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8 一生
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ライブが終わってしまえばそれまでで、記憶はどんどん薄れていく。瞬間記憶能力があればなぁとしみじみ悲しみながら帰路についた。
残り数日のライブを同じようにネットで追って、動画を再生してはフードの向こうの顔を思い浮かべる。一挙手一投足に意味があるのだと言われずとも感じ取れる踊りが好きで、やっぱり行ってよかったと、数日前に感謝した。
リョウさんはライブが終わったらすぐに休みになるんだろうか。ツアー最終日は地方だが、観光なんかして帰るんだろうか。
会う約束なんかしているはずもなくて、ライブが終わったあとなんだから疲れているのが当然で、休息時間を取るだろうとはわかっている。でももしかしたら、日課としているジョギングぐらいはするかもなんて、思っている。
アーティストの予定は出るが、それに付随するダンサーの予定は出てこない。知りたいのなら本人に聞くしかないだろう。リョウさんが本人公式SNSをやってくれたらいいのになという思いもあれど、本人に直接会いたいという気持ちもある。
自分は情報が欲しいのか、それとも彼に会いたいのか。
彼に会うことは踊りが見れる可能性があるということで、それに期待しているのかも。
半分凍らせたペットボトルのお茶をもって、夜の公園へと向かう。
もしかしたらリョウさんは早く来るかも。もしかしたら遅く来るかも。
来ることに期待して、それでも待つ気でいた。日は暮れ直射日光がない分暑さは減っているが、代わりに湿度がある。うっかり行き倒れていたら笑いものにされてしまう。
頭から足先までかけた虫除け。効くのかわからないリング状のものまで手首にぶら下げて歩く。
来るかな、来ないかな。ライブツアーは昨日で終わっている。今日飛行機に乗ったなら、来てもおかしくはないだろう。
自分に都合よく考えて、あの小さなステージに腰掛ける。雨は降っておらず人の気配もない。手元のスマホでarisaのその後を追った。もしかしたらライブDVDの販売があるかも。いやきっとある。それが決定しましたなんて情報が上がるのはきっとすぐのことだろう。
「何してんの」
「あ、リョウさん」
やった。会えた。
リョウさんに会えばいつも通りのぱっとしない公園内が、はっきりとした姿を見せる。干からびた後の雨を予感するように緑は生き生きとしているように見えるし、それを照らす街灯だって曇ってはいない。拡散された光が木々の間に彼の影も作り出す。
「arisaのライブDVD販売来ないかなって見てました。撮影はされてますよね、絶対」
「うん。してる。売るかは知らん」
「問題がなきゃ売れると思うんですよ。問題ってもどんなのが引っかかるのかは知らないんですけど」
映しちゃいけない人が映っているとか、あるんだろうか。
とっさに自分が参加した公演を思い出した。ファンのことをつぶさに見たわけではないけれど、そんなおかしな格好も声援もなかったと思う。もし有名人がいたのならarisaのファンだとしてもきっとその人を窺う人は多くいて、視線や噂が飛び交っていてもよかったはず。でもおれが参加したときの公演がまるっと使われるわけでもないだろう。
「リョウさん次のお仕事決まってますか? それ聞こうと思って。次またライブに出るとかなら早いうちに手を打たないと」
今回はぎりぎりだった。アーティストによっては直近の購入は転売金額が高くてどうにもならないこともあるだろう。もしできるなら、今のうちにファンクラブに入ってチケットを買う方がいいかもしれないと考えた。
「緒形タカヒロのコンサートに出る」
また、知らない名前。いや、聞いたことはある名前。女性に人気の、顔がよく俳優活動もしている人。でも、音楽までは知らない。目力のある人だった気がするけれど、多くの若手俳優を並べられたらおれは見つけ出せないだろう。
「このあいだの時みたいに?」
「まぁ全体通してちょいちょいいるかもってくらい」
arisaは完全にダンサーを役者のように扱い舞台上演出の一部としていたが、緒形タカヒロはそういうわけではないということだろうか。
