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第7章…最後の夏
大会1回戦
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チュンチュンと、スズメのさえずりが聞こえてくる。
朝がやってきた。今日は特別な日。
夏の大会が開幕する日。
オレは朝5時に目を覚ましてしまった。まだ眠りたいが、眠気より緊張の方が大きい。
仕方ない、起きるか。緊張してロクに眠れなかった。
公式戦での先発は初めてだ。エース武井のケガが治りきってないということで、大会初戦先発という大役はオレに白羽の矢が立った。
心臓がバクバクする。ただでさえ試合の先発を任されてドキドキするというのに、昨日の放課後美希に密着されたり胸を押しつけられたりして、昨日からずっとドキドキしっぱなし。
大丈夫か? オレの心臓。なんか今にも張り裂けそうなんだが……
オレは洗面所へ行き、顔を洗う。
「あ、お兄ちゃん。今日は朝早いね」
ドキッ
後ろから声がしてびっくりした。
後ろを向くと、妹の麻耶がパジャマ姿でニコニコと天使のような笑顔でオレを見ていた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、麻耶。どうした? 今日は随分早いじゃないか」
「えへへ、なんか緊張してあんまり眠れなかったの」
麻耶もオレと同じ理由か。
「なんでお前が緊張するんだ? お前が試合に出るわけじゃないのに」
「応援する方だって緊張するよ! お兄ちゃんなら大丈夫だって信じてるけどやっぱりどうしてもドキドキしちゃうな~」
麻耶は自分の胸に手を当ててそう言った。
「じゃあ適当に話でもするか。話してれば少しは緊張も解けるだろ」
「うん、そうだね。ねぇお兄ちゃん、今日の試合って何時から始まるんだっけ?」
「試合開始は午前9時だ。集合時間は8時だから7時には家を出る」
今は5時だから、あと2時間余裕がある。朝ごはんの時間までケガしないようにストレッチをしたり、リラックスさせるように音楽を聞いたりした。
そして朝ごはんをしっかり食べ、着替えて準備をする。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、竜」
「行ってらっしゃいお兄ちゃん!! あとから行くからねー!!」
母さんと麻耶に見送られ、オレは家を出た。
電車に20分くらい乗り、駅から降りて徒歩5分。県営野球場に到着。
只今の時間、7時39分。よし、余裕で間に合った。
「おっす、滝川!」
「おーっす、武井」
オレより少し遅れて武井が到着。
……? あれ? なんで白坂もいるんだ?
「おはよ、滝川君」
「お、おはよう白坂。なんで白坂がここに?」
「応援に決まってんじゃん。今日バスケの練習午後からだし」
応援に来てくれるのは嬉しいんだけど、ますます緊張するな……
「ね~、滝川君」
突然ニヤニヤとした顔をしてオレを見る白坂。
「な、なんだよ白坂」
なんか嫌な予感がする。
「滝川君の好きな子ってさ、マネージャーの桐生美希ちゃんでしょ?」
「えっ!? いや……えっと、その……」
案の定オレは顔を赤くしてテンパる。
「お! その反応……図星だな!」
白坂は勝ち誇ったような顔をした。白坂にまで好きな女の子を見破られてしまった。
な、なんで!? この前全然当てられなかったくせに、どうしてわかったんだ?
「た、武井! まさかお前がオレの好きな女の子の名前教えたのか!?」
武井はオレが美希のことを好きだということを知っている。武井が白坂にオレの秘密をバラしたとしたらつじつまが合う。
しかし、武井は否定した。
「はぁ? オレは何も言ってねーよ」
「本当か?」
「本当だって。教えたところでオレに何の得があんだよ」
オレが武井を疑っていると、白坂が口を開いた。
「進一君は関係ないよ。実は私、見ちゃったんだよね~。昨日の夕方、滝川君が美希ちゃんと一緒にいるところ」
「それって……ゲームセンターのことか?」
「うん、その時たまたま私もバスケ部のみんなと一緒にゲーセンにいてさ。美希ちゃんにデレデレしてる滝川君を見ちゃった」
マ、マジか……恥ずかしすぎる。
「ちょうどいいじゃん。今日の試合、美希ちゃんにいいところ見せるチャンスだよ。試合で大活躍すれば、美希ちゃんが滝川君に惚れちゃうかもしれないよ~?」
白坂はオレをからかうように言う。
……
それは逆に言うと試合でかっこ悪いところを見せてしまったら美希がオレに幻滅するかもしれないってことだよな。ますます緊張してしまうぞ。
「ま、そんなにガチガチにならずに、いつも通りの気持ちで頑張りなよ」
「あ、ああ。ありがとう白坂」
いつも通りか……いつも通りのオレってどんなんだっけ? 緊張で自分でもわかんなくなってきた。
―――
というわけで、いよいよ夏の大会1回戦がプレイボールする時がきた。
我々青葉高校は後攻。
先発投手は滝川竜。オレだ。プレイボール第1球を投げるのはオレだ。
対戦相手は橋口工業高校。弱小であり、打撃力、投手力、守備力、どれをとっても平均以下だ。
だが、弱小が相手でもオレの気持ちに余裕はない。緊張でガチガチだ。
オレの緊張とは裏腹に、チームメイトのみんなは気合十分といった感じだ。
青葉高校のスタメンは以下の通り。
1番 センター 寺尾
2番 セカンド 紀村
3番 ファースト 明石
4番 レフト 中里
5番 ライト 南野
6番 サード 山瀬
7番 キャッチャー 飯山
8番 ピッチャー 滝川←オレ
9番 ショート 喜多川
エース武井はベンチには入ってるが、試合出場させる気はないと監督は言っていた。
だからオレが頑張らなくてはならない。
オレは青葉高校のベンチを見る。
美希が監督の隣に座っている。見ててくれ美希。絶対に活躍してやる!!
