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記憶

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レーヴァレス子爵家は元々騎士の家系だった。先祖代々続く、騎士の家の嫡男として自分は産まれた。騎士になるのは当然だと信じていたが、現実はそうならなかった。それは職業が『鑑定士』と出てから直ぐの事だった。

レーヴァレス子爵「済まんな。親類縁者、皆ながお前を嫡男にするなと言っている。私もはっきりと職業は関係無いと言いたいが、貴族である以上は横の繋がりを軽く扱えないのだ。」

父は優しく、強さをも合わせ持つ尊敬に値する立派な人だ。父の後を継ぐ。それは自分に取って子供の頃からの夢であり、これからも続く当たり前の事実だと思っていた。

ランド「はい。父上。」

レーヴァレス子爵「お前が生活出来る様に領地を用意した。『鑑定士』ならば生活には困らない筈だ。」

ランド「父上!この土地は父上が家督を譲った後に暮らす為、用意した領地の筈です!」

レーヴァレス子爵「ならばどうする!息子が野垂れ死ぬのをただ見ていろと言うのか!誰が何と言おうとお前は私の息子だ。・・・周りの人間に言われたくらいで、お前を捨てようとしている人間が言えた話では無いだろうがな。」

ランド「父さん。俺は・・・・。」

レーヴァレス子爵「この話は終わりだ。情け無い父で済まない。恨んでくれて構わない。ただお前には幸せでいて欲しい。この思いは真実だ。・・・・・家督は弟に継がせる。」

ランド「はい。父上。」

それからしばらくは、領地の運営に関する勉強に注力した。好きな時に剣の練習をしていた頃が懐かしい。騎士になれずただ生きる為に金を稼ぐ。普通に考えれば正しい。当然の事だ。だが心の中で誰かが訴える。これで良いのか?と。それからもずっと自問自答を繰り返していた。
今にして思えばあの行動はただの反抗だったんだろう。安易な考えだと言わざるを得ない。

ランド「父上。いや、父さん。俺はここを出て傭兵になります。」

レーヴァレス子爵「・・・・何を言っている?」

ランド「俺は騎士になれない。なら辺境で魔物から国を守ります。」

レーヴァレス子爵「馬鹿者!内陸で生活をしていた貴族に魔物の相手が出来るか!」

ランド「これでも剣は散々振って来ました。」

レーヴァレス子爵「自棄を起こすな!それに練習と実戦は違う!経験するにも確かな安全を確保してからで無いと駄目だ!」

父との話し合いは平行線のまま進まなかった。勘当されるのを覚悟で反対を押し切り、家を出た。しかし正直に言うと戦場に恐怖は感じていた。なので当時、1番安全という噂があった辺境都市"イージス"に向かった。
だが、到着早々に自分の甘さを思い知らされる事になった。
土と血の匂い、怒号と金属音。あまりの恐怖に土嚢の影に隠れ、やり過ごす事にした。吐きそうになるのを耐え、声を押し殺し丸くなっていた。声を出せば見つかる。そうなれば終わりだ。そう思い必死にやっていた。
しかしその努力は徒労に終わる。ゴブリン3体が土嚢の上に乗り自分を見下ろしていた。

ランド「あっ!はっ!うわぁ!」

腰が抜けて逃げる事も出来ない。その時が彼との初めての出会いだった。
目の前でヒュン!と風切り音が鳴ると、目の前のゴブリン達が腹からブバッと血が吹き出し倒れる。

ランド「はっ!はぁぁ!」

シリウス「大丈夫か?」

ランド「え!あ、う、うん。」

シリウス「え~と?ああ、あそこだ。」

ランド「え?」

シリウス「あそこにおっさん・・・ゲイツ団長がいるからあそこまで行けば安全だよ。他の奴も向かってるだろ?」

よく見ると他の新人の少年兵も走って向かっている。後で知った話だが新人でまともに戦えた者は誰もいなかったらしい。そしてこの時、シリウスは恐怖で何も出来なくなった新人達を助けて回っていた。