「まだわかんねぇよ。話来てオッケー出して、ちょろっと希望構成貰っただけだし」
つい先日までライブに出演していたのだ。しかも地方を回って。リョウさんが直接緒形に会って色んな取り決めを見知るにはまだ早い。
「でも出るのならチケット取りに今から動きます」
「それはまぁ、ご自由に?」
ストーカーじみているかもしれないが、リョウさんは否定しない。嫌がられても隠れて見に行くけれど、認められている方が気分はいい。
「ツアー、お疲れさまって言っていいんでしょうか」
部外者の自分がそういう言葉をかけるのは何か違う気もする。でも何か月も踊り続けた体にお疲れ様とも言いたい。
リョウさんはおれの隣に座ると、ふぅと息を吐いた。
「まぁ出てる時間が長かったからな。でもアーティスト側は最初から最後までずっと舞台にいるわけだし」
「でも踊ってるわけではないですよね。どうなんだろう」
「アイドルなんかだと踊りもやってるからなぁ」
歌うだけでもカロリーは消費される。だけど全身動かしている方が疲れるんじゃないかとおれは思ってしまう。自分がメインであるっていう心理的負担は遥かに大きいかもしれないけれど。
「リョウさんアイドル好きですか?」
「いや別に」
「アイドルになればいいのに。歌って踊るの」
そうしたらリョウさんを『推し』として、きっと毎日楽しい。
「しねぇよ。つか、出来ねぇよ。歌も、顔も、年齢も」
歌は練習次第のような気もする。顔は、おれから見たリョウさんはかっこいいと思うけど、アイドルっていうものはもっと激しく美形なんだろうか。やっぱり現実で見ると違うなって思うくらい。よく女優さんのことをお人形さんのように顔が小さく美しいとは聞く気がする。
「俺はアイドルになりたいわけじゃない。でも、俺より若いのが踊ってたりすると、何とも言えない気分になる」
「おれのほうが上手いって?」
「違う。……違わないかもしれない」
それきりリョウさんは黙ってしまった。足を組みぼんやりと後ろに手をつき体を支えている。前を見ている目はきっとどこも見ていない。
公園はただ静かで、隣にリョウさんがいてくれることが嬉しかった。まとわりつく湿気さえも、きっと隣の人と同じものを感じているのだと思えば、なんだか"二人のもの"であるようで嬉しい。
「若いのが結果を出してんのに、俺はって比較してる。これで食っていけてるんだし問題ないのに、これからのことが不安になる」
「バックダンサーだっていうのが気になる?」
「いや、そういうんじゃないんだけど……。俺よりうまい奴はいくらでもいて、若い奴がどんどん結果を出してる。それがただ、不安で。背だって、低いだろ。女性と並んだ時に格好がつかないんだ。年を取るほど、さらにきっと……」
アーティストがそれなりに年いった女性であったとして、相方としてダンサーを選ぶなら同じようにそれなりに年いったものを選ぶだろう。極端に若い男性は選ばれないはず。若いアイドルではない女性アーティストの公演で求められるダンスは、きっと恋愛じみたもの。そうなったときにその身長の低さが、さらにネックになってしまうとリョウさんは考えている。おれが見下ろしてしまうその背が。
努力ではどうにもできない体。一生ついて回る悩み。
「お前位背があったら、格好ついたのになって思うことはよくある。せめてもう少しあれば」
女性に対する『男役』ならば背が高いのが好まれる。ダンサーとして一流でいくら物語を踊りで紡げようとも、そうではない仕事は世の中にあり、そしてその男役の仕事は来ない。それでなくとも年を取るほど下が追い上げてきて、どんどん仕事がとられていく。
「あの、変なこと言いますね」
「何」
「おれに雇われませんか。一生」
「何言ってんの。プロポーズ?」
鼻で笑うリョウさんに、そうではないんだけど似たような提案。
「一定の収入があれば、少しは不安が軽減されるかなと思って」
「まー金は大事だからねー」
投げやりな同意。
「パトロンってやつです。おれはリョウさんが好き。だから支援したい。それだけです」
一生。
おれが好きな踊りを、リョウさんに好きでいてもらいたい。不安を抱えたままでいてほしくない。その時その時の踊りにすべてを捧げてほしい。年を取って表現が変わったとしても、そんなリョウさんそのものを愛したい。
リョウさんはおれの話を軽く笑ったが、その顔は優しかった。
