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君に捧ぐ、色を注ぐ
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色を貰うと心地がいい。自分が型取られるような気がする。落ち着く場所を体内に貰ったような、他所を気にしなくていいような、自分がちゃんとそこにいる確かさ。
ペインターである坂本に色を注がれるようになって、水瀬は安定する精神を喜ばしく思っていた。けれど、認められていたはずの自分すらも結局"貰い物"であることも知ってしまった。
「嫌だよな。セットなんかじゃなければ、水瀬さんの白髪はなかったしね」
嫌ではなく、そうでないとも言い切れない。
坂本に色を注いでもらうのは、欠けた部分を合わせるのに等しい。割れた皿の継ぎ目がピタリと合うように、これだという確信と安心がある。
他の人だったらどうなのだろう。他のペインターに注がれたとしてもそれだけの安心感はあるんだろうか。
「リムーバーとしてあんたを剥離しようとしても、できない。掴むところがないみたいな、何をどうすればいいのかもわからない。オレからしてみれば確かに水瀬さん自身は透明で色がないんだ。でも、白が出てることも分かる」
色を受け取りに会うたびに話をした。ペインターやキャンバスとして話をするうちに、坂本に自身はリムーバーでもあると教えられた。余計な色を抜く程度すぐに出来るよと簡単に言う。
水瀬はだから、坂本に会うとまず余計な色を抜いてもらう。多くのギャラリーが撒き散らす煙のようなその色は、残りはしないが気配を通す。それを坂本は無くしてくれるから、すごくすっきりする。その上で色を注いでもらえれば、透明は真っ白に包まれる。
昔からある白髪。見た目が気になり、他人からどう思われているかと不安もある。そんな自分をそのまま認めようと感じ始めていた。でもそれは坂本の白だという。さらには、ありのままを許そうと前向きになった気持ちすら、坂本が注いでくれていたおかげだ。
全部全部与えられたもの。それが引っかかる。けれど、それでもいいと思ってしまう心もある。それでもいいと思ってしまうことにも、また引っかかる。
ストレスを受け美容院まで会いに行けば、坂本はそっと手を繋いでくれた。水瀬は"急速充電"ってこれだろうなと、体内を巡る色を感じる。お客さんを待たせているから、本当に短い間だけ。でもそれで足りるし、何より、すぐに対応してくれるのが嬉しかった。
ペインターにとってのメリットもあろうが、邪険に扱われないことにほっとする。喜んでしまう。その浅ましさはキャンバスだから、そういう性質だからと水瀬は自分に言い聞かせていた。
坂本に会ってから、水瀬はペインターとキャンバスのことを調べるようになった。その性質によって体に出る不調のことはもちろん簡単に出てくる。でも知りたいのは、染色をするというその意識についてだった。
どうしたら「染色したい」と思うのか。ペインターがただ色を注ぐこともそうだが、更にペインターとキャンバスの間で行われる染色。自分の色を相手に定着させたいと思うのはどういう思いなのか。心の中に思い浮かぶ想定を追いやって、性質のせいにしたかった。
水瀬は、会ううちに坂本のことを好意的に見るようになっていた。
恋愛対象は女性だと思っていたけれど、坂本は男性だ。自分がバイになったというのならわかる。けど性質ではないんだろうか。いや、性質のせいだろう。きっと坂本からしても、ペインターの性質のせいがあるに違いない。
坂本はいつも距離が近い。ペインターだと知ったあの日もくっつくように座ってきたし、水瀬の顔を触ることにもためらいがなかった。いつも手を繋ぐのだってそう。
ペインターとしてもキャンバスとしても、直接触れるほうが色を通しやすい。その性質のせいで坂本は近いんだろう。美容師として多くの人に触るせいもあるかもしれない。――そこを間違えてはいけない。勘違いしてはいけない。
色という感覚を共有するからか、水瀬は付き合いが短くても坂本のことを分かるようになってきた。客商売で人当たりのいい坂本は、にこにこと愛想がいいけれど疲れを見せていることがある。そんな時は手を繋ぐだけでなく、寄りかかるように身を寄せられる。
服よりも直接触れる皮膚から濃く伝わるが、近くにいるだけでも水瀬は坂本の色を吸収した。近ければ近いほど、触れる面積が大きいほど。
水瀬の心臓がドクドクと脈打つ。色を多く注ぎ込まれているからではない。体温を感じているせいだ。
彼は――水瀬は思う――坂本は触れることが嫌ではないんだろうか。男に。
恋愛の話はしたことがなかった。今恋人がいるのかも聞いていない。でも嫌ではないと言われたところで、どうなるというのか。男女関係なく差別的ではないというのと、個人への思いは関係ない。
疲れてますね。そんなセリフも口を出ない。話を聞くだけで楽になるだろうか。それともわかったふりをするなと思われるだろうか。
考え、結局水瀬は何も言わない。坂本の家のリビングで、ただ静かな呼吸を聞いている。
会うのは平日が多い。火曜日休みの坂本に合わせ、仕事帰りに訪れる。残業さえしなければ、一緒に食事をすることも多い。結構、良い友人関係なんじゃないだろうか。会っている時間のほとんどはこうして静かに触れ合っているだけ。それだけで満ち足りる。たまに笑いあって、余計なことは言わないし詮索もしない。
