Worldtrace

mirror

文字の大きさ
上 下
156 / 187
[Worldtrace2]

私怨

しおりを挟む
「ふう……」

 ホールを抜け、バルコニーに出る。
 秋を迎え、この暖かい王都でも夜となれば吹く風もひんやりと冷たい。

 こっそり持ってきたグラスとオードブルを乗せたお皿を手摺に置いて、自然とため息が出た。
 大きな窓から明かりが漏れるテラスでやっと一息つくと、次の曲が聞こえて来る。
 手を取り合いホールへ出ていく人々の影。
 賑やかな会場から離れたここは、休憩にちょうどいい。
 今年は肩が大きく開いたドレスが流行ったからだろう、風が冷たくなったこの時間にバルコニーに出ている人はいない。
 私はと言うと、首から手首までレースで覆われた、来春発表されるドレスを着て長いフリンジのストールを肩にかけているので、むしろホールは暑いくらいだった。

(さすがにこんな格好の人はいなかったけど、注目はばっちり浴びたわね)

 華やかでボリュームのあるドレスの中で一際浮いているけれど、決して地味ではない私のドレス。
 ドレスの流行に目敏い女性たちはこのレースが上質な物だと見抜き、扇子の向こうからこちらをじっと見つめていた。
 
 私の領地では染料や生地が主産物だ。王都や近隣の街のテーラーでは高級品として取り扱われ、安定した収入を得ている。
 領地で染料となる草花を育て、染料にして糸を染める。最近では紡績工場が建設され、街がとても活気づいてきた。
 社交シーズンラストを飾る、五日間にも及ぶ晩餐会に出席したのも、流行に敏感な貴族たちに実物を見てもらい、販路を拡充するため。
 そのために何着もドレスを作った。これらを見てもらうためにこの晩餐会にやって来たのだから、今夜のように人々の見せ物になるのは全く苦ではない。

 お皿に乗せたピンチョスを一口齧ると、ふわりと燻製の香りが口に広がる。

「おいしい……」

 一口食べれば途端にお腹が空く。

(もっと持ってくればよかったわ)

 白ワインを一口飲むと、これもとても美味しい。
 流石、王家主催の秋の晩餐会だ。

「……食べきってしまったわ」
「何かお持ちしましょうか?」

 突然話しかけられ驚いて振り返ると、濃紺のマントに白い隊服、金の肩章の背の高い騎士がにこにこと人懐っこい笑顔でこちらを見ていた。

「失礼しました、驚かせるつもりはなかったのですが」
「こちらこそ、誰もいないものと思っていて……」
「お声を掛けるつもりはなかったのですが、その、とても美味しそうに食べていらしたので、つい」

 いつから見られていたのかしら。

「どれもとても美味しかったわ」
「そうみたいですね。ワインはどうですか?」
「これも美味しいわ。どこの産地のものかしら」
「ではラベルを確かめてきますね」
「え」
「ついでに何か食べ物もお持ちします。ちょっと待っていてくださいね」
「え、あの騎士様、ま…っ」

 騎士はふにゃりと人懐っこい笑顔を残すと、その場を離れホールへと戻って行った。
 
(確かにもう少し食べたかったけど、騎士に持ってこさせるなんて、誰かに見られたら怒られそうね)
 
 騎士を待つ間に視線を庭へ向けると、夜の闇に浮かぶ黒い木々の向こうに、ぼんやりと明かりのついたガラスの屋根が見えた。

(コンサバトリーだわ)

 明かりがついているということは中に入れるのかもしれない。
 王城にあるコンサバトリーなんて見る機会もないだろうし、何を育てているのか凄く気になる。庭には所々明かりが灯されているし、暗さに目が慣れれば一人でも行けそうだ。

「お待たせしました」

 キイ、と硝子扉の軋む音がして振り返ると、先ほどの騎士が片手にワインのボトルとグラス、片手にオードブルが沢山盛り付けられたお皿を持って現れた。

「ボトルごと?」
「ご自身の目でラベルを見たいかと思って」

 照れくさそうに笑う騎士の手から、器用に持っていたグラスを慌てて受け取る。騎士は「ありがとうございます」と笑顔で礼を言うと、手摺に新しいお皿とカトラリー、ワインのボトルを置いた。お皿のオードブルはかなり多い。

