。

「リョウさん体柔らかいから良いですね」

 ぐいと足を押し広げても、柔軟性のある体は軋まない。大きく開いてその間に収まれば、あとはもう彼を愛するだけ。
 鼻先と唇で下から上まで食み、ぴくぴくと時折反応を見せるのを指先で撫でる。

「は……ぁ」

 ため息のように漏れる甘い声を頭上で聞いて、下着の中で硬くなっていく彼を育てた。
 こんな行為でも慰めになればいい。この人を傷つけることはせず、ただ気持ちよくなってもらいたい。何があってもおれのところにきて、そして頼ってほしい。体を慰めて、心を温めてあげたい。

 腰を上げ脱がせた下着は足先から床へと落ちた。

 ふと、上げた片足の内ももにキスをした。いくら人前で着替えようとも、ここまでしっかり見られることは無いだろう。頬ずりしてぺろりと舐める。日に焼けていない場所は白く、隠されていたことを表している。

「瑠偉」

 名前を呼ばれた。
 覚えているとは思わなかった。まさか、リョウさんに覚えてもらえているなんて思いもしなかった。
 驚きすぎて返事の声は喉の奥で止まってしまう。
 リョウさんがおれを認識している。今誰と何をしているかきちんと分かっている。脳みそからも血が奪われて、思考能力が失われていく。がちがちに硬くなってしまった自分のものは痛く、してはいけないことを望んでいる。

 頭の中でこっそり、そのまま押し倒した。
 現実では彼のものを直接舐め、口に含む。喉まで咥えこめば、頭の中では同じようにリョウさんの奥まで入っていく。唇に力を入れて彼を吸い上げ、何度も何度も行き来する。やっていることとやりたいことが真逆で、でも同じように興奮している。

 おれを見下ろすリョウさんと目が合った。
 硬いテーブルに押し倒したら怒られるだろうか。いやその前に彼を傷つけることなんかできはしない。でも、血が持っていかれた脳みそは冷静さを持っていない。

「別に口でしなくていいよ」

 先端の丸みからくびれを舌先で舐め、浮き出た血管にキスだけをするおれに、リョウさんが言う。きっと嫌がっていると思われている。そうじゃない。そうじゃないけれど、それよりちょっと切羽詰まっている。

「手で触っていいですか」
「うん」

 相変わらず体重を感じさせない軽さですとんとテーブルから降りた彼を抱きしめて、もう一つお願いをする。

「リョウさんの足を、借りてもいいですか」
「うん?」

 降りてくれた彼を背中から抱き、今度は手で、口でしていた続きをする。自分にやるのと同じように握り緩急をつけてやるのは簡単なこと。

「あっ……ん」

 キスなんてもどかしいものより直接的で、リョウさんはテーブルに手をつきながらも俺に任せてくれた。
 その開いた足の間に自分を潜り込ませる。

「足閉じて」

 足を閉じ不安定になった彼はテーブルに伏せ、自然とお尻を突き出す形になった。きゅっと筋肉質の足に挟みこまれ、おれは疑似的に彼を感じる。

「リョウさん、良さん」

 この人が好きだ。この人を傷つけたくはない。だけど、おれを知ってほしい。そんな想いが動きに乗る。足の間に自身を擦り付け、手では彼を刺激する。ぬるぬるした先走りを貰って、根元から先端へと扱く。

「っ……おまえ、それやめろ」
「やですか」
「違う」

 彼のものから手を離せば、リョウさんの手が追ってくる。開かれた足に挟まれていたものは行き場を失うが勢いが消えたわけではない。離した手を引き戻され、次にその手はおれの熱を掴んだ。

「りょうさん」
「お前がしたいのはこっちだろ」

 乱暴な扱いで引っ張られ、彼の手があてがう場所にぐりぐりと押し付けられた。

「それは、ダメです。リョウさんを怪我させたくないし」
「俺の体のことは俺が決める」

 振り返るその目は強く、おれの知っているものだった。出会った時の彼はそうだった。変な奴を見るその目は強く、でも簡単に俺を受け入れてくれた。覗き見ることを許してくれた。

 恐る恐る、いくら彼がいいと言ってもやはり恐る恐る奥へと進む。それでなくとも脳みそに血が回っていないのに、全神経が彼と繋がる場所にしか向いていなかった。
 奥へ、奥へ。足で挟まれていた時とは違う感覚。全部が俺を包んでくれる。柔らかくて、細かく動く。
 これ以上どこにも逃げ場がない興奮をはぁはぁと口から吐き出した。
 ダンスすることだけに特化したリョウさんの全身が今おれのものになっている。踊っていない彼が踊るための体を差し出してくれている。

「あ、あ……やば、すげぇいい」

 奥の奥まで。止めることはできず、腰を掴んで深くまで入り込めばリョウさんから喘ぎが漏れた。

「奥、して」

 言われずとも。でも、言われたから。自分が気持ち良くなるように身勝手に動けば、その度に声が上がった。
 ピタリと肌がくっつく奥がリョウさんにとって気持ちのいい所らしい。おれが全部埋まるところ。でももっと奥まで行けるんじゃないかと、何度も叩き込む。

「んっ、――いいっ、あ……あっ……」

 家の照明が何も隠さずに彼の姿を見せてくれる。髪の隙間から見える赤くなった耳たぶ。汗をかいて張り付き骨の形を分からせるシャツ。めくれ上がったところから見える背骨のくぼみ。まっすぐに伸びた足と、引き締まったお尻。
 全部が今この手の中にある。おれが動くたびにリョウさんの体が揺れる。この手で彼自身に触ればいくつもの吐息が漏れる。

 獣のように荒い呼吸。無我夢中で彼を攻め立てた。

「、もたな……ぃ」

 喘ぎの合間の訴え。

「いって。リョウさん、俺の手でイって」
「ああっ――」

 ぶるりと駆け抜ける衝動に、名残惜しいが慌てて体内から出た。目の前のお尻から足にかけて自らの精を撒き散らし、手の中に吐かれたリョウさんの物と合わせ見た。

「悪くねーわ。お前とのセックス、ほんと、悪くない」

 ぐったりとテーブルに額を付けたリョウさんは、寝言のようにそう言った。
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