ドキドキドキドキ
うっ……緊張がMaxに……
そして、審判の人がプレイボール!と言った。
よ、よし、試合開始だ。
オレは記念すべき公式戦の第1球を、投げた。
内角低めにストレートを投げるつもりだったが、緊張で力んでしまい、高めに大きく外れてしまった。ボール。
キャッチャーの飯山はサインと全く違う球が来たことに首を傾げ、ボールを返す。
……まだ1球だけだが、これはヤバイ気がする。
くっ……落ち着け、落ち着け、オレ! ビビるな!! オレはなんとか落ち着こうとした。
しかし、オレはどうしても右腕に変な力が入ってしまい、最初のバッターにストレートのフォアボールを与えてしまった。
ドキドキ、ドキドキ
ま、まずい……!! いつも以上にコントロールが崩壊している。オレは焦り、全身から嫌な汗が出てきた。
ベンチを見ると、監督と美希が不安そうな表情でオレを見る。
いや、ベンチ見てる場合じゃねーよ、試合に集中しろ。
飯山がマウンドに来てくれて、励ましてくれる。しかし今のオレは極度の緊張で何を話してるのか全くわからなくなっていた。
飯山が戻った後もオレの状態は全然変わってなかった。
落ち着け!! 落ち着けよ、オレの心臓!!
ドキンドキンドキン……
だ、ダメだ。緊張が解けない。
ど……どうする……あ、そうだ!
オレは、ポケットにしまってあるお守りを取り出した。
もちろん、昨日美希からもらったお守りだ。
美希と一緒に撮ったプリクラも貼ってある。
プリクラに写ってる美希の笑顔を見ていたら、少しリラックスできた。
……オレには美希がついている。美希がいてくれるだけでどんな相手でも怖くない。
何ビビってんだ、オレ。美希の前でこんなにうろたえて本当に恥ずかしい。
優勝して甲子園に行くんだ。美希を甲子園に連れてくんだ。まだ初戦、通過点だ。焦る必要などない。この前の練習試合と同じようにやれば、絶対に大丈夫だ!!
「―――フゥーーー……」
オレは大きく深呼吸をして、自分の顔をバチン、と叩いて活を入れた。
そして、大事なお守りをポケットにしまう。
ありがとう、美希。お前からもらったお守りのおかげで、勇気が湧いてきた。
―――
「ストライク!! バッターアウト!!」
オレは先頭打者にフォアボールを与えて盗塁を許しノーアウト2塁のピンチを背負ったものの、次の打者から三者連続三振を奪った。
よっしゃあ! 見たか!!
オレは小さくガッツポーズをして、チームメイトとハイタッチをして、ベンチへ引き上げる。
本来の実力さえ出せればどうってことなかった。
そして1回ウラ、青葉高校の攻撃。
いきなり打線が爆発した。ヒットや相手のエラーで1アウト1塁2塁のチャンスを作ると、4番の中里昇平がスリーランホームランを打ち、あっさりと3点を先制する。
そうだ、オレだけじゃない。チームで戦っているんだ。オレがダメでも、味方が点を取ってくれる!!
そう思うと緊張が次第にほぐれていった。
オレは2回表から快調なピッチングを披露した。
今日はストレートが調子がいいし、フォークのキレも良かったから、これでもかというくらい三振が取れた。まあ、相手が弱小ってのもあるけど。
その後、青葉高校は効率よく得点を重ねていき、じわじわと相手の戦意を削いでいく。
―――
試合終了。
我ら青葉高校は、橋口工業高校に14-0で5回コールド勝ち。
圧勝し、難なく1回戦を突破した。
オレは、5回を投げて被安打2、9奪三振、無失点の投球で勝利に貢献した。
試合が終わってベンチに戻ると、美希が嬉しそうな顔でオレに話しかけてくれた。
「竜先輩、ナイスファイトですっ! とってもかっこよかったですよ!」
「あ、ありがとう、桐生!」
オレは顔を赤くしながら、美希とハイタッチした。
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