もし実際に支援者に望まれなくても、俺が選んでもらえなくても、片隅に置いておいてくれたらうれしい。
残り数日のライブを同じようにネットで追って、動画を再生してはフードの向こうの顔を思い浮かべる。一挙手一投足に意味があるのだと言われずとも感じ取れる踊りが好きで、やっぱり行ってよかったと、数日前に感謝した。
リョウさんはライブが終わったらすぐに休みになるんだろうか。ツアー最終日は地方だが、観光なんかして帰るんだろうか。
会う約束なんかしているはずもなくて、ライブが終わったあとなんだから疲れているのが当然で、休息時間を取るだろうとはわかっている。でももしかしたら、日課としているジョギングぐらいはするかもなんて、思っている。
アーティストの予定は出るが、それに付随するダンサーの予定は出てこない。知りたいのなら本人に聞くしかないだろう。リョウさんが本人公式SNSをやってくれたらいいのになという思いもあれど、本人に直接会いたいという気持ちもある。
自分は情報が欲しいのか、それとも彼に会いたいのか。
彼に会うことは踊りが見れる可能性があるということで、それに期待しているのかも。
半分凍らせたペットボトルのお茶をもって、夜の公園へと向かう。
もしかしたらリョウさんは早く来るかも。もしかしたら遅く来るかも。
来ることに期待して、それでも待つ気でいた。日は暮れ直射日光がない分暑さは減っているが、代わりに湿度がある。うっかり行き倒れていたら笑いものにされてしまう。
頭から足先までかけた虫除け。効くのかわからないリング状のものまで手首にぶら下げて歩く。
来るかな、来ないかな。ライブツアーは昨日で終わっている。今日飛行機に乗ったなら、来てもおかしくはないだろう。
自分に都合よく考えて、あの小さなステージに腰掛ける。雨は降っておらず人の気配もない。手元のスマホでarisaのその後を追った。もしかしたらライブDVDの販売があるかも。いやきっとある。それが決定しましたなんて情報が上がるのはきっとすぐのことだろう。
「何してんの」
「あ、リョウさん」
やった。会えた。
リョウさんに会えばいつも通りのぱっとしない公園内が、はっきりとした姿を見せる。干からびた後の雨を予感するように緑は生き生きとしているように見えるし、それを照らす街灯だって曇ってはいない。拡散された光が木々の間に彼の影も作り出す。
「arisaのライブDVD販売来ないかなって見てました。撮影はされてますよね、絶対」
「うん。してる。売るかは知らん」
「問題がなきゃ売れると思うんですよ。問題ってもどんなのが引っかかるのかは知らないんですけど」
映しちゃいけない人が映っているとか、あるんだろうか。
とっさに自分が参加した公演を思い出した。ファンのことをつぶさに見たわけではないけれど、そんなおかしな格好も声援もなかったと思う。もし有名人がいたのならarisaのファンだとしてもきっとその人を窺う人は多くいて、視線や噂が飛び交っていてもよかったはず。でもおれが参加したときの公演がまるっと使われるわけでもないだろう。
「リョウさん次のお仕事決まってますか? それ聞こうと思って。次またライブに出るとかなら早いうちに手を打たないと」
今回はぎりぎりだった。アーティストによっては直近の購入は転売金額が高くてどうにもならないこともあるだろう。もしできるなら、今のうちにファンクラブに入ってチケットを買う方がいいかもしれないと考えた。
「緒形タカヒロのコンサートに出る」
また、知らない名前。いや、聞いたことはある名前。女性に人気の、顔がよく俳優活動もしている人。でも、音楽までは知らない。目力のある人だった気がするけれど、多くの若手俳優を並べられたらおれは見つけ出せないだろう。
「このあいだの時みたいに?」
「まぁ全体通してちょいちょいいるかもってくらい」
arisaは完全にダンサーを役者のように扱い舞台上演出の一部としていたが、緒形タカヒロはそういうわけではないということだろうか。
「まだわかんねぇよ。話来てオッケー出して、ちょろっと希望構成貰っただけだし」
つい先日までライブに出演していたのだ。しかも地方を回って。リョウさんが直接緒形に会って色んな取り決めを見知るにはまだ早い。
「でも出るのならチケット取りに今から動きます」
