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第7章…下着ドロ
24.下着がない
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日曜日、とても天気がいい日。
北条家では、結衣と母の美香が庭で洗濯物を干していた。
「よしっ……と!」
普段から家事の手伝いをよくやる結衣は、今日もパンパンと洗濯物を広げて物干し竿に干していく。
「洗濯物干すの手伝ってもらっちゃって悪いわね~結衣」
「ううん平気! このくらい手伝うよお母さん!」
申し訳なさそうに言う美香だが、結衣はイヤそうな素振りは一切見せず、むしろ楽しそうに干す作業をしていた。
提央町に引っ越してきてから約1週間。
結衣は最近不安なことがいっぱいあって、せっかくの日曜日だしのんびりしたい気持ちはあるのだがジッとしているといろいろ余計なことを考えてしまい精神的によろしくないので家事の手伝いでもしてないと気分が落ち着かない。
カゴの中を見ると残っている洗濯物はあと1つ。
サイズの大きな白いブラジャー。美香はそんなに胸が大きくないので、これは結衣のブラジャーだ。
自分の下着を庭に干すのはちょっと恥ずかしかったが、ちゃんと洗濯バサミで止めて干した。
「よし、洗濯終わり! 手伝ってくれたお礼にホットケーキ焼いてあげる」
「ホント!?」
ホットケーキは好物なので結衣のテンションが上がった。
「すぐ作るから待っててね」
「はーい」
母のあとをついていくように家に入った結衣。
庭は誰もいなくなる。
静かなまま、音を立てずにヌッと謎の手が洗濯物に伸びていたことに誰も気づかなかった。
―――
「じゃあお母さんはおつかい行ってくるからね」
「うん、いってらっしゃい」
ホットケーキを食べてしばらくのんびりしたあと美香は買い物に出かけた。
家に残った結衣は伸びをする。
なんか眠くなってきて、少し昼寝をしようと思ったが、その前にそろそろ洗濯物を取り込もうと思い庭に向かった。
まずは物干しハンガーから取り込もうと思ったとき、異変に気づく。
「あ―――っ!?!?!?」
静かだった庭に突然響き渡る結衣の悲鳴。
その悲鳴を聞いた哲也が超高速で庭に飛び出してきた。
「な、なんだ!? どうした結衣!?」
「あ……ああ……!!」
結衣はその場で膝から崩れ落ちていた。それを見た哲也に緊張が走る。
「な……ない……ないっ……!!」
「ないって何が!?」
声を震わせる結衣を心配する哲也。結衣は哲也の方をゆっくり振り向いた。振り向いた顔は絶望に満ちていた。
「……し…下着……ここに干しといた私の下着が……
ない……!!」
「ッ!?」
ちゃんと洗濯バサミで止めて干しといたはずの結衣のブラジャーが、なくなっていた。
「な…なんだと…!? まさか…下着泥棒……!?」
哲也は周りを見渡すが、何者かがいたような痕跡はどこにもなかった。もう完全に逃げられた後だった。
「うぅ……うぅ~……」
「!? な、泣くな! 落ち着け結衣!」
絶望の底に叩き落とされた結衣は、膝をついたままボロボロと泣き出してしまった。
「買ったばかりのお気に入りのブラだったのに……お母さんも可愛いって褒めてくれたブラだったのに……」
よりによってお気に入りだった。これはダメージが大きい。
泣いて悔しがる結衣に哲也は心の底から同情する。結衣の大事な下着を盗んだ輩を許せない気持ちでいっぱいになった。
「他にはなくなった洗濯物はないのか?」
「あ……あとは私のパンツもなくなってる……他はなくなってないよ……」
ブラジャーと同じ柄のパンツもなくなっていた。お気に入りの下着セットで盗まれていた。
「なくなったのが結衣の下着だけとなると……やっぱり下着ドロの仕業か……」
「そ……そんな……」
結衣はまた絶望したが、立ち上がった。悲しさや悔しさに打ちひしがれていた心に喝を入れて立ち上がった。このままでは結衣の気が済まない。
「な、なんとか取り戻す方法ないかな!?」
結衣は哲也に助けを求める。哲也も当然救いの手を差し伸べる。
「犯人を捕まえないとな……下着ドロというのは犯行前に事前に何度もターゲットの家を下見したりストーカーしたりすることが多いらしい……」
絶対に結衣の下着を盗んだ犯人を捕まえる。哲也の心に火が灯る。怒りの気持ちを抑えて冷静に犯人探しのための分析を開始した。
「最近ウチの周りをウロウロしてる不審者とかいなかったか? あとストーカーとかに心当たりはないか?」
哲也にそう聞かれ結衣も真剣に考える。
「えっと……そう言われても不審者に心当たりなんて……
……」
「…………」
……ある。心当たりがありすぎる。
結衣と哲也の考えが完全にシンクロした。兄妹の脳裏に浮かぶはあの忌々しい不良の南場流星だった。
「……おい。どう考えてもあの変態ヤローが犯人だろ……」
哲也は確信した。鬼の形相と化す。
「いや……でもそれで決めつけるのはどうかと……」
結衣は一応庇う発言をするものの否定はできない。疑いの心が強くなっていた。
「じゃあアイツ以外に怪しい奴いるか?」
「いや……思いつかないけど……」
結衣は他にも考えてみるが容疑者候補はもうおらず、兄妹の話し合いの結果ほぼ下着ドロ=流星となっていた。
―――その時聞こえてきた足音。
結衣と哲也は足音がした方を振り向く。
「お~い! 結衣いるか~? 遊ぼうぜ~」
重苦しい空気の中緊張感の欠片もないのんきな声がした。
流星が家にやってきて、インターホンを鳴らしバカみたいに大きな声で結衣を呼んでいた。
兄妹が庭にいることに流星は気づいてない様子だった。
刹那、哲也が全速力で走り寄る。
「ノコノコ現れやがったな下着ドロが!!!!!!」
―――ドズン!!!!!!