ランド「わ、分かった!・・・君は?」

シリウス「え?俺達傭兵だぜ?今しか稼ぐ時が無いんだ。もう1稼ぎするさ。」

彼は恐れる素振りも無く言い放つ。確か自分と同じ歳の筈。この都市で先に生活しているから彼は先輩になる。しかしそれでもこんなに差が出るのだろうか?
その熟考がいけなかった。木の裏から大きな人影が現れる。ゴブリンに近い大型の魔物、オーガだ。自分はとうとう動け無くなった。駄目だ。助からない。

傭兵1「あちゃ~、オーガだよ。俺達だけじゃ無理だろ?」

傭兵2「倒して金貨1枚か。何処からか3人連れて来るか。」

傭兵1「1人、約銀貨2枚か。ん?あそこにいるのシリウスじゃないか?」

傭兵2「あいつがいれば俺達だけで行けるんじゃないか?」

傭兵1「そうだな、俺達は大した事出来ないけどなんとなく協力したって事で銀貨3枚、銅貨5枚かな?」

傭兵2「そうだな。お~い!」

2人の話は自分には丸聞こえだった。同じ所にいるシリウスも聞こえていた筈だが、本人は気にしていない様子だった。

シリウス「フッ、金貨だ。」

ランド「え?」

傭兵1「よ、よう。シリウス。俺達と協力・・・。」

シリウスは話も聞かずに走り出す。オーガは右手に持つ棍棒を振り被るが、シリウスは棍棒が到達する前にオーガの右脚に辿り着く。剣を引き抜き右脚を斬ると、オーガは痛みからか声を上げ前に倒れそうになる。棍棒と左手を地面に着け身体を支える。シリウスは地面を蹴り剣を振り上げる。

オーガ「ガァ!」

首を動かして躱す気だったのだろう。しかしシリウスの方が早かった。首を刎ねると背中へ着地し剣を鞘に仕舞う。オーガがドォンと大きな音を立て倒れる瞬間、背中きら跳び降りる。

傭兵1「何でだぁ!何で1人で倒したぁ!」

傭兵2「俺達の銀貨ぁ!」

シリウス「ん?何だ?あれ?・・・お前。」

シリウスが自分の所に向かって来る。

シリウス「逃げなかったのか。」

ランド「え!ああ、いや。そうじゃ・・。」

シリウス「へぇ~、中々根性あるじゃないか。フッ、まぁ、今回は仕方ないけど次は頑張ろうぜ。」

シリウスはポンと自分の胸を叩く。本当は怖くて逃げ損ねただけなのと純粋に見惚れていた。
シリウスは物語の英雄の様だった。誰もが恐れる魔物に勇猛果敢に挑み、傷を負う事無く斬り伏せた。その上、自分まで救ってくれた。その姿を目の当たりにすると逃げるという事を忘れてしまった。
そしてそんな英雄に勘違いだけど根性があると言われた事は少し嬉しかった。

ランド「あ、ああ!任せろ!次は必ず頑張るさ!」

この時からシリウスは憧れで目標になった。次の日もシリウスはいつも通り最前列にいた。自分より古参のシリウスが前にいるのは当然なんだろう。意を決してシリウスの横に並ぶ。

シリウス「ん?大丈夫か?最前列だぞ?」

ランド「だ、大丈夫だ。今日は違う。しっかりやる。」

シリウス「フッ、じゃあお前の背中は任せろ。代わりに俺の背中を頼む。」

ランド「よ、良し!分かった!」

またゴブリン達の笛が鳴る。戦いの始まりだ。

シリウス「行くぞ!頼むぜ!相棒!」

ランド「あ!・・・・おう!」

"相棒"

その一言を言われた時は嬉しかった。自分を奮い立たせるには充分な程だった。
それからも一緒に組んで戦った。シリウスが魔物を引き付け自分が同期の傭兵を逃したり、時には自分が魔物と戦い時間を稼ぐ間にシリウスが後輩を救ったりと協力し合った。そしてあの日、自分達に例の話が来る。

