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おまけ
卵が先か、鶏が先か
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『頭が真っ白になる』
文字通りの経験がある。一番若い記憶は幼稚園の時だ。かけっこで一番になれなかったとか友達におもちゃで殴られたとか、そんな明確な理由はいい方で、親曰く、人参が丸いのが不満な時もあったらしい。
子供のオレは、泣いて、怒って、頭が真っ白になった。何に泣いているのか自分が今どうなっているのかもわからず、また泣きわめく。
癇癪を起して顔を真っ赤にし、意思の疎通もできなくなるオレのことを親は心配した。そのような特性なのか、どう対処したらいいのか。児童相談に行き、医者へ見せ、診断されたのがペインターであるということだった。
卵が先か、鶏が先か。その問いと同じだ。色を制御できず興奮状態になるのか、興奮を制御できず色が溢れてしまうのか。大人になった今でも、どちらとも結論付けられずにいる。それほど似ていて、結びついている。
子供の頃、色に乗っ取られるのが怖かった。一度タガが外れれば真っ白になってしまう頭。そうなると分かっているのに止められない心。助けを求めても親は一般的なギャラリーで受け止めることはできやしない。定期的に通院し色を抜こうが、お子様の興奮なんかすぐにやってくるのだ。色に沈む。助けてくれる人はいない。それが悲しくて、怖かった。
「ぁああんっ、あひっ、や、ぁ、ぁあんっ、あ゛あ゛んんっ」
声を抑えず水瀬さんが喘ぐ。彼は、オレにとって大事で願ってもない人。キャンバスだから――理由はそれだけでも十分だけれど、今こうして熱すらも受け入れてくれる。
セックスするだろうとちゃんと予想して、体を綺麗にして来てくれたんだって。男に抱かれるなんてさすがに無理だって、それはキャンバスの仕事ではないってお断りされても仕方なかったのに、受け入れる準備をしてきてくれたんだって。そんなの、セットじゃなくたって好きが加算されるだろう。
「ああっ、また、いっちゃう!」
コンビニで買ってきた少量のコンドームはいつの間にかなくなった。「ねぇそのまま入れていい?」問いに彼は、一度ぎゅっと瞼を閉じて目を開き、眉を下げて「いいよ」と言った。
オレの興奮が水瀬さんに伝染しているのか、それとも彼の興奮がオレに伝染しているのか、わからない。魂を繋げた今となっては、きっと相互通行なんだろう。ステイニングしなければよかったなと、ふと思う。そうすれば彼だけの興奮を見ることができただろう。
水瀬さんの両足を肩に抱え、上から圧し掛かるように深く貫く。彼は息を詰めた。
すっかり根元まで咥えこんでくれている。その汗ばむ体に手を這わす。彼自身が幾度か放ったもので肌が濡れている。その胸は抑えつけられ、ひぅひぅと浅い呼吸が繰り返された。腰を引いて、打ち付ける。肌のぶつかる音が部屋中に響く。
「あ、あっ、あ、い、イイ」
コンドームがなくなってから、中に何度出したかな。ずちゅずちゅと擦れる音は彼の耳に届いているだろうか。色を与え、欲をぶつける。制御なんてしない興奮を、彼はすべて受け入れる。
「気持ちいい?」
独り言のような、問いかけ。水瀬さんはこくこくと頷く。すっかり上気した頬に口づけた。
彼は触るのも触られるのも初めてだと言った。オレのためにその体を開くのは怖いことだったろうに、平気だよと笑う。「ステイニングしたせいか、坂本さんに悪いようにはされないって分かるんだ」と言った。だからステイニングはしてよかったんだろう。でないと襲われる恐怖で、こうして快楽を感じ喘ぐことはなかっただろうから。
「ぁ、ぁあうっ……、ぁんっ!」
白く染まったその体は、さらにオレの興奮を吸い取ってくれる。だから、頭が真っ白になっていつの間にかこの人を壊していたなんてことには、ならない。最高に気持ちのいい状態で意識があって、保たれる。気持ちがいい。体と心が、彼にすべて受け入れられている。
