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9 好きです
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「DVD出るんなら教えてやるよ。ああ……要らないか」
自分で調べるよな、という呟きに食い気味に否定した。
「教えてください」
当然自分でも調べはするが、そういう問題ではない。じゃあ何だと言われてもわからないけれど。そういう問題ではないのだ。
「じゃあ連絡先教えて? 鈴江瑠偉クン」
わざとらしく初めて呼ばれた自分の名前に驚き、そういえばファンレターを出したのだったと思いだした。
「手紙届いたんですね」
「うん。初めてもらった」
そんなことあるだろうか。このリョウさんに誰も愛を叫ばないなんてあるだろうか。でも、連絡先が分からなければどうにもならないのは確かだ。おれは現実のリョウさんに会えたから色々知れているけれど、もし初めて知ったのがMVやワークショップの動画だったなら、手紙を出そうなんて思うはずもない。
「嬉しかった」
素朴な声が公園を支配する。
『嬉しかった。』――そうか、喜んでもらえたのか。
「そろそろ帰る」
「あ、はい」
立ち上がったリョウさんは、やっぱり優しい顔をしていた。
「手紙に書いたの、嘘じゃないです。あのレターセットを貸してくれた子が、愛を叫びたくなるんだって言ってて、だから俺も」
「またな」
去り行く背中をただ見送る。
手紙に書いたのはただ、「好きです」という言葉。あなたを見に行って、たくさん言いたいことはあったけど、ただ、それだけ。
***
踊りを見せてもらってお金を払うとき、リョウさんは何とも言えない顔をするようになった。先日聞いた通り、今後に不安があるのなら役立ててほしいと思うんだけど、彼が理想とするのはきちんとした舞台に立ってお金をもらうことなのかもしれない。でもそれならなおさら、おれは後方支援者になりたい。
踊りを見せてもらって、もしくは気分じゃないと断られても、リョウさんは少しの間おれと話をしてくれる。ぼんやりとした公園の明かりに照らされたその表情は知り合った頃よりずいぶん優しい。
他には誰も来ない公園でただ二人。立ち止まってくれるリョウさんのために虫除けを持ってくるようになったし、一応ともう一本お茶を用意するようにもなった。
リョウさんの目にかかるほどの前髪も、奥二重のせいか強調される瞳も、今では近くで見られる。
「リョウさんって、髪の毛も服も操ってますよね」
「操る……?」
「踊ってる時。髪の毛も服も、手足と違って勝手に動くはずなのに全部操ってるように見えるので」
「んなことできるわけないけど、そう見える?」
「そう見えます。それがすごく、すごく素敵だなって」
「そっか」
リョウさんはおれの『好き』を聞いてくれる。リョウさんの踊りのどんなところが好きなのかを聞いてくれる。おれは踊りに関して素人だから、ただこれがいいとかあれがいいとかしか言えなくて、専門的なものなんか一つもない。全部曖昧な擬音や感覚でわけのわからないことを言うのに、聞いてくれる。
彼が気にしている背について、それこそダンスの視点からはわからない。だけどもおれは今のリョウさんが好きで、だから今のバランスがいいんじゃないかって思ってしまう。言えないけれど。
もしリョウさんの背が高かったならまた違った踊りだったんじゃないだろうか。この人ならそれはそれでおれの好みだったのかもしれないけど、わからない。でも今がいい。今のリョウさんを、どうやっても好きでいる。
「リョウさんのことを知れてよかった。あなたが生きて踊っている今の時代に、おれも同じようにいられてよかった」
この人がまだ踊っているときに知れてよかった。間に合った。
「大げさ」
リョウさんが笑ってくれる。だからやっぱり良かったと思える。
この人は暗い公園で一人踊っている人ではないと思う。多くの人に見てもらって、多くの人に評価されるべきだと思う。本当を言うのなら、誰かの添え物でなく舞台に立つ人なんだとも思う。でも彼はそれにこだわってはいない。だけどおれは、おれはね、ファンだからそう思うよ。身長なんか関係ない。リョウさんさえいれば、その素敵な世界が構築されるのにって思うよ。
「また聞かせてください。良かったことも悪かったことも、話せないようなことも」
「話せないことなら言えないだろうが」
「おれにだけ! 穴掘って叫ぶみたいな感じで。体の中に溜めるより出したほうがいいと思いませんか」
「それはまぁ……まぁな」
つい、必死さの表れで身振りの大きくなったおれをリョウさんが笑う。