シリウス「え!嫌だよ。」

ゲイツ「はぁ?」

ランド「良い話じゃないか?」

シリウス「いや、俺、人を率いるとか面倒だから嫌だ。ランドがやれば?」

ゲイツ「ランドも隊長だよ。」

ランド「え!」

シリウス「どういう事?」

ゲイツ「お前等2人共、別の班の隊長でやるんだよ。」

ランド「シリウスとは組まないって事ですか?」

ゲイツ「そうだ。というか、いい加減シリウスがいなくても大丈夫だろ?ランドは。それと敬語はいらねぇよ。俺達傭兵だぞ。そういうの使うと舐められるからな。」

ランド「は、はぁ、努力します。」

シリウス「俺より隊長向いてる奴、他にもいるだろ?それに俺は色々やる事があるから隊長は無理だよ。」

ゲイツ「偶に思うがお前は何してんだよ。」

シリウス「えっと世界の・・・救済?」

シリウスが不思議な事を言う。

ゲイツ「なぁ、そろそろ医者に診て貰った方が良いぞ。」

シリウス「脳天、かち割ってやろうか?」

ゲイツ「俺のじゃなくてお前のだよ!」

2人の言い争いは続いた。
結局シリウスは隊長にならなかった。しかし古参の1人であるシリウスが役職無しとはいかない。という理由で自分の部隊の副隊長に収まった。
隊長に任命された事に戸惑いはあった。でも自分の努力が人に認められ、隊長になれた事は嬉しかった。そして何よりシリウスが出来ない事を自分がやっている。そういう愉悦の様な物も感じていた。
自画自賛になるが、自分はこの都市に来た事で確かに昔より強くなった。だけどそれでもシリウスには並ばない。気が付くとシリウスは自分の2歩先に進んでいる。自分は幹部の部下と互角に戦っていた時、シリウスはその上官の幹部に一騎討ちで勝った。またある時は魔族2人と戦って結果としては勝ちだった。しかしシリウスは普通10人程の戦力で倒す、ベヒーモスを1人で倒した。シリウスの活躍はそれだけでは終わらない。魔族の大幹部と魔王、2人と一騎討ちの末に勝ったとも聞いた。
これ程の差を自分はどうすれば埋められるのか?幾ら考えても分からなかった。
今思えば自分はシリウスとは対等でいたい。常に肩を並べていたい。認めて欲しい。そう願っていたんだと思う。
考え方に寄っては敵対している今の状況は都合が良いのも知れない。シリウスと本気で戦う。そして勝つ。それが出来れば自分は前より強くなったと認めてくれるだろう。ただその最初の機会はシリウスの奇策で奪われた。そういえばあの時、確か・・・・。

ランド「く!う!・・はぁ。」

痛みが身体に走り、目が覚める。

リディア「あ!気が付いた?」

ランド「ここは?」

見た限り砦の部屋に見える。

リディア「あの後、撤退して私達は砦に戻って来たの。」

魔族は自分達の貿易都市を守る為、人族と同じく森の近くに砦を建設していた。今はその砦の部屋で寝ていた。

ランド「状況は?どうなった?」

リディア「ハティマス将軍に感謝しないとね。」

ランド「何の事だ?」

リディア「貴方と話してた人族、足止めしたのは将軍よ。"あいつだ!"ってね。お陰で貴方を直ぐに回収出来たの。」

ランド「そうなのか?」

朧げだ。でも確かシリウスはあの時、別の所に走って行った様な?

アレックス「ランド!無事か!」

アレックスが慌てて部屋に入って来る。

ランド「あ、ああ。」

ハティマス「フンッ。思っていたより平気そうだな。動けるのか?」

ランド「当然だ。」

リディア「ちょっと!まだ駄目よ!」

アレックス「こちらもそうしてやりたいが、そうも言っていられない状況でな。」

リディア「え!」

ハティマス「予言だ。」

ランド「予言?」

アレックス「人族にもあったと聞いた。あの時は使徒の話だったが。」

使徒とはあの伯爵が言っていたノルンの使徒だろうか?

リディア「今回は違うの?」

ハティマス「前回の予言は関係無い。別の新たな予言が出たのだ。それについてその男と話がしたい。」

ランド「待ってくれ。その前回の予言に出て来たという使徒とは誰の事だ?」

アレックス「その男は剣のみの一騎討ちで父に打ち勝った者だ。」

それは!まさか!

アレックス「使徒の名は確か・・・シリウスと言った筈だ。」

衝撃が走る。確かに伯爵の言い方から、可能性としては充分にあったと思う。しかし推測が確定に変わると改めて驚愕する。
シリウスがノルンの使徒だ。
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