何度も何度も打ち付けた。自分の中にこんなにも飢えていた部分があったのかと思ってしまうくらい、際限なく彼を貪った。これ以上ないほどに満たされている。だけれどまだ欲しい。水瀬さんはすっかりオレの色に染まっているけれど、魂も体も繋げたけれど、もっと欲しい。もっと、あげたい。
「ちょうだい」
口には出していない思いが通じる。笑う彼に、また注ぎ込んだ。
「あっ――! はっ、ぁ、ぁあ……ッ」
がくがくと体を震わせる水瀬さんに抱き着いて、呼吸を整える。おしまいにしようとすると、止められた。
「待って、抜かないで」
「おねだり? まだしたい?」
「違う」
彼は赤い顔で否定する。オレは体をゆっくりと、余韻を楽しむみたいに引いた。
「あっ、ダメ。溢れちゃうから」
「色?」
彼は首を横に振り、その手でまだギリギリ繋がっているところを抑えようとした。
「んん――っ、あ、あ、出ちゃう」
丸くなった目が困ったようにそこを見ている。肩に抱えていた足を手で支え、ゆっくり彼の中から出ると、くぷくぷと白濁液が漏れ出てきた。
「ああ、こっちか」
きゅうきゅうと開いたり閉じたりを繰り返すそこは、最初に比べてすっかり緩んでしまったようだ。白が彼の尻を伝う。
「汚れちゃ――」
「大丈夫だって。オレのシャツがあるし、シーツの下まで染みても洗濯したらいいよ」
「うぅ……」
水瀬さんは恥ずかしそうに眉を寄せてそっぽを向いた。やったのはオレなのに、一人で気まずくなっているようだ。
「ありがと」
彼の足を下ろし、全身で彼を抱きしめた。
言うのは感謝の言葉。言葉にしなくても伝わっているだろう思い。
「受け入れてくれてありがとう。水瀬さんがセットでよかった。そんなものが、あってよかった」
オレがペインターでなかったら、”オレの色を持つ彼”には会えなかった。ただの何百といる客の一人にすぎなかった。運命で好きになることが決まっていたとしても有難いことだ。愛せる人がいるよってネタバレされてんのも悪くない。オレはきっとこの人を、これからもっと好きになる。それはもう運命ではない。
「これからよろしく」
「はい。こちらこそ」
白い爪に、優しく頭を撫でられた。
腕の中の体温。混ざりのない色が伝わる。オレだけの色は、オレと彼だけの色になった。
[終わり]
文字通りの経験がある。一番若い記憶は幼稚園の時だ。かけっこで一番になれなかったとか友達におもちゃで殴られたとか、そんな明確な理由はいい方で、親曰く、人参が丸いのが不満な時もあったらしい。
子供のオレは、泣いて、怒って、頭が真っ白になった。何に泣いているのか自分が今どうなっているのかもわからず、また泣きわめく。
癇癪を起して顔を真っ赤にし、意思の疎通もできなくなるオレのことを親は心配した。そのような特性なのか、どう対処したらいいのか。児童相談に行き、医者へ見せ、診断されたのがペインターであるということだった。
卵が先か、鶏が先か。その問いと同じだ。色を制御できず興奮状態になるのか、興奮を制御できず色が溢れてしまうのか。大人になった今でも、どちらとも結論付けられずにいる。それほど似ていて、結びついている。
子供の頃、色に乗っ取られるのが怖かった。一度タガが外れれば真っ白になってしまう頭。そうなると分かっているのに止められない心。助けを求めても親は一般的なギャラリーで受け止めることはできやしない。定期的に通院し色を抜こうが、お子様の興奮なんかすぐにやってくるのだ。色に沈む。助けてくれる人はいない。それが悲しくて、怖かった。
「ぁああんっ、あひっ、や、ぁ、ぁあんっ、あ゛あ゛んんっ」
声を抑えず水瀬さんが喘ぐ。彼は、オレにとって大事で願ってもない人。キャンバスだから――理由はそれだけでも十分だけれど、今こうして熱すらも受け入れてくれる。
セックスするだろうとちゃんと予想して、体を綺麗にして来てくれたんだって。男に抱かれるなんてさすがに無理だって、それはキャンバスの仕事ではないってお断りされても仕方なかったのに、受け入れる準備をしてきてくれたんだって。そんなの、セットじゃなくたって好きが加算されるだろう。
「ああっ、また、いっちゃう!」
コンビニで買ってきた少量のコンドームはいつの間にかなくなった。「ねぇそのまま入れていい?」問いに彼は、一度ぎゅっと瞼を閉じて目を開き、眉を下げて「いいよ」と言った。
