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心療内科医
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彩明は悲愴な思いで
心療内科を訪れた。
新しい医師を目の前にして
彩明は声を出せないでいる。
声を出してしまえば
もう冷静ではいられずに
嗚咽してしまいそうで
俯いて唇をぐっと噛みしめていた。
心療内科医、柏葉大琉は
そんな彩明の様子を見て
「一息、入れましょうか。
散歩でも、いかがですか?」と微笑む。
ふるふると首をふる彩明。
「じゃあ。お茶にしましょう。
…よし。僕は今から休憩中!と
言うことで楽にしてて。
つらつら話すかもだけど…
それは、ま、そこらのおっさんの
戯言、と思って聞き流して。」
彼はそういうと立ち上がり
白衣を脱いで急須で茶を入れ始めた。
茶のいい香りが室内に広がる。
「このお茶ね……
僕のお気に入りなんですよ。」
そう言うと柏葉は彩明の横の
テーブルにカップを置いた。
ふと彩明は疑問に思った。
(こんなにいい香りのお茶。
きっととてもよいもののはず。
なのにプラスチックのカップ?)
「…。あ。わかりましたか?
ここには割れるようなものは
ありません。なぜなら
投げつけて暴れたり
割った破片で自分を
傷つけてしまったりする
患者もいるから。
みんなそれぞれしんどい思いを
抱えてここに来る。」
ふふふーん♪と鼻歌を歌いながら
茶をすする柏葉は
リラックスしているようだった。
彩明はカップを手に取り
少し口に含む。
「…おいしい。」
「お、やっと声が出たな。」
「あ…。」
「うんうん、ゆっくり飲んで。
おっさんはね、お茶には詳しいよ。
実家がお茶農家なんだよね~。
こっそり持ち出してきた
最高の1番摘みの茶葉をわけようか?
…あ、内緒だよ?」
「………ん、ふふ。」
彩明は柏葉が
あまりにも楽しそうな顔で
話すので思わず少し笑ってしまった。
「ん。よきよき。」
うんうん、と頷きニカッと笑う
柏葉は話し始める。
「僕が心療内科医になったのは
自分自身が心療内科医に
助けられたからなんだ。
こんなふざけたおっさんでも
しんどかったときがある。」
思わず彩明は彼を見た。
「…僕が小学5年の時にね。
6歳年上の姉が死んだんだ。
自殺だった。
姉の遺体を発見したのは僕でね。
風呂場で手首を切っていた。
浴槽が真っ赤で、真っ白な顔の
姉が横たわっているのが
とても鮮烈にやきついているよ…。
姉は僕のことを男として
愛している、と言った。
その時、僕も、と言ったんだ。
でも僕はちゃんと
わかってなかったんだよ。
僕も…本当に姉が好きだったよ。
でもまだ幼すぎて…
愛がなにか、を知らなかった…。
でも、感じてはいた。
姉の女としての感情を。
そしてしてしまったことを
悔いた意味を。死を選んだわけを。
今ならちゃんとわかるんだけどね。」
一瞬悲しげに表情を歪めた
柏葉はこう続けた。
「その後の僕には
喪失感しかなかった。
からっぽになっちゃったんだよ。
無表情で無気力で…
ただただ息をしている、と
いうだけだった。
そんなとき連れてこられたのが
この病院でね。
ここの院長先生は家族さえ
手をこまねいていた僕を
3年間手元で面倒みて
治療してくれた。」
茶を飲み干し柏葉はつぶやいた。
「姉はね、何もわかってなかった
僕と体の関係を持ったことへの
罪悪感に耐えられずに…。
そして僕もそのことを
記憶の中から消し去っていた。
自分がそうしたから
姉は死んだんだと思ったから
無意識に消し去ったんだと思う。
それを思い出した時が
1番つらかった。でもね。
今はよかった、と思ってるよ。
全部思い出してそのことを
克服したからこそ
自分が今を生きていることの
意味がある気がする。
だから、この仕事に就いた。」
ふーっ。と息を吐き出した柏葉は
「さて。よーいしょ。
休憩はそろそろ終わり、かな。
なんか君の顔みてたら
ついいろいろ喋っちゃったな…
ふふふ。おっさんの戯言を
聞いてくれてありがとう。」
そう言うと2人分のカップを
片し白衣を着た。
彩明は(この人になら…
全てを打ち明けられる気がする。)
そう思って意を決して話し始めた。
心療内科を訪れた。
新しい医師を目の前にして
彩明は声を出せないでいる。
声を出してしまえば
もう冷静ではいられずに
嗚咽してしまいそうで
俯いて唇をぐっと噛みしめていた。
心療内科医、柏葉大琉は
そんな彩明の様子を見て
「一息、入れましょうか。
散歩でも、いかがですか?」と微笑む。
ふるふると首をふる彩明。
「じゃあ。お茶にしましょう。
…よし。僕は今から休憩中!と
言うことで楽にしてて。
つらつら話すかもだけど…
それは、ま、そこらのおっさんの
戯言、と思って聞き流して。」
彼はそういうと立ち上がり
白衣を脱いで急須で茶を入れ始めた。
茶のいい香りが室内に広がる。
「このお茶ね……
僕のお気に入りなんですよ。」
そう言うと柏葉は彩明の横の
テーブルにカップを置いた。
ふと彩明は疑問に思った。
(こんなにいい香りのお茶。
きっととてもよいもののはず。
なのにプラスチックのカップ?)
