キスとパンチの流星群

湯島二雨

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第2章…お姫様

6.私がなんとかするから

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 流星は結衣が出てくると思っていた。やっとドアが開いて、結衣に会えると思いウキウキしてたというのに。
ドアを開けて出てきたのは男で、流星は露骨にガッカリした表情を見せた。


「……誰だてめぇ」

「……そりゃこっちのセリフだ」


哲也の方も露骨に不快そうな表情をした。突然見知らぬ男が家にやって来て誰だてめぇとか言われ睨まれるのは不快に思わない方が珍しい。


「オレは後ろの女に用があんだよ。男はどうでもいい邪魔だ失せろ」

哲也の後ろで怯える結衣に熱い視線を送り、哲也にはシッシッと追い払う動作をする。

「は……? いきなりなんだよお前は。ウチの可愛い妹に何の用だ」

自分の家なのに失せろとか言われ哲也は不快の極みだったがそんなことより結衣を守る方が優先。結衣を庇うように前に立ち負けじと流星を睨みつけた。
可愛い妹、という言葉に流星はピクッと反応した。


「へぇ……お前ら兄妹なのか。こんなに可愛い妹がいるなんて羨ましいなぁ」

結衣みたいな可愛くて巨乳の女の子が妹とかこの男はさぞ幸せだろう。流星は少し嫉妬した。
流星的には結衣は彼女にしたいのであって妹にしたいわけではないから別にそこまで気にするつもりはないが。

「だが兄貴だろうがなんだろうが関係ねーし興味もねぇ。いいからさっさとどけ。1秒以内にどかねーとぶっ殺す」

脅しではないと言わんばかりに流星は冷たく鋭い眼光で哲也に警告する。
哲也もまた鋭い目つきで流星を睨みつける。
もちろん哲也も退く気はない。流星の殺気に真っ向から立ち向かう。

「おいおい初対面の人間にぶっ殺すはないだろ。なんで俺がどく必要があるんだふざけんじゃ……」


―――ガァン!!!!!!


「兄さんっ!?」


結衣は血の気が引いた。流星が哲也に攻撃してきたからだ。
鋭く速い蹴りが、哲也の側頭部に直撃した。まともに喰らえば無事で済むはずがない。

しかし哲也は倒れない。常に一撃必殺の流星の攻撃で倒れない? なぜだ。

側頭部に当たったと思われた流星の蹴りだったが、よく見ると哲也はとっさに手でガードしていた。
目に止まらぬ速さの蹴りだったのに、哲也も見事に超反応を見せて頭へのダメージを防ぐことに成功した。

菅原はそれを見て驚愕した。流星の超速の蹴りを受け止めた者は初めて見た。間違いなく出来る男。間違いなく相当強い。菅原は哲也が只者ではないと確信した。

流星も一瞬驚いた顔をしたが、ニヤリと笑みを浮かべた。


「……へぇ、やるじゃん」

この一撃で流星は哲也を認めた。ケンカの相手が弱い奴ばかりで退屈してた流星は歯ごたえがありそうな相手を見つけてワクワクしてきた。


「前言撤回。ちょっとだけお前に興味が出てきた。ほんのちょっとだけだけどな。後ろにいる女と比べればダニの糞程度の興味だけどな」

流星はケンカを仕掛ける。拳を振りかざす。

「なんかよくわからんが、仕掛けてきたのはそっちなんだからどんな目に遭っても文句言うなよ?」

哲也もそのケンカを買う。ここで逃げるわけにはいかない。同じく拳を振りかざす。
2人とも戦闘態勢に入った。


「ストップストーーーップ! ケンカはやめてください近所迷惑ですから!!」


ケンカを始めようとした2人の間に結衣が入って止めた。
流星も哲也も結衣に危害が及ぶようなことは決してしない。結衣が間に入ったらすぐにケンカをやめた。

結衣はとにかくこの状況を穏便に済ませようとしたい。


「兄さん! もう大学に行かなきゃいけない時間なんでしょ? 早く行かないと遅刻しちゃうよ!」

「いやでもその前にあいつらを追い払わないといけないだろ」

流星と菅原を指さして哲也が言う。

「大丈夫私にまかせて! あの2人は私がなんとかするから! だから兄さんは安心して大学に行って!」

心配しないでと言わんばかりに親指を立てる結衣だったが、その身体はガクガクと震えていた。

「おい震えてるぞ無理するな」

哲也にもビビってるのがバレバレだった。

「どうにかするって言ってもどうするんだ? あんな怪しい奴らとまともに関わるべきではない。危険すぎる」

哲也はまた流星らを指さして言った。

「そうだけど……でもあの人たちは私に用があって来たんだから話を聞くくらいはする。これは私の問題だから。兄さんに頼るわけにはいかないし迷惑かけたくないの。私は大丈夫だから。ね? 兄さん」

「……お前がそう言うならいいんだが……」

哲也はそう言ってバッグを持ちスタスタと歩き出した。


「なんだよ妹を置いて逃げるのか? 情けねー兄貴だな」

流星は挑発する。哲也は挑発に乗らない。

「結衣が大丈夫って言うからそれを信じるだけだ。このまま遅刻したら結衣は自分のせいだと思って責任感じるだろうからちゃんと遅刻しないように大学に行く。
……それに……お前の顔は覚えた」

