Eternal Rain ~僕と彼の場合~

勇黄

文字の大きさ
上 下
4 / 45

雨気

しおりを挟む
「う、わぁぁぁぁ!」







目を覚ました星斗せいと
思わず叫びもがいた。








目の前にあの咲鞍さきくらとかいう
得体の知れない男の顔があって
しかもじっとこちらを
見つめている。








それにまた抱きしめられているのだ。










「な、な、な…」








『起きた?だいぶ痛み
マシになったんじゃない?』








「…んあ、はい…。あの…えっと…
な、んで…」










『なんでこんなふうに
抱きしめてるのか?って?』









「離、していただけると…」








『離したくない、って言ったら?』









「ひぇぇぇっ…なん、でっ!」









『…。ごめん。悪かった。
離す、よ。あまりに可愛くて…』








栄醐えいごは悲しそうな顔をして
起き上がった。










「な…。何度も言うように
僕、男ですし…」








『可愛いと思うのに性別関係なくない?』










「…。助けていただいたのは
ありがとうございます。
治療費のことは…また働いて
お返しするので少し
待ってもらえませんか。
僕、あれが全財産で。」









テーブルに置いてあるお金を
指差す星斗せいと









『…それなら。俺のとこで
仕事しない?』








「僕は中卒だし病院では
働けないと思います。」









『いや。ここにいるのが仕事。
この部屋でとりあえず1ヶ月
暮らすこと。これが仕事だ。』










「そんな仕事、あるわけ
ないじゃないですか。
金持ちの道楽みたいなのに
つきあっていられないんです!
それにさっきみたいなことも
ごめんです。」










『………………。
じゃあ今すぐ治療費払って。』









「そ!そんな…。」










『ここに1ヶ月暮らすこと。
それで治療費はチャラに
してあげる。』










「んなっ!そ、そんなの!
監禁、脅迫じゃないですか!」











『…むぅ~。この1ヶ月、俺は
君に一切触れない。
それでいい?』









「…なんの意味があるんですか?
こんなこと…あなたになんの
得があるんですか?」












『俺の癒し。』









「ペットか何かと思ってます?」









『とにかく。ここに1ヶ月
いるか治療費を今すぐ払うか。』










「………。わかりましたよ。
いりゃーいいんでしょ。
僕は本当にツイてない…
もう、なんでもいいですよ…」 











『やった!よし!さすが俺!
めちゃくちゃツイてる!』









なにやらガッツポーズまで決めて
喜んでいる男を星斗せいと
諦めに似た感情で見やった。











「…………………。それで?
どうすればいい、んですか?」









『言葉通り。とりあえず1ヶ月
ここで俺と暮らすだけ。
条件はひとつ。
部屋から出ないこと。』










「本当にそれだけでいいんですか?」













『ああ。食事は俺が毎食ここへ
運んでくるから。

俺が一緒に食べられる時は
一緒に食べる。それから。
俺からは絶対に君には触らない。OK?』










「…。は、はい。」









『あ、あと。名前、教えて?』









「…栗山星斗くりやませいとです。
食べる栗に山
北斗七星の星と斗、です。」









星斗せいと…。いい名前だ…
イメージ通り~』











「どんなイメージなんですか…」









『儚い感じ…』









こちらを見つめ語尾にハートが
ついているかのような甘い声で
そんなことを言ってくる男に
ひきつつ星斗せいとは聞いた。











「なんで…僕なんかにそんな…?
あなただったら女の10人や20人
すぐでしょ?」










『…それってなに?俺の事
カッコイイと思ってくれてるの?』











「…ま、まぁ…。す、すごく
綺麗な顔だし医者なんだったら
モテる、でしょう?」










『まぁな。それは否定しない。』









「…じゃあなん、で…?
僕なんか貧祖だしチビだし
顔もよくないし。」










『そんなこと言うなよ…
君はスレンダーですべすべの肌で
とても可愛い顔をしてる。

俺の天使…』









「っつ…。」









星斗せいとはあまりにもの甘い声に
のどをつまらせた。









『嬉しい…君ととりあえず
1ヶ月一緒にいられる…』









「とりあえず、とりあえずって
言いますけどきっかり1ヶ月で
出ていきますからね?」









『まぁまぁ、それは置いといて。

ああ~君となにを食べよう…。
あ、なんか嫌いなものとか
食べられないものある?』









「さぁ…あんまりいいもの
食べたことないので。
たいがいパンとかおにぎりとか。」









『じゃあ!いろいろ美味しいものを
教えてあげる!』









「いや、やめてください…。
質素な食事に戻れなくなったら
どうするんですか!」










『それが狙い!』








満面の笑みでそう告げる
端正な顔は星斗せいとには
悪魔のように見えた。








でもどこか憎めない笑顔を
恨めしい思いで眺める。







(もう…開き直るしかない…)