「グボォッ!?」
横から流星の脇腹に飛び蹴りをぶちかます哲也。流星は大ダメージを受けたが倒れずにギリギリ持ちこたえた。
「なっ、何しやがんだお兄様! 下着ドロって何の話だ!?」
「やかましい! 今日という今日は絶対に許さん!!」
「わー!! 兄さんストップストップ!!」
結衣も走ってきてブチ切れてる哲也をなだめる。攻撃するよりも話し合いが先だと思った結衣は場を落ち着かせる。
「すいません南場さん実はですね……」
「!! ゆ……結衣……!」
「実はかくかくしかじかで……」
いい……すごくいい。私服姿の結衣もすごく可愛い。と流星は思った。
上はピンクのパーカー、下は黒のミニスカートを着用している結衣は、流星の目を惹きつけるには十分すぎる可愛さだった。
厚手のパーカーを着ててもハッキリわかる胸の膨らみとミニスカから伸びるピチピチな太ももに視線が釘付けになり、ドキドキと流星の心臓を高鳴らせる。
私服の結衣が可愛いという情報以外は流星の中に入ってこなかった。
「……あの……南場さん? 聞いてますか?」
「え!? す、すまん! 結衣に見惚れて聞いてなかった! このオレが結衣の声を耳に入れないとは一生の不覚! もう一度言ってくれ!!」
「だから……かくかくしかじかで……」
「なにーっ!? 結衣の下着が何者かに盗まれただと!?!?!?」
無駄に大きな声を出す流星に哲也は心底不愉快そうに耳を塞いだ。
結衣のブラジャー、結衣のパンツ。流星にとってこの世で最も神聖なもの。それがどこぞの汚らわしい男の手に渡った。
それを聞いた流星はうらやま……いや、とてもけしからんと思った。
結衣の下着を妄想し興奮して鼻血を出す流星にドン引きする結衣。哲也もさっきより不愉快そうな顔をしていた。
「おい、やっぱりこいつが犯人だろ」
流星の様子を見て哲也はさらに確信した。流星に詰め寄る。
「お前自首するなら今のうちだぞ」
「は!? いや待てよオレじゃねーから!! オレは犯人じゃねぇ!! このオレが女の子の下着を盗むなんて卑劣なことするわけねーだろ!! 神に誓ってやってねぇ!!」
「こんなに説得力のない誓い初めて見たぞ。神に謝れ」
興奮してハアハアしながら言う流星はどこからどう見ても怪しく、疑いはさらに強まる。
ガシッ
「お前挙動不審すぎるんだよ。覚悟はいいか変態」
哲也は流星の胸ぐらを掴む。流星は慌てた。
「だからオレじゃねーって! 証拠はあんのか!?」
「容疑者はお前しかいない。つまりお前が犯人だ」
「なんで容疑者が知り合い限定なんだよ! 提央町に住む男全員犯人の可能性あるだろ!!」
「まあまあ兄さん。確かに南場さんは怪しいけど冷静になろうよ冷静に……」
憤る哲也を落ち着かせる結衣。結衣にも怪しいと言われ流星はガーンとショックを受けた。
犯人だと決めつけてはいないが結衣も明らかに流星を疑っている。流星としてもこのまま疑われたままでいるわけにはいかなかった。
「―――結衣っ!!」
「えっ!? は、はい!?」
流星は結衣の肩をガシッと掴む。結衣はビクッと全身を強張らせた。
「オレの汚名を晴らすためにも……そしてお前のためにも!!
下着ドロは必ずこのオレが捕まえてやる!!!!!!」
「は……はい……」
流星の凄まじい眼力に気圧された結衣は弱々しく返事した。
流星は怒りに震えた。結衣を困らせ、自分に罪を着せた下着ドロを絶対に許せなかった。哲也はまだ流星を疑っている。疑心の目で睨み付ける。
「捕まえるったってどうやって見つけるんだ?」
「オレにいい考えがある!! ちょっと待ってろ!!」
自分に親指を突き立て自信満々にそう言った流星は突然走り出す。
「あっ! 逃げる気かお前!!」
走り出した流星を哲也が止めようとする。
「誰が逃げるか!! ちょっと待ってろって言ったんだ! 準備するもんがあんだよすぐ戻ってくるから2人ともそこで待ってろ!!」
そう言い残した流星は自慢の脚力でどこかに走り去ってしまった。
「……どうする結衣。追いかけるか?」
「……いや、あの人が疑いを晴らしたいなら逃げるとは思えないしとりあえず待った方がいいんじゃないかな……」
結衣が困っているのだから流星が逃げるなど100%ありえなかった。
結衣のために、結衣の下着を救うために流星は急いで走った。
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