「ありがとう、勤務中なのにお手を煩わせてしまったわ」
「いえ、ちょうど休憩時間なんです。先ほど同僚と交代したばかりで」
「ではよろしければご一緒にいかが? 残してはもったいないもの」

 私がそう言うと、騎士は照れくさそうに笑みを浮かべた。なんだか反応が可愛らしくて微笑ましい。
 
「すみません実は、貴女が食べているのを見たら僕も食べたくなってしまって」
「初めからそのつもりでこの量なのね?」
「はい。すみません」

 頬をポリポリと掻いて恥ずかしそうに視線を落として笑う騎士は、かなり若い。十八……、二十歳前くらいだろうか。
 弟のような雰囲気だけど、それよりも何か違う雰囲気を感じる。
 なんだっけ、何かに似ている気がする。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。 その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。 怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい...... ※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。 ※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。 ※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。 ※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

王女殿下の死神

三笠 陣
ファンタジー
 アウルガシア大陸の大国、ロンダリア連合王国。  産業革命を成し遂げ、海洋発展の道を進もうとするこの王国には、一人の王女がいた。  エルフリード・ティリエル・ラ・ベイリオル、御年十六歳の少女は陸軍騎兵中尉として陸軍大学校に籍を置く「可憐」とはほど遠い、少年のような王族。  そんな彼女の隣には、いつも一人の少年の影があった。  リュシアン・エスタークス。  魔導貴族エスタークス伯爵家を継いだ魔術師にして、エルフリード王女と同い年の婚約者。  そんな彼に付けられた二つ名は「黒の死神」。  そんな王女の側に控える死神はある日、王都を揺るがす陰謀に遭遇する。  友好国の宰相が来訪している最中を狙って、王政打倒を唱える共和主義者たちが動き出したのである。  そして、その背後には海洋覇権を巡って対立するヴェナリア共和国の影があった。  魔術師と諜報官と反逆者が渦巻く王都で、リュシアンとエルフリードは駆ける。 (本作は、「小説家になろう」様にて掲載した同名の小説を加筆修正したものとなります。)

無法の街-アストルムクロニカ-(挿し絵有り)

くまのこ
ファンタジー
かつて高度な魔法文明を誇り、その力で世界全てを手中に収めようとした「アルカナム魔導帝国」。 だが、ある時、一夜にして帝都は壊滅し、支配者を失った帝国の栄華は突然の終焉を迎えた。 瓦礫の山と化した帝都跡は長らく忌み地の如く放置されていた。 しかし、近年になって、帝都跡から発掘される、現代では再現不可能と言われる高度な魔法技術を用いた「魔導絡繰り」が、高値で取引されるようになっている。 物によっては黄金よりも価値があると言われる「魔導絡繰り」を求める者たちが、帝都跡周辺に集まり、やがて、そこには「街」が生まれた。 どの国の支配も受けない「街」は自由ではあったが、人々を守る「法」もまた存在しない「無法の街」でもあった。 そんな「無法の街」に降り立った一人の世間知らずな少年は、当然の如く有り金を毟られ空腹を抱えていた。 そこに現れた不思議な男女の助けを得て、彼は「無法の街」で生き抜く力を磨いていく。 ※「アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-」の数世代後の時代を舞台にしています※ ※サブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※ ※この物語の舞台になっている惑星は、重力や大気の組成、気候条件、太陽にあたる恒星の周囲を公転しているとか月にあたる衛星があるなど、諸々が地球とほぼ同じと考えていただいて問題ありません。また、人間以外に生息している動植物なども、特に記載がない限り、地球上にいるものと同じだと思ってください※ ※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※ ※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※ ※あくまで御伽話です※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※

健太と美咲

廣瀬純一
ファンタジー
小学生の健太と美咲の体が入れ替わる話

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

処理中です...