ペインターと会えるのは貴重で、今後も長い付き合いになる可能性は高い。今に甘んじるほうがいい。水瀬はそう判断した。
ペインターである坂本に色を注がれるようになって、水瀬は安定する精神を喜ばしく思っていた。けれど、認められていたはずの自分すらも結局"貰い物"であることも知ってしまった。
「嫌だよな。セットなんかじゃなければ、水瀬さんの白髪はなかったしね」
嫌ではなく、そうでないとも言い切れない。
坂本に色を注いでもらうのは、欠けた部分を合わせるのに等しい。割れた皿の継ぎ目がピタリと合うように、これだという確信と安心がある。
他の人だったらどうなのだろう。他のペインターに注がれたとしてもそれだけの安心感はあるんだろうか。
「リムーバーとしてあんたを剥離しようとしても、できない。掴むところがないみたいな、何をどうすればいいのかもわからない。オレからしてみれば確かに水瀬さん自身は透明で色がないんだ。でも、白が出てることも分かる」
色を受け取りに会うたびに話をした。ペインターやキャンバスとして話をするうちに、坂本に自身はリムーバーでもあると教えられた。余計な色を抜く程度すぐに出来るよと簡単に言う。
水瀬はだから、坂本に会うとまず余計な色を抜いてもらう。多くのギャラリーが撒き散らす煙のようなその色は、残りはしないが気配を通す。それを坂本は無くしてくれるから、すごくすっきりする。その上で色を注いでもらえれば、透明は真っ白に包まれる。
昔からある白髪。見た目が気になり、他人からどう思われているかと不安もある。そんな自分をそのまま認めようと感じ始めていた。でもそれは坂本の白だという。さらには、ありのままを許そうと前向きになった気持ちすら、坂本が注いでくれていたおかげだ。
全部全部与えられたもの。それが引っかかる。けれど、それでもいいと思ってしまう心もある。それでもいいと思ってしまうことにも、また引っかかる。
ストレスを受け美容院まで会いに行けば、坂本はそっと手を繋いでくれた。水瀬は"急速充電"ってこれだろうなと、体内を巡る色を感じる。お客さんを待たせているから、本当に短い間だけ。でもそれで足りるし、何より、すぐに対応してくれるのが嬉しかった。
ペインターにとってのメリットもあろうが、邪険に扱われないことにほっとする。喜んでしまう。その浅ましさはキャンバスだから、そういう性質だからと水瀬は自分に言い聞かせていた。
坂本に会ってから、水瀬はペインターとキャンバスのことを調べるようになった。その性質によって体に出る不調のことはもちろん簡単に出てくる。でも知りたいのは、染色をするというその意識についてだった。
どうしたら「染色したい」と思うのか。ペインターがただ色を注ぐこともそうだが、更にペインターとキャンバスの間で行われる染色。自分の色を相手に定着させたいと思うのはどういう思いなのか。心の中に思い浮かぶ想定を追いやって、性質のせいにしたかった。
水瀬は、会ううちに坂本のことを好意的に見るようになっていた。
恋愛対象は女性だと思っていたけれど、坂本は男性だ。自分がバイになったというのならわかる。けど性質ではないんだろうか。いや、性質のせいだろう。きっと坂本からしても、ペインターの性質のせいがあるに違いない。
坂本はいつも距離が近い。ペインターだと知ったあの日もくっつくように座ってきたし、水瀬の顔を触ることにもためらいがなかった。いつも手を繋ぐのだってそう。
ペインターとしてもキャンバスとしても、直接触れるほうが色を通しやすい。その性質のせいで坂本は近いんだろう。美容師として多くの人に触るせいもあるかもしれない。――そこを間違えてはいけない。勘違いしてはいけない。
色という感覚を共有するからか、水瀬は付き合いが短くても坂本のことを分かるようになってきた。客商売で人当たりのいい坂本は、にこにこと愛想がいいけれど疲れを見せていることがある。そんな時は手を繋ぐだけでなく、寄りかかるように身を寄せられる。
服よりも直接触れる皮膚から濃く伝わるが、近くにいるだけでも水瀬は坂本の色を吸収した。近ければ近いほど、触れる面積が大きいほど。
水瀬の心臓がドクドクと脈打つ。色を多く注ぎ込まれているからではない。体温を感じているせいだ。
彼は――水瀬は思う――坂本は触れることが嫌ではないんだろうか。男に。
恋愛の話はしたことがなかった。今恋人がいるのかも聞いていない。でも嫌ではないと言われたところで、どうなるというのか。男女関係なく差別的ではないというのと、個人への思いは関係ない。
疲れてますね。そんなセリフも口を出ない。話を聞くだけで楽になるだろうか。それともわかったふりをするなと思われるだろうか。
考え、結局水瀬は何も言わない。坂本の家のリビングで、ただ静かな呼吸を聞いている。
会うのは平日が多い。火曜日休みの坂本に合わせ、仕事帰りに訪れる。残業さえしなければ、一緒に食事をすることも多い。結構、良い友人関係なんじゃないだろうか。会っている時間のほとんどはこうして静かに触れ合っているだけ。それだけで満ち足りる。たまに笑いあって、余計なことは言わないし詮索もしない。
ペインターと会えるのは貴重で、今後も長い付き合いになる可能性は高い。今に甘んじるほうがいい。水瀬はそう判断した。
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