明日の朝を待っている

紺色橙

文字の大きさ
上 下
9 / 22

9 好きです

しおりを挟む
「DVD出るんなら教えてやるよ。ああ……要らないか」

 自分で調べるよな、という呟きに食い気味に否定した。

「教えてください」

 当然自分でも調べはするが、そういう問題ではない。じゃあ何だと言われてもわからないけれど。そういう問題ではないのだ。

「じゃあ連絡先教えて? 鈴江瑠偉すずえるいクン」

 わざとらしく初めて呼ばれた自分の名前に驚き、そういえばファンレターを出したのだったと思いだした。

「手紙届いたんですね」
「うん。初めてもらった」

 そんなことあるだろうか。このリョウさんに誰も愛を叫ばないなんてあるだろうか。でも、連絡先が分からなければどうにもならないのは確かだ。おれは現実のリョウさんに会えたから色々知れているけれど、もし初めて知ったのがMVやワークショップの動画だったなら、手紙を出そうなんて思うはずもない。

「嬉しかった」

 素朴な声が公園を支配する。
 『嬉しかった。』――そうか、喜んでもらえたのか。

「そろそろ帰る」
「あ、はい」

 立ち上がったリョウさんは、やっぱり優しい顔をしていた。

「手紙に書いたの、嘘じゃないです。あのレターセットを貸してくれた子が、愛を叫びたくなるんだって言ってて、だから俺も」
「またな」

 去り行く背中をただ見送る。

 手紙に書いたのはただ、「好きです」という言葉。あなたを見に行って、たくさん言いたいことはあったけど、ただ、それだけ。



***



 踊りを見せてもらってお金を払うとき、リョウさんは何とも言えない顔をするようになった。先日聞いた通り、今後に不安があるのなら役立ててほしいと思うんだけど、彼が理想とするのはきちんとした舞台に立ってお金をもらうことなのかもしれない。でもそれならなおさら、おれは後方支援者になりたい。

 踊りを見せてもらって、もしくは気分じゃないと断られても、リョウさんは少しの間おれと話をしてくれる。ぼんやりとした公園の明かりに照らされたその表情は知り合った頃よりずいぶん優しい。
 他には誰も来ない公園でただ二人。立ち止まってくれるリョウさんのために虫除けを持ってくるようになったし、一応ともう一本お茶を用意するようにもなった。
 リョウさんの目にかかるほどの前髪も、奥二重のせいか強調される瞳も、今では近くで見られる。

「リョウさんって、髪の毛も服も操ってますよね」
「操る……?」
「踊ってる時。髪の毛も服も、手足と違って勝手に動くはずなのに全部操ってるように見えるので」
「んなことできるわけないけど、そう見える?」
「そう見えます。それがすごく、すごく素敵だなって」
「そっか」

 リョウさんはおれの『好き』を聞いてくれる。リョウさんの踊りのどんなところが好きなのかを聞いてくれる。おれは踊りに関して素人だから、ただこれがいいとかあれがいいとかしか言えなくて、専門的なものなんか一つもない。全部曖昧な擬音や感覚でわけのわからないことを言うのに、聞いてくれる。
 彼が気にしている背について、それこそダンスの視点からはわからない。だけどもおれは今のリョウさんが好きで、だから今のバランスがいいんじゃないかって思ってしまう。言えないけれど。
 もしリョウさんの背が高かったならまた違った踊りだったんじゃないだろうか。この人ならそれはそれでおれの好みだったのかもしれないけど、わからない。でも今がいい。今のリョウさんを、どうやっても好きでいる。

「リョウさんのことを知れてよかった。あなたが生きて踊っている今の時代に、おれも同じようにいられてよかった」

 この人がまだ踊っているときに知れてよかった。間に合った・・・・・

「大げさ」

 リョウさんが笑ってくれる。だからやっぱり良かったと思える。
 この人は暗い公園で一人踊っている人ではないと思う。多くの人に見てもらって、多くの人に評価されるべきだと思う。本当を言うのなら、誰かの添え物でなく舞台に立つ人なんだとも思う。でも彼はそれにこだわってはいない。だけどおれは、おれはね、ファンだからそう思うよ。身長なんか関係ない。リョウさんさえいれば、その素敵な世界が構築されるのにって思うよ。

「また聞かせてください。良かったことも悪かったことも、話せないようなことも」
「話せないことなら言えないだろうが」
「おれにだけ! 穴掘って叫ぶみたいな感じで。体の中に溜めるより出したほうがいいと思いませんか」
「それはまぁ……まぁな」

 つい、必死さの表れで身振りの大きくなったおれをリョウさんが笑う。
 この人の不安を取り除きたい。できることなら何でもしたい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

処理中です...