この人の不安を取り除きたい。できることなら何でもしたい。
自分で調べるよな、という呟きに食い気味に否定した。
「教えてください」
当然自分でも調べはするが、そういう問題ではない。じゃあ何だと言われてもわからないけれど。そういう問題ではないのだ。
「じゃあ連絡先教えて? 鈴江瑠偉クン」
わざとらしく初めて呼ばれた自分の名前に驚き、そういえばファンレターを出したのだったと思いだした。
「手紙届いたんですね」
「うん。初めてもらった」
そんなことあるだろうか。このリョウさんに誰も愛を叫ばないなんてあるだろうか。でも、連絡先が分からなければどうにもならないのは確かだ。おれは現実のリョウさんに会えたから色々知れているけれど、もし初めて知ったのがMVやワークショップの動画だったなら、手紙を出そうなんて思うはずもない。
「嬉しかった」
素朴な声が公園を支配する。
『嬉しかった。』――そうか、喜んでもらえたのか。
「そろそろ帰る」
「あ、はい」
立ち上がったリョウさんは、やっぱり優しい顔をしていた。
「手紙に書いたの、嘘じゃないです。あのレターセットを貸してくれた子が、愛を叫びたくなるんだって言ってて、だから俺も」
「またな」
去り行く背中をただ見送る。
手紙に書いたのはただ、「好きです」という言葉。あなたを見に行って、たくさん言いたいことはあったけど、ただ、それだけ。
***
踊りを見せてもらってお金を払うとき、リョウさんは何とも言えない顔をするようになった。先日聞いた通り、今後に不安があるのなら役立ててほしいと思うんだけど、彼が理想とするのはきちんとした舞台に立ってお金をもらうことなのかもしれない。でもそれならなおさら、おれは後方支援者になりたい。
踊りを見せてもらって、もしくは気分じゃないと断られても、リョウさんは少しの間おれと話をしてくれる。ぼんやりとした公園の明かりに照らされたその表情は知り合った頃よりずいぶん優しい。
他には誰も来ない公園でただ二人。立ち止まってくれるリョウさんのために虫除けを持ってくるようになったし、一応ともう一本お茶を用意するようにもなった。
リョウさんの目にかかるほどの前髪も、奥二重のせいか強調される瞳も、今では近くで見られる。
「リョウさんって、髪の毛も服も操ってますよね」
「操る……?」
「踊ってる時。髪の毛も服も、手足と違って勝手に動くはずなのに全部操ってるように見えるので」
「んなことできるわけないけど、そう見える?」
「そう見えます。それがすごく、すごく素敵だなって」
「そっか」
リョウさんはおれの『好き』を聞いてくれる。リョウさんの踊りのどんなところが好きなのかを聞いてくれる。おれは踊りに関して素人だから、ただこれがいいとかあれがいいとかしか言えなくて、専門的なものなんか一つもない。全部曖昧な擬音や感覚でわけのわからないことを言うのに、聞いてくれる。
彼が気にしている背について、それこそダンスの視点からはわからない。だけどもおれは今のリョウさんが好きで、だから今のバランスがいいんじゃないかって思ってしまう。言えないけれど。
もしリョウさんの背が高かったならまた違った踊りだったんじゃないだろうか。この人ならそれはそれでおれの好みだったのかもしれないけど、わからない。でも今がいい。今のリョウさんを、どうやっても好きでいる。
「リョウさんのことを知れてよかった。あなたが生きて踊っている今の時代に、おれも同じようにいられてよかった」
この人がまだ踊っているときに知れてよかった。間に合った。
「大げさ」
リョウさんが笑ってくれる。だからやっぱり良かったと思える。
この人は暗い公園で一人踊っている人ではないと思う。多くの人に見てもらって、多くの人に評価されるべきだと思う。本当を言うのなら、誰かの添え物でなく舞台に立つ人なんだとも思う。でも彼はそれにこだわってはいない。だけどおれは、おれはね、ファンだからそう思うよ。身長なんか関係ない。リョウさんさえいれば、その素敵な世界が構築されるのにって思うよ。
「また聞かせてください。良かったことも悪かったことも、話せないようなことも」
「話せないことなら言えないだろうが」
「おれにだけ! 穴掘って叫ぶみたいな感じで。体の中に溜めるより出したほうがいいと思いませんか」
「それはまぁ……まぁな」
つい、必死さの表れで身振りの大きくなったおれをリョウさんが笑う。
この人の不安を取り除きたい。できることなら何でもしたい。
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