振り向き、ギロッと流星を睨む哲也。


「もし妹にキズ1つでもつけやがったらその時は容赦なくぶっ潰すから覚悟しておけ」

「……くくく」

流星に警告する哲也。流星はほくそ笑んだ。



 哲也は去った。結衣、流星、菅原の3人が残った。

かっこつけて自分でなんとかするとは言ったものの、この状況をどうするか。
結衣はここからどうすればいいのか全く考えてなかった。背後からの2人の視線が痛い。


「さーてこれで邪魔者はいなくなったな」

ニヤリと口角を上げる流星。ビクッと身体を跳ねさせる結衣。


「貴女に大事な話があります」

菅原が冷静に話を切り出した。

「そっ……その前に場所を変えましょう! ほら、早く学校に行かないと遅刻しますし!」

ここは家の前。母にも迷惑がかかるかもしれないと考えた結衣は移動しようとする。

「ああ、別にいいぜ」

流星も余裕の態度を崩さずそれについて行った。



―――



「……なぁ、なんでそんなに距離を空けてんの?」

「当然ですよ! 昨日あんなことがあったんだから警戒もします!」

流星らと一緒に登校する形になってしまった結衣。できる限り距離をとって歩く。


「まあいいや。ところでお前の兄貴すげー強えな。このオレが言うんだから間違いねぇ。一体何者なんだ?」

「兄は小学生の頃から空手をやっていて全国大会に出場したこともあります」

哲也のことを聞かれ答える結衣。

「へー……でもどうせオレの方が強えしやっぱり興味ねーわ」

興味ないなら聞くなよ。兄をどうでもいい扱いされて結衣はムッとした。

「あーでも次の提央祭に出てくれたら少しは楽しめそうだなぁ。なあ兄貴に提央祭に出ろって言っといてくんねーか?」

「イヤです。兄はあなたと違ってケンカ好きじゃないんです」

あんなヤバイ祭りに大切な兄を出すなんてとんでもない。ケガしたらどうするんだ。絶対ありえない。
兄想いの結衣は、あんな危険なことに決して兄を巻き込ませないと固く決意した。


結衣は急に足を止める。それに合わせて流星たちも止まる。結衣の表情は真剣そのものだった。


「……で、さっさと本題に入りましょう。私に用ってなんですか?」

トラウマの元凶を睨む結衣。精一杯鋭い眼光を放つが、本当は怖くて怖くて泣きたくて逃げたくて身がすくむ。
しかしここで逃げても何も変わらない。しっかりとケリをつけたい。

「これから学校なので用があるならできる限り手短に済ませてください。それからなんで私の家知ってるんですか? ストーカーですか!? 迷惑なので家まで来るのやめてもらえませんか!?」

「なんだよつれねーなぁ。せっかく再会できたんだからじっくりまったり話そうぜ?」

「冗談じゃありませんっ! 失礼ですけどハッキリ言います! 私は話をするどころかあなたの顔を見るのもイヤなんです! 今後はあなたたちと会いたくないし一切関わりたくありません!!」

ヘラヘラする流星にイライラが止まらない結衣。
この男に何を言っても無駄なのは昨日の時点でわかっているが、それでも言わずにはいられない。


菅原も表情を変えずに口を挟む。

「……いやーすみませんがそういうわけにはいかないんですよ」

「なんでですか!? 私たち赤の他人じゃないですか!!」

菅原にも怒る結衣。流星よりは話が通じそうだが、菅原も一切信用できず警戒を強める。


「まあまあ、まずは落ち着いて話を聞いてください。貴女にとっても重要な話ですよ北条結衣さん」

「な……!? なんで私の名前を……!?」


家の場所だけじゃなく、名前まで知られている。心底ゾッとした。

「なんで私の名前まで知ってるんですか!? やだ怖いやめてくださいホラーですよっやっぱりストーカーだ近づかないでっ……!!」

結衣は必死に後ずさりする。顔が真っ青になるほど恐怖した。菅原は呆れたようにため息をつく。

「だから落ち着けってもう……私は提央祭運営委員会会長ですからね。提央祭運営は提央町に住む住民のデータを完全に把握しているんです。ちょっと調べれば名前と住所くらいすぐわかります」

眼鏡をクイッと上げて言う菅原。流星もニヤリと笑う。


「まあそういうわけだからよろしく頼むぜ、結衣」

「いやあああ!! 気安く下の名前で呼ばないでくださいキモいキモい!!」

流星に名前を呼ばれた瞬間悪い意味で鳥肌が立った。ブルルッと身震いした。


「……すいません南場さんちょっと黙っててくれませんか?」

「あ?」

「あ? じゃないですよ。あなたが喋ると全然話が進まないんですよ」

菅原が流星を一旦黙らせ、話を続ける。

「……その……提央祭運営委員会? とかいうものが私に何の話があるんですか? 私と何も関係ないじゃないですか」

「いや関係大有りなんですよそれが。なぜなら北条結衣さん貴女は―――
今月の提央祭の優勝者なんですから」


「…………」

菅原の言葉は結衣の耳には入るが頭には入らずすり抜けていく。あまりにも結衣のキャパシティを超える言葉で、無意識にスルーするしかなかった。

無反応の結衣。

「……貴女が理解するまで何度でも言いましょう。
今月の提央祭優勝したのは、北条結衣さん貴女です」

「…………」


優勝?

優勝……?

優勝って……マラソンとかで一等賞になったりするやつか?
プロ野球とかで監督を胴上げしたりするやつか?

…………
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