キスとパンチの流星群

湯島二雨

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第8章…愛人

28.学年主任、黒岩正志

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―――



 ―――チュンチュン

スズメの鳴く声が聞こえる。

朝、マンションの1階にある部屋。
そこは真里奈の家だった。

午前6時ちょうど、目覚ましが鳴り、真里奈は起床する。そして目覚ましを叩いて音を止める。


「……う~ん……」

彼女は朝が弱く、寝相も悪かった。起きたけどなかなかベッドから出られず、そのまま動かない。

「……う~ん眠い……あと5分……」

うとうとして、再び瞼を閉じ、微睡む。

「…………」

ガバッ!

いやダメだ。起きなければいけない。先生なんだから寝坊なんてしたら生徒に示しがつかない。


真里奈は睡眠の誘惑に負けず、上体を起こしてあくびをする。

「ふあぁ~……シャワー浴びよ……」


バスルームに行ってシャワーを浴び、朝のニュース番組を見ながら朝食を食べ、洗顔と歯みがきも済ませた後に鏡と向かい合いながら唇にリップグロスを塗り軽い化粧をする。

そして自動車を運転しながら提央高校に向かう。
これが真里奈のいつも通りの日課だった。



―――



 朝の8時前、高校に到着。
ハイヒールをコツコツと鳴らしながら職員室に向かった。


「おはようございます」

笑顔で挨拶する真里奈。

「あっ、白崎先生! おはようございます!!」

「おはようございます白崎先生!!」

職員室にいた男性教員たちが一斉に真里奈に注目した。

「白崎先生、今日もお綺麗ですね!」

「ありがとうございます~!」

若い男教師に褒められ、笑顔でお礼を言う真里奈。その他の男教師たちも真里奈に見惚れながらヒソヒソと話す。


「ああ……本当に美人だよな白崎先生……」

「しかもすげー若いからな~!」

「ウチの教員の平均年齢高めだから余計光り輝いて見えるよ……」


若くて美人でスタイルも良く、立ち振る舞いも上品で気品がある真里奈は男性教員たちの憧れの的になっており、ひそかに彼女を狙っている者も少なくない。
彼女の裏の顔を知らない男たちにとって、真里奈はまさに理想の女性だった。


朝だらしなく寝ぼけていたのがウソのようにシャキッとして仕事に励む真里奈に、1人の男が近づいてきた。


「……おはようございます白崎先生」

「……あ……おはようございます……黒岩先生……」


その男を見た真里奈は少しだけ顔が引きつったが笑顔で挨拶を返した。

真里奈に声をかけたのは黒岩くろいわ正志まさしという男教師。
口髭を生やした40代の中年男性で、1年A組の担任、学年主任。真里奈の上司だ。


「白崎先生、宿泊研修のしおりは完成しましたかな?」

「は、はい! 全部終わりました!」

いろいろあって苦戦はしたがなんだかんだで協力してくれた流星と一緒にしおりを完成させていた。
真里奈の返事を聞いた黒岩はニコッと微笑む。


「そうですかそれはよかった。あさって水曜日はいよいよ宿泊研修ですなぁ」

「はい!」

真里奈は元気よく返事をする。やる気に満ち溢れた真里奈を見て黒岩は嬉しそうにしていた。


「―――楽しみですねぇ……
一緒に行ける宿泊研修……」


黒岩はそう言い残して背中を向け去る。その顔は怪しげな笑みを浮かべていた。


「…………」

ほんの一瞬だけ、真里奈の表情が曇った。



―――



 1年B組、結衣のクラス。
休み時間、今日も変わらず結衣はクラスメイトに囲まれお姫様扱いされていた。


「お姫様~!」

「お姫様~っ!!」


結衣はお姫様と呼ばれることに慣れてきてしまった。それでもあまり居心地は良くなくて、愛想笑いをして対応する。


チャイムが鳴り、休み時間終了となった。
クラスの生徒たちがざわめく。

「次の授業なんだっけ?」

「えーっと……現代文だね」

「おおっ! ということは白崎先生か、やったぜ!!」

次は真里奈の授業で、生徒たちのテンションは急上昇した。


ガラッと扉が開き、真里奈が入ってくる。


「みんな~チャイム鳴ったよ~。席について……
……いるね……え……偉いぞみんな……それじゃ授業始めます」

真里奈の授業にやる気満々の生徒たちは真里奈が来る前からビシッと席について待機していた。
聞き分けが良すぎる生徒たちに真里奈は若干戸惑いながらも嬉しそうな反応をし、スムーズに授業が始まる。


「あ~!! 現代文の教科書忘れた……!!」

美保が鞄の中を漁りながら絶望の声を出す。


「私のでよければ見せてあげるよ」

隣の席の結衣が教科書を見せてくれた。

「えっ!? いいんですか!?」

「もちろん!」

結衣はニコッと微笑む。美保は感動で泣きそうになってきた。

「ありがとうございます~! このご恩は必ず1000倍にして返します!」

「いいよそんなの……このくらい大したことないから……」


結衣と美保のやり取りを真里奈は微笑ましそうに見ていた。



―――



 放課後がやってきて、真里奈はだいぶお疲れの様子だった。
ようやく下校の時間。真里奈も早く帰りたいと強く思っていた。


生徒たちと挨拶を交わしながら廊下を歩く。すると、流星を見つけた。
視界に流星が入ってきた真里奈は少しだけ元気になる。


「お~い流星く……
―――」


流星を呼び止めようとした真里奈だったがピクッと止まった。

よく見たら結衣も近くにいた。流星は結衣を必死に口説いていた。
結衣は少し困惑した表情をしながらも、流星を無視したりはせず申し訳程度の対応はしていた。

流星がしつこいので、結衣はそそくさと逃げようとする。流星はそれを追いかける。

流星の視界には結衣しか入ってない。真里奈が近くで見ていることに全く気づいていない。
真里奈はただ突っ立ったまま、結衣の尻を追いかける流星の様子を見ているだけだった。

まーた結衣にデレデレしている。そんなに若い女の子がいいのだろうか。

ほんのわずかだが、真里奈は結衣に嫉妬する気持ちがあった。好きな人が他の女しか見ていない光景は、決して気分の良いものではない。
教師という立場上、あまりにも度が過ぎる行動をしない限りは生徒の恋愛に干渉することなどできず、彼女は歯がゆい思いをした。


「どうしたんですか白崎先生」

「わあっ!?」


突然後ろから黒岩に声をかけられ、真里奈はビクッとした。

「く、黒岩先生!? びっくりしました……」

「おや? あそこにいるのは……3年D組の南場流星と1年B組の北条結衣さんか……」

追いかける流星と逃げる結衣の様子を黒岩も目撃した。

「なんだあれ? 南場が求愛してるのか? 思春期だから恋愛は大いに結構だが……南場は素行が悪すぎる。女の子にちょっかい出してるヒマがあったら自分自身を見つめ直してほしいんだがね……
……で? あの2人がどうかしたんですか?」

黒岩は真里奈を見る。
実は流星が好きで結衣に嫉妬してたなんて口が裂けても言えるわけがなく、彼女は寂しそうに俯いた。
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