「…。あ。わかりましたか?
ここには割れるようなものは
ありません。なぜなら
投げつけて暴れたり
割った破片で自分を
傷つけてしまったりする
患者もいるから。
みんなそれぞれしんどい思いを
抱えてここに来る。」
ふふふーん♪と鼻歌を歌いながら
茶をすする柏葉は
リラックスしているようだった。
彩明はカップを手に取り
少し口に含む。
「…おいしい。」
「お、やっと声が出たな。」
「あ…。」
「うんうん、ゆっくり飲んで。
おっさんはね、お茶には詳しいよ。
実家がお茶農家なんだよね~。
こっそり持ち出してきた
最高の1番摘みの茶葉をわけようか?
…あ、内緒だよ?」
「………ん、ふふ。」
彩明は柏葉が
あまりにも楽しそうな顔で
話すので思わず少し笑ってしまった。
「ん。よきよき。」
うんうん、と頷きニカッと笑う
柏葉は話し始める。
「僕が心療内科医になったのは
自分自身が心療内科医に
助けられたからなんだ。
こんなふざけたおっさんでも
しんどかったときがある。」
思わず彩明は彼を見た。
「…僕が小学5年の時にね。
6歳年上の姉が死んだんだ。
自殺だった。
姉の遺体を発見したのは僕でね。
風呂場で手首を切っていた。
浴槽が真っ赤で、真っ白な顔の
姉が横たわっているのが
とても鮮烈にやきついているよ…。
姉は僕のことを男として
愛している、と言った。
その時、僕も、と言ったんだ。
でも僕はちゃんと
わかってなかったんだよ。
僕も…本当に姉が好きだったよ。
でもまだ幼すぎて…
愛がなにか、を知らなかった…。
でも、感じてはいた。
姉の女としての感情を。
そしてしてしまったことを
悔いた意味を。死を選んだわけを。
今ならちゃんとわかるんだけどね。」
一瞬悲しげに表情を歪めた
柏葉はこう続けた。
「その後の僕には
喪失感しかなかった。
からっぽになっちゃったんだよ。
無表情で無気力で…
ただただ息をしている、と
いうだけだった。
そんなとき連れてこられたのが
この病院でね。
ここの院長先生は家族さえ
手をこまねいていた僕を
3年間手元で面倒みて
治療してくれた。」
茶を飲み干し柏葉はつぶやいた。
「姉はね、何もわかってなかった
僕と体の関係を持ったことへの
罪悪感に耐えられずに…。
そして僕もそのことを
記憶の中から消し去っていた。
自分がそうしたから
姉は死んだんだと思ったから
無意識に消し去ったんだと思う。
それを思い出した時が
1番つらかった。でもね。
今はよかった、と思ってるよ。
全部思い出してそのことを
克服したからこそ
自分が今を生きていることの
意味がある気がする。
だから、この仕事に就いた。」
ふーっ。と息を吐き出した柏葉は
「さて。よーいしょ。
休憩はそろそろ終わり、かな。
なんか君の顔みてたら
ついいろいろ喋っちゃったな…
ふふふ。おっさんの戯言を
聞いてくれてありがとう。」
そう言うと2人分のカップを
片し白衣を着た。
彩明は(この人になら…
全てを打ち明けられる気がする。)
そう思って意を決して話し始めた。
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