「それはまぁ、ご自由に?」
ストーカーじみているかもしれないが、リョウさんは否定しない。嫌がられても隠れて見に行くけれど、認められている方が気分はいい。
「ツアー、お疲れさまって言っていいんでしょうか」
部外者の自分がそういう言葉をかけるのは何か違う気もする。でも何か月も踊り続けた体にお疲れ様とも言いたい。
リョウさんはおれの隣に座ると、ふぅと息を吐いた。
「まぁ出てる時間が長かったからな。でもアーティスト側は最初から最後までずっと舞台にいるわけだし」
「でも踊ってるわけではないですよね。どうなんだろう」
「アイドルなんかだと踊りもやってるからなぁ」
歌うだけでもカロリーは消費される。だけど全身動かしている方が疲れるんじゃないかとおれは思ってしまう。自分がメインであるっていう心理的負担は遥かに大きいかもしれないけれど。
「リョウさんアイドル好きですか?」
「いや別に」
「アイドルになればいいのに。歌って踊るの」
そうしたらリョウさんを『推し』として、きっと毎日楽しい。
「しねぇよ。つか、出来ねぇよ。歌も、顔も、年齢も」
歌は練習次第のような気もする。顔は、おれから見たリョウさんはかっこいいと思うけど、アイドルっていうものはもっと激しく美形なんだろうか。やっぱり現実で見ると違うなって思うくらい。よく女優さんのことをお人形さんのように顔が小さく美しいとは聞く気がする。
「俺はアイドルになりたいわけじゃない。でも、俺より若いのが踊ってたりすると、何とも言えない気分になる」
「おれのほうが上手いって?」
「違う。……違わないかもしれない」
それきりリョウさんは黙ってしまった。足を組みぼんやりと後ろに手をつき体を支えている。前を見ている目はきっとどこも見ていない。
公園はただ静かで、隣にリョウさんがいてくれることが嬉しかった。まとわりつく湿気さえも、きっと隣の人と同じものを感じているのだと思えば、なんだか"二人のもの"であるようで嬉しい。
「若いのが結果を出してんのに、俺はって比較してる。これで食っていけてるんだし問題ないのに、これからのことが不安になる」
「バックダンサーだっていうのが気になる?」
「いや、そういうんじゃないんだけど……。俺よりうまい奴はいくらでもいて、若い奴がどんどん結果を出してる。それがただ、不安で。背だって、低いだろ。女性と並んだ時に格好がつかないんだ。年を取るほど、さらにきっと……」
アーティストがそれなりに年いった女性であったとして、相方としてダンサーを選ぶなら同じようにそれなりに年いったものを選ぶだろう。極端に若い男性は選ばれないはず。若いアイドルではない女性アーティストの公演で求められるダンスは、きっと恋愛じみたもの。そうなったときにその身長の低さが、さらにネックになってしまうとリョウさんは考えている。おれが見下ろしてしまうその背が。
努力ではどうにもできない体。一生ついて回る悩み。
「お前位背があったら、格好ついたのになって思うことはよくある。せめてもう少しあれば」
女性に対する『男役』ならば背が高いのが好まれる。ダンサーとして一流でいくら物語を踊りで紡げようとも、そうではない仕事は世の中にあり、そしてその男役の仕事は来ない。それでなくとも年を取るほど下が追い上げてきて、どんどん仕事がとられていく。
「あの、変なこと言いますね」
「何」
「おれに雇われませんか。一生」
「何言ってんの。プロポーズ?」
鼻で笑うリョウさんに、そうではないんだけど似たような提案。
「一定の収入があれば、少しは不安が軽減されるかなと思って」
「まー金は大事だからねー」
投げやりな同意。
「パトロンってやつです。おれはリョウさんが好き。だから支援したい。それだけです」
一生。
おれが好きな踊りを、リョウさんに好きでいてもらいたい。不安を抱えたままでいてほしくない。その時その時の踊りにすべてを捧げてほしい。年を取って表現が変わったとしても、そんなリョウさんそのものを愛したい。
リョウさんはおれの話を軽く笑ったが、その顔は優しかった。
もし実際に支援者に望まれなくても、俺が選んでもらえなくても、片隅に置いておいてくれたらうれしい。
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