星斗せいとは覚悟をきめた。










『今日の朝御飯はクロワッサンを
買ってきたよ~これうまいんだ!
星斗せいとに食べさせたくて…
コーヒーは飲める?』









「………あ、はい。くろ…なんとかって
なんです、か?」









『クロワッサン食べたことない?
食べてみー。うまいから。
腹へっただろう。はい、コーヒー。

コンビニのだけど。

あー星斗せいとがいるなら
コーヒーマシン用意しようかな~
うひー嬉しい…』










「………。変態、なんです、か?
それかよっぽどヒマと金が
あるんですか?」









『ん~ヒマ、ではない。
仕事は腐るほどある。』








「じゃあ、こんなとこで
こんなことしてる時間
ないんじゃ?」









『それがね…俺。副院長だからさ。
なんとかなっちゃうのよ…』








「ふくいんちょう…」








『そ、偉いの。親が。』









「…お、や?」









『うん。親が院長だから。
この病院の持ち主だから。
そこに生まれたから。
俺が偉い訳じゃないの。』









「…でも、あなたが跡取り
なんですよね?なら偉いんじゃ
ないですか?」










『いいや。俺、特別、頭が
いいわけではないし。
跡継ぐときは他の人に
院長やってもらう。

丸投げスタイル。

だって。俺が院長って
患者さん死なせそうでしょ。』









「………確かに。」








『ん?』
 








「あ…。」








星斗せいとは慌ててブンブンと首をふる。








『か、可愛い…』








「!んな…。」








『ほらほら、食べて!
クロワッサン。』









不審そうな目で栄醐えいごを見やり
クロワッサンを掴んで
食べようとする星斗せいと









その手を栄醐えいごが制した。








『食べる前には?』









「?」








『食べる前に言うことあるでしょ?』








「な、に言うんですか?」








『家や学校で習ったでしょ?』









「?」









『ちょ…まさか…。』









「家なんて誰もいないし
学校でも弁当とか持って
行けないからみんなと
食べたことなんてないし。」










『はぁ?なにそれ?

…これは俺が育て直さないと、だな…。

いい?食べる前はいただきます。
食べ終わったらごちそうさま。

これが常識、だよ。

食べるってね、命をいただく
ことだから。だから食べ物に
感謝するんだよ。』









「か、んし、ゃ…いのちをいただ、く?」










『ああ。こうして手を
合わせるんだ。いただきます。』









星斗せいとは素直に手を合わせた。








「いただ、きま、す。」










『よし。いいこ。……おっ、と。』








頭を撫でようとして
触らない約束をしたことを
思い出した栄醐えいごは慌てて
手をひっこめる。










星斗せいとはクロワッサンを口にした。








「…!な、にこれ……」









『うまいだろう?』








コクッと頷く星斗せいと









あっという間に1個を完食した。







『もう1個食べな。』







「い、らない。」







首をふりコーヒーをがぶ飲みして
星斗せいとは「ご、ち…?」と
栄醐えいごを見る。








『ごちそうさまでした。』








「ご、ちそうさま、でした。」








『ちゃんと言えた。偉いぞ、星斗せいと。』









「………。」









タオルケットにくるまり
ソファにうずくまる星斗せいと
仕事ちょっと行ってくるから、と
栄醐えいごは白衣を着て外へ出た。









(あの子は…どんな育ちかたを
したんだ…劣悪な中でも
あんなに素直で…いい子なんて…。)









星斗せいとの様子は栄醐えいご
庇護欲をかきたてる。









『よし、いろいろ買い物だ。』









ひとりごち、副院長室へと飛び込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【クズ攻寡黙受】なにひとつ残らない

りつ
BL
恋人にもっとあからさまに求めてほしくて浮気を繰り返すクズ攻めと上手に想いを返せなかった受けの薄暗い小話です。「#別れ終わり最後最期バイバイさよならを使わずに別れを表現する」タグで書いたお話でした。少しだけ喘いでいるのでご注意ください。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

処理中です...