オレの興奮が水瀬さんに伝染しているのか、それとも彼の興奮がオレに伝染しているのか、わからない。魂を繋げた今となっては、きっと相互通行なんだろう。ステイニングしなければよかったなと、ふと思う。そうすれば彼だけの興奮を見ることができただろう。
水瀬さんの両足を肩に抱え、上から圧し掛かるように深く貫く。彼は息を詰めた。
すっかり根元まで咥えこんでくれている。その汗ばむ体に手を這わす。彼自身が幾度か放ったもので肌が濡れている。その胸は抑えつけられ、ひぅひぅと浅い呼吸が繰り返された。腰を引いて、打ち付ける。肌のぶつかる音が部屋中に響く。
「あ、あっ、あ、い、イイ」
コンドームがなくなってから、中に何度出したかな。ずちゅずちゅと擦れる音は彼の耳に届いているだろうか。色を与え、欲をぶつける。制御なんてしない興奮を、彼はすべて受け入れる。
「気持ちいい?」
独り言のような、問いかけ。水瀬さんはこくこくと頷く。すっかり上気した頬に口づけた。
彼は触るのも触られるのも初めてだと言った。オレのためにその体を開くのは怖いことだったろうに、平気だよと笑う。「ステイニングしたせいか、坂本さんに悪いようにはされないって分かるんだ」と言った。だからステイニングはしてよかったんだろう。でないと襲われる恐怖で、こうして快楽を感じ喘ぐことはなかっただろうから。
「ぁ、ぁあうっ……、ぁんっ!」
白く染まったその体は、さらにオレの興奮を吸い取ってくれる。だから、頭が真っ白になっていつの間にかこの人を壊していたなんてことには、ならない。最高に気持ちのいい状態で意識があって、保たれる。気持ちがいい。体と心が、彼にすべて受け入れられている。
何度も何度も打ち付けた。自分の中にこんなにも飢えていた部分があったのかと思ってしまうくらい、際限なく彼を貪った。これ以上ないほどに満たされている。だけれどまだ欲しい。水瀬さんはすっかりオレの色に染まっているけれど、魂も体も繋げたけれど、もっと欲しい。もっと、あげたい。
「ちょうだい」
口には出していない思いが通じる。笑う彼に、また注ぎ込んだ。
「あっ――! はっ、ぁ、ぁあ……ッ」
がくがくと体を震わせる水瀬さんに抱き着いて、呼吸を整える。おしまいにしようとすると、止められた。
「待って、抜かないで」
「おねだり? まだしたい?」
「違う」
彼は赤い顔で否定する。オレは体をゆっくりと、余韻を楽しむみたいに引いた。
「あっ、ダメ。溢れちゃうから」
「色?」
彼は首を横に振り、その手でまだギリギリ繋がっているところを抑えようとした。
「んん――っ、あ、あ、出ちゃう」
丸くなった目が困ったようにそこを見ている。肩に抱えていた足を手で支え、ゆっくり彼の中から出ると、くぷくぷと白濁液が漏れ出てきた。
「ああ、こっちか」
きゅうきゅうと開いたり閉じたりを繰り返すそこは、最初に比べてすっかり緩んでしまったようだ。白が彼の尻を伝う。
「汚れちゃ――」
「大丈夫だって。オレのシャツがあるし、シーツの下まで染みても洗濯したらいいよ」
「うぅ……」
水瀬さんは恥ずかしそうに眉を寄せてそっぽを向いた。やったのはオレなのに、一人で気まずくなっているようだ。
「ありがと」
彼の足を下ろし、全身で彼を抱きしめた。
言うのは感謝の言葉。言葉にしなくても伝わっているだろう思い。
「受け入れてくれてありがとう。水瀬さんがセットでよかった。そんなものが、あってよかった」
オレがペインターでなかったら、”オレの色を持つ彼”には会えなかった。ただの何百といる客の一人にすぎなかった。運命で好きになることが決まっていたとしても有難いことだ。愛せる人がいるよってネタバレされてんのも悪くない。オレはきっとこの人を、これからもっと好きになる。それはもう運命ではない。
「これからよろしく」
「はい。こちらこそ」
白い爪に、優しく頭を撫でられた。
腕の中の体温。混ざりのない色が伝わる。オレだけの色は、オレと彼だけの色になった。
[終わり]
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